⑥実隆

「おい! 説明より前に言うことがあるんじゃねえか」


 信介はいきり立っていた。実隆が遅刻したことを責めているのだろう。


「ああ、すまんな」


 実隆と思われる青いジャケットの青年は、信介の言葉をさらりと受け流すと話し始めた。

 信介は「そんなんで済ますんじゃねえ」と怒声を浴びせるが、実隆はお構いなしだ。


「加藤には説明しとかないといけないか。俺の右目は次元生物に喰われてしまってな、ここに嵌ってるのは義眼なんだ」


 そう言うと、眼鏡をはずして右目を触った。手で触れても瞼は閉じず、そのまま眼球をいじっている。

 異様な光景に思えたが、長身痩躯で、やや神経質そうな雰囲気の実隆がやると、不思議と様になっていた。


「この通り、これは義眼だ。本当の目は次元の果てをさまよっていてね、こうやって義眼を調整すると別の時間軸が見えることがあるんだ」


 そう言うと、実隆は俄かに苦しみ始める。


「うわぁ、なんでこんな……。崩れるっ……。すべてはおしまいだ……!」


 どうやら、見てはいけない時代の姿を見てしまったようだ。

 加藤は傍から見ていて、そのことがなんとなくわかった。実隆の視覚には確かに時代を超越する力があるようだ。


 苦悶する実隆は信介と泰彦が解放し、外していた眼鏡を元に嵌めることで落ち着きを取り戻した。

 デモンストレーションのつもりかもしれないが、ここまでする必要があったのだろうか。


「それでさ、俺は見たんだ。加藤、君が電話をかけてきた時にね。

 あ、山岳部部長の八咫上やたかみ実隆さねたかです。よろしく」


 随分と半端なタイミングで挨拶された。

 加藤も「あ、加藤です」とどさくさ紛れに返事をする。


「うん、それでね。俺たち三人と加藤とが裏高尾の山道を歩いているのを見たんだよ。それもさ、ただ歩いていたんじゃない。ほかの登山者が怪物に襲われていて、それを加藤が退けていたんだ。俺にはよくわからない、不思議な力を使っていた。

 登山にお前を誘ったのはそれが理由だ。少なくとも、俺たちと加藤がその場所に行かなければ、その登山者は為す術がないだろ。だから、俺たちとともに来てほしい」


 実隆は気難しげな雰囲気は残ったままだったが、できるだけ真剣な表情を取ろうとしているのがわかる。嘘をついている気配はなかった。

 だが、加藤がその真偽を考えている時、怒声が響く。信介のものだ。


「おい! なんで、そんなことを説明しないんだよ! 危険があるなら、当日じゃなく、その前に言っておくのが筋だろうが!」

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