第三章 時間旅行者実隆

①見知らぬ場所、見知らぬ時間

 それは奇妙な空間だった。

 自分のいる場所が建物の中だということはわかる。石造りの建造物だ。だが、同時にその場所は青白い樹木に囲まれたジャングルであり、切り立った岩山でもあった。

“奇妙”などという言葉で終わらせていいものか、わからない。得体の知れない場所に、いつの間にか放り込まれていた。


 あまりにもおかしい光景ではあるが、まったく見覚えがないというほどではなかった。いや、同じ光景を見たことがあるというわけではない。しかし、違和感のある景色や建造物自体は幾度となく見たことがあった。

 これは別の時間なのだろう。そう、実隆さねたかは考える。彼の片眼はかつて次元生物ミシファィカイリィによって喰われており、それ以来次元の狭間に飛ばされてしまった。

 普段は見ないようにしているものの、眼鏡と義眼の機能を緩めると、別時間軸の光景が見えてくる。現在、自分がいる場所の違和感は、別の時間にある、別の生態系が築いた文明だからなのだろう。それが彼の予想であった。


 しばらく、あてどなく進み、そしてはたと止まる。

 なぜ自分は意味もなく歩いてしまったのだろうか。そう反省して、改めて辺りを見回した。


 周囲の植物らしきものは青白くぼんやりとした光を放っている。シダ植物のように奇怪に入り組んだ形状をしているが、実隆の見たことのあるどの植物とも様相が変わっている。ただ、なんとなくかびみたいだなと思う。遥かな未来の世界では菌生物が巨大化し、地球を牛耳っているのかもしれない。


 ところどころに石かコンクリでできた柱や屋根が見えた。そのどれもが幾何学模様のような意匠が施されている。

 これがこの時代の生物の文字に該当するものだろうか。まじまじと見ていると、精神を侵されるような、気が狂いそうになるような、強い嫌悪感を覚えた。

 こんなものを読もうとしたら、身も心もこの時代の生物に支配されてしまいそうだ。


 そして、気づく。今の自分が何者かを。

 あまりにも自然に身体を動かすことができたため、気づくことさえなかったのだ。


 足と呼べるものがないまま歩いている。身体は皺だらけながら、円錐状のようで、その下半分は滑らかに動くことができ、歩行のようなことができる。

 円錐体の頂部からはリムが伸びており、その先には頭や脳らしきものを始め、さまざまな器官があった。そのうちの二本は人間の手のように自在に動かすことができた。先端には鉤爪かぎづめともはさみともつかぬ機関があり、それで音を鳴らすことで、この生物の言語を発するようだ。


 もはや人間ではなかった。ならば、このまま気が狂ってしまっても問題ないのではないだろうか。

 ふと、そんな考えがよぎるが、実隆はかぶりを振る。状況に流されることなくできることを考えなくてはならない。


 実隆は思い起こす。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。


 最後に思い出せることは、あの高校生――加藤から電話がかかってきたことだった。

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