⑨旧支配者の咆哮
歪んだ笑みを見せながら、実隆が勝ち誇った。それは実隆の意識を乗っ取ったイスの大いなる種族の個体によるものだった。
そして、指を動かし、印を結ぶ。それにより何かを為そうというのだろうか。
次の瞬間、実隆の表情が曇った。
「おい、それはまずい。あんた、自分が何をやろうとしているのか、わかっているのか?」
実隆自身が自分の意識を乗っ取り返したのだった。
「何を言うんだ。クトゥルー復活を止めるには、アケルケイラを犠牲にして超兵器を呼び出すしかない。これはあんたらの時代のためでもある。これで、クトゥルーの脅威からこの時代を守れるんだ」
そのまま、さらに意識を乗っ取り、印を結びきる。何か不穏な気配が辺りに漂い始めた。
「わかった、お前は捨て駒だ。アケルケイラの超常的なステルス能力と因果律さえ歪める力が何に由来しているか知っているか? 旧支配者の力を利用しているんだ。だから、その旧支配者の因子がアケルケイラの体内にある。
あんたはそれを忘れている。そして、不用意に起動した。この時代の脅威を時代ごと消し去ろうとする手はずだったんだろう。だから、あんたは重要なことを何も知らなかったんだ。自分が捨て駒だと気付かないようにな」
再び実隆が意識を奪い返す。そして、淡々と、だが、緊迫感を持って自分の中にいるイスの大いなる種族に語り掛けた。
「ブラフだろ。お前はそういう類の詐術を使うやつだ。分析できている」
イスの大いなる種族の個体にも焦りは感じられる。だが、これは嘘だと判断したようだ。
信介もこの実隆の言動の真偽を見極めるのは難しかった。だが、これは乗るべきだろうと判断する。
「おい、実隆の中のやつ。とっととその兵器の呼び出しを止めるんだ。どうなっても俺は知らんぞ」
信介のどすの効いた声に、思考のベースを実隆のトレースに頼っているイスの一個体は怯んだのだろうか。動揺を強くした。
「別に信じたわけじゃない。だが、万が一ということもある」
そう言うと、指で印を結び始めた。だが、不穏な気配は止まらない。
やがて、空気がうねり始め、信介にも目視できるほどの歪みと化した。それは禍々しく、名状することのできないほどの違和感であった。
「おかしい。止まらない!」
イスの種族である実隆が悲痛な叫び声を上げた。
そして、呼び出された旧支配者が咆哮する。それは音であるとも表現しきれない。言語化することも叶わない。ただ、おぞましく、不快で、恐ろしく、嫌悪感で満ちるような感覚がある。
「これがクトゥルー? いや、別の旧支配者か?」
成り行きを見守りながら動転していた泰彦の素っ頓狂な声が響いた。
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