③魔人と人外

「魔人加藤? なんだそれは?」


 信介は話についていけないという風で、ほうけたような表情をする。

 それに対し、加藤は複雑な表情をしていた。“魔人”という言葉を投げかけられたことは初めてではない。しかし、そんな心当たりは自分には全くなかった。


「俺が魔人だって言うのか? どうしてそんなことを思うんだ? 俺は普通の人間だよ」


 加藤は少し苛立ったように、それを泰彦にぶつける。加藤を魔人だと言い放った人物にだ。

 しかし、泰彦は意にも介さないように滔々と語る。


「常識とか、普通とかさ、その基準が正しいかどうかなんて、本人にはなかなか判断のできないことだよ。別にそれが人と違うから、悪いなんて言う気はないけどね。

 君はさ、他人にわからないものがわかるんだよ」


 その言葉に加藤はたじろぐ。自分でもなんとなくそのことは感じていた。だが、実際に何がどう違うのかはどうしても実感できないでいたのだ。

 だが、この発言にいきり立ったのは加藤ではなく信介だった。


「おい、泰彦、これはどういうことだよ! 今回はただの山行じゃねぇってのか? この加藤、いや、まあ、他意はないけどよ。こいつがなにかヤベぇもん抱えているっていうんじゃないだろうな!?」


 信介の迫力に、泰然としていた泰彦がたじろぐ。そして、しどろもどろに言葉を紡ぎ始めた。


「いや、あの、別に黙ってるつもりだとか、騙すつもりだとか、そういうんじゃなくてね。信介の力が必要だって、実隆がさ……」


 泰彦は目を躍らせながら、言い訳めいた言葉を口にしている。僧侶らしい姿はもはや微塵もなかった。


「お前さあ! 実隆もだけど! あんな目に遭ったこと忘れてんじゃねぇのか!? なんで、そんなに学習できないかねえ。

 場合によっては、今回の山行は中止する。いいな」


 信介が怒鳴り、泰彦が委縮する。そんな状況でキョトンとしているのは加藤だ。今度は加藤がついていけない事態になった。

 この二人の間に何か深刻なことがあり、信介はそれが再発することを懸念している。それだけはわかる。けれど、それがどんなことかはまるで読めない。

 これじゃあ、話がよくわからないし、進みもしない。加藤は声を上げることにした。


「待ってください。落ち着いて一人ずつ話してくれません。えーと、まずは最初に話してた泰彦……だっけ? さっきの話の続きをしてくださいよ」


 強引に話を戻した。

 泰彦は助け船が来たとばかりに、話し始める。


「あ、そうだね。まずは俺の話を聞いてもらおう。

 あのさ、俺は去年、丹沢に行ってね。そこで、イタカという怪物に攫われたんだ。風に乗りて歩むものと呼ばれるやつだけど、俺はイタカに捕まり、気づいたら大気圏外にいたよ。でも、寒くもなければ、息苦しくもないんだ。いつの間にか身体が宇宙に順応してしまったんだ。

 それで、どうにか帰ってきたんだけど、俺の身体が適応しているのは、いまだに宇宙空間なんだ。ここは暑苦しいし、酸素過多だ。だから人間じゃなくなっているというのは正しい見立てさ」


 落ち着きを取り戻した泰彦が語った。

 それを聞きながら、信介は苦虫を噛み潰したような顔をしている。その一件には信介も関わっているのだろう。


「俺の肌は大気圏外の寒さや空気の薄さに耐えられるものだし、呼吸も同じだ。だから、キミは真実を見抜いている。

 でも、それを見れる君はなんなんだ? いや、見るというのは違うかもしれない。目で見たんじゃない、耳で聞いたのでも鼻で嗅いだのでもない。それはつまり……」


 言葉に詰まりつつ、少しの間を開けて言葉を思い出したとばかりに、話を続ける。


「第六感と呼ばれる感覚なのかもしれない」

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