⑤君の名は

 息を切らせつつ、実隆がこの場にやって来ていた。そして、その後には這う這うの体で泰彦がついて来ている。

 泰彦は実隆以上に息を切らせ、もう限界ということが一目でわかる風体であった。


「お、おい、そんなに急がんでくれ。それに今回は無茶な山行はしないんじゃなかったのか」


 そんなことを言うが、信介も実隆もスルーすることにする。


「邪神の眷属!? なんだ、それは? それは誹謗中傷とかハラスメントにならないか? 何か、証拠ソースがあって言ってることだろうな」


 信介が実隆に不快感を示した。実隆は一瞬だけ気圧された空気を出すが、すぐに勢いを取り戻す。


「まあ、落ち着けよ。俺たちは加藤に聞かなきゃならないことがある。そうだろ?」


 実隆は意味ありげに、眼鏡の奥に笑顔を見せた。しかし、信介には心当たりがなかった。

 そこに、助け船を出したのは泰彦だ。


「信介、俺たちは加藤に聞いていなかったことがあった。わからないかな。いや、わからないな。俺もそうだった。

 こんな単純なこと、どうして気づかなかったのか、不思議だよ。でも、そういうものなんだな」


 信介はまだピンとこない。

 そんな、信介をよそに、泰彦は加藤に向けて質問をぶつけた。


「加藤、教えてくれ。君の名は、君の下の名は何ていうんだい?」


 あっ。

 信介にも驚きがあった。加藤という苗字は聞いている。しかし、下の名前を尋ねようとは思わなかった。なぜなのだろうか。

 加藤という呼び名が自然だったからというのはある。加藤という呼び名があれば不自由さも感じなかった。

 しかし、不自由であることには変わりない。なぜ、このことに思いがよらなかったのだろうか。


「いや、別に隠し事なんかじゃないよ。俺は    。加藤    」


 その幼くも挑発的な口調が、少し荒々しくなっている。名前を聞かれたことで、不機嫌になっていることが見て取れた。


「すまん、聞こえてない。なんて言った?」


 しかし、加藤の言葉の中で、名前だけが聞き取れない。確かに発言しているようではあるのだが、まるで聞こえなかった。

 再び加藤は自らの名を口にする。強調するように、ゆっくりハッキリと。


「    !」


 やはり、聞こえない。いや、そうではない。認識できないのだ。

 信介には、もっといえば、人間には認識できる言語や音声ではなかった。

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