⑪邪神の眷属

「え、いや、実隆さねたかくん? それって、どういう……」


 実隆の確信めいた物言いに、さすがの加藤も心が揺らいだようだ。

 それをはたで見ている信介はさらに訳が分からない。だが、それでもこうなった実隆のことは信じたい気持ちがあった。


「おい、いい加減なことを言ってるんじゃないんだな!? だったら、加藤の安全含めて、俺が保証する」


 確かめるように、だが、途中から確信を抱いて信介が言葉を発した。

 これには、実隆も驚いたようだったが、その言葉を聞くと、安堵したような笑みを漏らす。


「お前にそう言ってもらえるなら安心だ。ふふっ、そうだな。託すぜ、俺たちを。それに、この時代をな」


 その一声とともに、笑みを見せると、加藤に何事かを囁いた。その囁きを繰り返すように、加藤が何事かを口にし、そして、変わった。


 一瞬にして空気が変わる。波打っていた触手が渦のようにその軌道を変えた。

 ドクンドクンドクンドクン

 それは今までとはまるで違う空気を湛えている。そして、その空気の鼓動が、ただそれだけで名状しがたき存在への攻撃となる。


 ドクンドクンドクンドクン


 空気に伝わる振動が力となり、名状しがたきものの存在を掻き消していく。しかし、それはそれだけに留まらない。

 鼓動は空気を伝わり、信介自身にも伝わってくる。自分自身を否定するようなそんなリズムだった。音を聞いているだけで、鼓動を感じているだけで、自分という存在が掻き消えそうだった。

 それだけの圧倒的な存在感がある。加藤はクトゥルーへと変貌しつつあるのだろうか。


「加藤、お前は加藤だ。そうじゃないか」


 そんな中、高らかに声を上げたものがあった。泰彦である。


「俺もお前も邪神の眷属だ。だが、俺は自我を保っている。俺の自我の波動をお前に送るぞ」


 その言葉とともに風が吹いた。加藤に向かって風が吹く。

 それは泰彦が吹かせているものなのだろうか。確かに、泰彦は風に乗りて歩むものイタカによって肉体を改造された存在だ。邪神の眷属と言えなくもない。だが、それだけでこの風を吹かせているというのだろうか。


「風を感じてくれ。これこそが俺の鼓動。お前の鼓動をこれで塗り替える」


 だが、泰彦の周囲に吹く風もまた、鼓動を変えつつあった。加藤の放つ忌まわしき鼓動。それに従うように、泰彦の風の音も変わりつつあった。

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