⑥ニャルラトテップ
「加藤の名前はこの世のものではない。発音はおろか聞き取ることすらできない。それがわかったな」
実隆が例の淡々とした口調でそう宣言した。
それに対し、信介が反応する。
「なにぃっ! 加藤の名前が発音できないだと!
……それがなんなんだ? おかしいとは思うが、実害はなくないか? 本人の問題だろう。俺たちがとやかく言うことじゃない」
冷静に考えて、不可視の怪物が襲い来る状況でそんなことをとやかく言っている状況ではないと思えた。
信介はそれを指摘したのだ。
「いやぁ、そうでもないんだよ。実隆は未来からいろいろと情報を持ち帰ってきたんだ。それと現状を照らし合わせると、ちょっとまずいことになってるんだ」
泰彦が慌てた様子で発言した。しかし、その割には確信をすぐに突かない。そのことに信介が苛立った。
「じゃあ、何が問題なんだ? 時間がないんだ。すぐに言ってくれ」
信介が急かすと、実隆は少し困ったような表情をする。何か言いにくいことがあるようだった。
「信介、お前が信用するかわからないけど、俺は加藤は別の世界から来たのだと思う。この世界とはまるで違う法則で成り立つ、イカレた世界からやって来たのだろう」
それを言うと、黙っていた加藤が反論する。
「あの、実隆くん、それはちょっと現実味なさすぎなんじゃないかな。そんなこと言われてもさ」
しかし、その言葉を遮ったのは信介だった。
「いや、実隆は何の考えもなしにそんなことを言うやつじゃない。先の話を聞かせてくれ」
そう言って、実隆に言葉の続きを促した。
実隆は救われたように安堵の時を漏らす。
「そうだな。加藤、お前は加藤の家の養子なんじゃないか? あるいは、正当な加藤の家の人間じゃないと思っている。
それは、それ以前の自分を知っているからじゃないか? その時、お前はどこにいたんだ?」
「それは……」
それを言われて、加藤は言葉に詰まる。だが、実隆はそれに構わずに、話を続けた。
「俺は知ってるぜ。いや、俺を呼び寄せたイスの種族が知っていた。
お前は邪神の支配する地で育ち、暗黒の血を宿している。俺はお前がそれを克服することをきたいしているけどな」
実隆の表情は真剣そのものだった。信介にはウソを言っているようには思えない。
「ニャルラトテップ」
その言葉を実隆が口にすると、周囲の空気が一変したように感じた。
周囲の木々に鳥が止まり、昆虫すら自分たちを観察しているように見える。さらには、物言わぬ木々さえ意志を持って凝視してくるように思えた。
「加藤、お前はニャルラトテップによって遣わされた使者なんじゃないか」
実隆は周囲の圧力から逃れるように、言葉を急いだ。それを聞き、加藤が耳を塞ぐ。
「わかんない、わかんない! 俺は何も覚えていないんだ!」
言葉を遮るように加藤が叫ぶ。それを見た実隆に笑みが浮かんだ。
「そうか、お前は恐怖を体現するものの……。見つけた、お前を殺せば、俺の使命は果たされる」
それは実隆であって実隆でない。誰か、別の存在の言葉のように思えた。
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