⑤風が吹く

「この風は何なんだ?」


 超未来の円錐生物である実隆は戸惑っていた。正体不明の風が吹いている感覚があるのだ。

 しかし、それはどこか懐かしさを感じるものでもあった。例えば、そう、何千万年前に親しかった友人であるかのような。


「何千万年もの昔……。この身体の記憶によれば、俺がいた時代はそのくらいのはずだ。

 だけど、風が懐かしいってなんだよ。俺がその時代に置いてきた記憶の中に風に関するものがあるのか?」


 実隆はリムから伸びた金属器をカチカチと鳴らしながら、考える。

 だが、彼と相対するもう一体の円錐生物が疑問を呈した。


「何を言っている? 風? そんな情報は検知できないぞ。

 まさか、まだ次元を超えて失われた眼球とまだ繋がっているというのか。次元生物ミシファィカイリィにそこまでの能力があるというのか。

 アレを生み出したのはいにしえのものか……。奴らの開発力は時として、我らが偉大なる種族をも圧倒する」


 カチカチと鋏を鳴らして言葉を発しながらも、次第に自分自身を納得させる答えを見つけたようだ。

 古のものについては、実隆の持つ脳の中にも情報があった。イスの大いなる種族に先駆けて、宇宙から地球へと飛来した生物であり、地球で最初の文明を築いた知的生命である。だが、クトゥルーが地球に飛来すると、その侵略に怯えるようになり、その対抗策として進化させた強化生物ショゴスの反乱に遭い、自滅する形で絶滅した。


「なるほど。古のものもすでに調査済みか。どうやら、まだ調査は足りていないようだな」


 実隆がカチカチと金属器を鳴らした。すると、もう一体もまた返事をする。


「奴らは入れ替わるには知能が高すぎるのだ。我々の調査は秘密裏に行う必要があるが、古のもの相手だと難しい。人類であれば気狂いが出たで済まされるが、奴らはそれで終わらないからな。我らの存在に気づかれ、時間移動の手法を学習されることは避けたい」


 その言葉に実隆は納得する。確かに、人類ほど与しやすい相手ではないのだ。古のものが時間移動を会得すれば、たちまち未来への難民と化し、恐るべき侵略者に変わらないとは言い切れない。

 ここで、はたと気づく。自分は一体、何者として思考しているのだろう。人類なのか、イスの大いなる種族なのか。その境界が曖昧になってきている。


 しかし、風は相変わらず吹き続けていた。

 その風は次第に言葉のようなものを発し始めた。空気の振動が音となり、それが意味のある声に変換される。


 ――実隆、聞こえるか。俺だ、泰彦やすひこだ。今からお前を攫うぞ。


 風が吹いていた。それはもはや失われた眼球に吹くだけではなくなっていた。

 超未来の円錐生物の居室たる、巨大なかびで覆われた建物中に吹き荒れているのだ。

 実隆は自分の身体が宙に浮くのを感じた。いや、浮かんだのは身体ではない。意識そのものが浮かんでいるのだ。

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