4 交わされた誓い
気がつくと2人で殺風景な船室のようなところに寝ていて、誰もいない。まるで遠い海に2人漂流してしまったような気持ちになった。
「どこかな、ここ」
ぼやけた頭でつぶやくと亮の返答があった。
「分からない」
分かるのはちゃんと生きているということ。でもこんなに無人ではその感覚も危うくなる。
「ごめんね」
とんでもないものに巻きこまれてしまったこと、迂闊に近づいてしまったことに奈津美は罪悪感を抱いていた。亮は無実なんだ。苦しい。
亮自身、答えられる言葉が無かったのだろう。「いいよ」とそれだけいって、船室を出た。
ついていくと、そのべらぼうに広い眺望に言葉を無くした。四方はすべて濃い海が広がっていて、外洋に違いなかった。
タンカーだろうか、遠くに伸びてゆく汽笛が聞こえる。
「日本じゃ……ないんだ」
「起きられましたか」
声に驚いてふり返ると白スーツの男がいた。
あなたは、と問いかけようとしたら亮が庇うように遮った。
「オレたちを日本に戻してください」
「ゲームが終わりましたらね」
ゲーム、やはりシャークファイトは実際にあるのかと鬱屈した気持ちになった。
「ご用意しておりますよ。1億円」
そういって彼は持っていた小さなアタッシュケースを開く。1万円札がぎっしりと詰まっていた。
「大丈夫ですよ、ご説明したように安全措置もありますから」
そういって去ろうとするので、背中に声をかけた。
「あなたは誰なんですか」
奈津美の問いかけに白いスーツをひるがえして、にたりと笑った。
「矢代です。このゲームを取り仕切っています」
船室で亮と奈津美はレクチャーを受けた。前回行われたシャークファイトの映像を改めて見せられた。叫び散っていった俳優高木勝利、だが彼は生きていると確かにいっていた。
「今回用意したルールは特殊でして」
そういって矢代はパソコンを操作してパワーポイントを開いた。
「2人には檻の北端と南端から別れて、スタートして頂きます。中央に賞金を設置致しまして、先に檻の迷路を抜けてたどり着いた方が賞金を獲得します。迷路には途中いくつかの安全バーがありますので、それをかいくぐりながら。もちろんサメもいますので、それを避けて進んでいくことになります」
「やっぱりサメいるんですね」
矢代はうなづいた。
「今回の特殊なのはココからでして。檻の中にはこのような丸い赤のボタンが設置してあります。これを押すとですね、相手の安全バーが上に持ち上がるという仕組みになっておりまして」
実物のボタンを見せられた。拳サイズだ。檻が海上に上がって、サメが放流される映像が流れる。
奈津美はごくりと生唾を飲みこんだ。
「ボタンを押すことで相手を窮地に陥れて、自分はルートを先へ進むというゲーム性を追求した運びとなっております」
「そんな」
あまりに残酷な内容に言葉を失った。
「自分が助かりたければ、ボタンをがんがん押して進んだ方が手っとり早いですね」
「できるわけないだろ、そんなこと」
怒鳴りかけた亮に矢代はどうどうと手で押さえた。
「ご夫婦ですからね。演出ですよ、あくまで演出」
そういって彼は独壇場を演じた。
「いがみ合っている離婚寸前の夫婦。一人しか生き残れないバトルに参加して、互いを貶め合う。永遠の愛を誓い合った2人はああ、無残。裏切りに裏切りを重ねてたった独りで1億円にたどり着く」
ふふっと笑って「ご安心ください、全部演出ですから」と矢代は残した。
プレゼンテーションが終わった夜に2人で海を見ながら瓶ビールを飲んでいた。亮は退廃的な気持ちが押し寄せて半ばどうでもよくなっているようだった。飲み終えては瓶を数えるように海に投げている。元ラグビー部はさすがに重たい瓶をすこぶる飛ばした。
「ごめんなさい、本当に」
「仕方ないだろう。こうなってしまったものは」
怒っていないのか。投げやりなのか。でも奈津美を攻めない。学生時代のたくましい亮が戻ってきたような気持ちになっていた。
1人だときっと不安だった。でも亮が一緒。そこにどこか安心感がある。
「高木勝利さん、生きてるのかな」
「たぶん合成なんだろうな。あの映像も」
そういってラッパ飲みするとまた瓶を投げた。
「やらせで1億円くれるっていってるんだからいいんじゃねえか」
あんまり深刻には考えたくない様子だった。
ふたり、言葉も尽きて海を見る。今どこにいるのかも分からなかった。
「オレはボタンを押さない」
静かに亮が決意した。月明かりに照らされた彼の表情はすっきりしている。愛を誓ってくれたあの日と同じ顔だった。
ならばわたしも答えるべき気持ちがある。
「わたしも押さない」
奈津美も強くいった。本心からの言葉。それは2人にとっての永遠の誓いだ。
「1億円にどっちかがたどり着くまで頑張ろう」
「うん」
静かに手を繋いだ。陸地はない。明日へ向けて沈んでいく月をずっと眺めていた。
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