⑫教育係

「風? 愚かな……」


 加藤が言葉を発した。その声は今までの爽やかな印象を抱かせるものではなく、邪悪で、忌まわしく、聞くに堪えないほどの不快さを持つものだった。

 もはや加藤は邪神に支配されている。そう思った瞬間、風が吹いた。


 黒い風。


 なぜか、その色がはっきりと見て取れた。

 その風は今まで風を放っていた泰彦を呑み込むように、風が逆転し、泰彦の向かっていく。そして、泰彦は消えた。


「ハハハハハハ、ちゃちな風など吹かせているからだ」


 泰彦が消えたことを加藤が笑う。もはや、加藤の人格など消え失せたかのように見えた。


「加藤、お前……」


 だが、静かな怒りを燃やした男がいた。実隆だ。

 そして、その怒りのままに突進する。元々加藤の近くにいたのだ。加藤に肘打ちを喰らわせ、そのまま首に肘を突きつけた。


「ハハ、何を……? バカか、今の俺に近づいて……」


 困惑しつつも、加藤には圧倒的な力がある。そのまま、実隆を力の渦で飲み込もうとした。

 だが、その後の実隆の言葉で加藤は止まった。


「俺が山岳部部長だ。お前の教育係は俺なわけだが、今まで未来に行っていて、すまん。だが、ここは俺が止めさせてもらうぞ。加藤、さっきの言葉を思い出せ、自分を取り戻すんだ」


 しかし、それは一瞬の躊躇を生んだに過ぎなかった。力の渦は再び巻き起こり、実隆を呑み込む。


「バカがよ!」


 叫び声とともに、実隆を突き飛ばしたものがあった。信介だ。

 実隆は損傷はあったものの、どうにか生存した状態で倒れ込んだ。


「どいつもこいつも、俺に任せておけばいいのによ、しゃしゃり出やがって!」


 信介は苛立ちとともに、加藤に対峙する。

 実隆は信介に託すようなことを言いつつ、信介の前に加藤に立ちはだかった。泰彦もだ。真っ先に加藤に立ち向かっている。

 そのことに苛立つ。邪の眷属、魔に魅入られたものたちは、なぜか信介を慕い、そして命を差し出そうとする。そんな状況に信介は嫌悪感を抱いていた。


「とは言ったが……」


 加藤に対峙する信介だったが、何の策も持ち合わせていなかった。

 これからどうする? 場当たり的に突っ込むしかないのか。信介の脳裏に焦りが浮かんでいた。

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