②異形のもの
信介が加藤を見つけたのは頭上であった。違和感があり、見上げると、木の上に加藤が垂れ下がっている。
いや、頭上に人が垂れ下がっている以上の違和感があった。その腕が、足が長く伸びているのだ。
成人男性の手足はせいぜい1メートルあれば長い方だろうか。ましてや、加藤は小柄な方だ。だというのに、加藤の手足は2メートル、3メートルなんていうものじゃない。十メートルはあろうかという樹木の枝に引っかかりながらも、その伸びた手は地上の信介が触れられそうな位置にあった。
そして、その肌の色は人間のものとは思えないほどに蒼白になっている。その姿はどこか禍々しいものを感じざるを得ない。
これは正体不明の、不可視の怪物によって引き起こされたことなのだろうか。
「おい、加藤!」
声をかける。もう、生きてはいないのかもしれない。それでも、一縷の望みをかけずにはいられなかった。
信介は腕を伸ばし、加藤の手に触れる。ゴムタイヤのような濃縮された質量を感じた。それでいて、弾力が強く、反発する力も強い。ひんやりと冷えているようにも感じるが、思わず手を離すと、加藤の肌に触れていた部分が焼け焦げたような痛みを感じる。
この世のものとは思えないような感覚であった。
だが、同時にぴくりと腕が動くのがわかった。加藤はまだ生きているのだ。
信介は彼の不気味さを忘れて、目を輝かせる。その生存が嬉しかった。
「加藤! 目を覚ませ!」
大声を上げた。すると、その足が、その腕が、ピクッピクッと反応する。
そして、加藤が目を開けた。か細く、微かな声が聞こえる。
「ぁぉっ……ぁぉっ……
その言葉は聞き取れるようなものではなかったが、自分を呼んでいることはわかった。
「よしっ、待ってろ。すぐ行く」
そう言うと、リュックサックをその場に下ろし、樹木を登り始める。木の皮に足をかけ、その幹を足掛かりにして、その高みへと登っていく。やがて、枝にまで手が届くと、そのスピードはさらに増した。
やがて、加藤のいる枝にまで辿り着く。そして、そのひやりとする身体にロープを括ろうとする。だが、それを加藤は払いのけるように、肩を揺らした。
「信ちゃん……っげて……!」
逃げて、と言ったのだろうか。
信介がその言葉をかろうじて聞き取った時、加藤の長く伸びた腕がしなるように旋回した。そして、信介の身体を掴むと、猛スピードで樹木から引き離す。あわや地面に叩きつけられるというところで、急激に減速し、信介はすとんと着地した。
次の瞬間、加藤の垂れさがっていた樹木が消える。信介は目を疑う。
「なんだ、木が消えた……だと!?」
その場には、ただ加藤が倒れ込んでいた。手足は縮み、元の人間の姿に戻っていた。ただ、肌の色は青白いもののままだ。
加藤はよろよろと立ち上がる。そして、何者かに向かい、啖呵を切った。
「信ちゃんは……! 俺の友達は消させないぞ……!」
精一杯の力を振り絞ったのだろう。叫び声を上げただけで、ぜぇぜぇと肩を震わせる。
だが、信介には状況が飲み込めない。ただ、見えない敵が迫り、そして、木を消したということはわかった。
それ以上に、加藤の言葉が気にかかる。
「友達」。この言葉を放つものからは、ろくな目に遭わされた記憶がなかった。
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