狙われた裏高尾 ―不可視生物アケルケイラ登場―

ニャルさま

序章

①山の裏側

 山には表と裏があるという。

 大体の場合において、南側が表で、北側を裏とするのではないだろうか。あるいは、込み入った地形であれば、外側が表で、内側を裏とするかもしれない。

 表は太陽の光を浴びる場所であるのに対し、裏は影が横たわる場所だ。陰といってもいい。陰には魔が宿り、邪が潜む。 

 往々にして、光が強い場所には、より深い陰が隠されているものだ。


 本編の舞台は裏高尾である。

 日本の山岳において、高尾山ほど光の強い場所もないのではないだろうか。

 都心から一時間という交通アクセスの便利さ。舗装され、よく整備された登山道。ケーブルカー、リフトという気軽な登山の手段。あらゆる山岳・高原の中でも、登山の敷居が最も低いといえるだろう。そのため、年間の登山者数はおよそ三百万人であり、世界一の登山者数を誇っている。

 メインの山道には食堂のように山小屋が並び、ビアホールすら建っている。猿山もあるので、猿を眺めるためだけに行くのもいいだろう。完全に舗装された山道以外にも、若干登りがいのある山道然としたコースや吊り橋を歩むコースもあり、バラエティ豊富だ。まさしく、一大観光地と言ってよい。


 それでは、裏高尾とは何か。

 その範囲がどこまでを含むかは議論の余地があるだろうが、その北側に位置する八王子城山から小仏峠、景信山へ延びる山域を指すだろう。さらに北側の市道山や臼杵山を含む場合もあるかもしれない。

 観光地としての高尾山に対し、アップダウンが激しく、険しい道が多い。整備も行き届かない場所も多く、日陰の山道といえる。


 強い光の裏側には闇が潜むのだろう。

 高尾山は本来、単なる観光地ではない。修験者や修行僧たちの集う霊山でもある。そんな山に世界中から観光客が集まってきている。

 俗物たちに荒された聖域は邪悪なものに様相を変じ、それが深い闇として燻り続けているのが裏高尾でもあるのだ。


 高尾山など山ではない。単なる観光地だ。

 そんな風潮もある。だが、そんな弛緩した空気にこそ魔が宿るものだ。


 これは裏高尾を巡る物語。身近で、楽しく、気安い場所の隣接地だ。そして、その親しみに油断した時、あなたは残酷な死を迎えるのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る