第一章 魔人加藤
①信介
加藤は高尾駅につくと、北口に移動し、辺りをキョロキョロと見渡した。登山者が多いようだ。とはいえ、高齢者が多く、見たところ、若い男の登山者はいない。
少し早く来すぎたようだ。加藤はスマートフォンで音楽を流しつつ、しばらくの時間を過ごすことにした。
――ワハハッ。ワハハハハッ。
唐突な笑い声が聞こえる。近くの人々が笑っているのではない。ベンチに座る男のタブレットから流れている音だ。配信動画か何かを鑑賞しているらしい。見たところ、イヤホンを付けている気配もなかった。
随分と我が物顔だな。加藤はそう思うが、わざわざ注意するほどとも思えない。
短髪だが派手な髪色のいかつい風貌の男である。周囲の人々もその感覚は同じらしく、誰もかれも見ぬ振りをしていた。
「あんた、イヤホン外れてるぞ」
通りがかった男がいた。その男は、チンピラ然とした男に当然のように声をかける。
チンピラは苛立った表情で通りすがりの男を睨むが、すぐに表情が変わる。
「ああ、ありがとう」
それだけ言って、タブレットから流れる音声を止めた。
新たに現れた男があまりにも大きかったからだろう。
その男の身長は優に190センチは超えていそうであった。ただ、でかいというよりは、長いという印象がある。肉付きが悪いというか、痩せているため、細長いというのが、率直な感想であった。
赤いアウトドアジャケットとボトムズを着こなしており、目立つ服装である。一見して不愛想な表情ではあったが、どこか人好きのするものも感じた。
とはいえ、そんな大きい男に話しかけられて、喧嘩を売れるものなどそうはいないだろう。
「あんた、加藤か? 随分、派手な頭だな」
そんな逡巡を重ねているうちに、その男から声を掛けられた。予想に反して、野太い声だった。
加藤は高校の卒業式の直後に、髪を金髪に染め上げている。整った容姿と合わさって、チンピラというよりも、王子という印象になっていると自分では感じていた。
そのことが気にかかったようだ。
今の服装はグリーンの登山ウェアと同じくグリーンのハーフパンツにレギンスで、やはり目立つ服装かもしれない。とはいえ、目立たない服装の登山者の方が少数派だろう。
自分の名前を知っているということは山岳部の関係者なのだと予想がつく。けれど、加藤が電話で話したことのある相手は少年のような高い声であった。話したことすらない相手だということがわかった。
「はい、加藤です。えっと、
実隆の名前を出すと、露骨に男は不機嫌な表情をする。そして、唸るような声を上げた。
「実隆か。あいつは……遅刻だな。いつものことだ」
その言葉に、加藤は安堵しつつも、少し当惑もする。彼にとって、知り合いといえるのは実隆だけであり、彼が来てくれるというのは心強かった。だけど、遅刻がいつも通りとは、真面目で神経質な印象の彼とはまた印象の異なることでもある。
それに、目の前の男が何者なのか、それがまだわからない。
「あの、お名前を聞いてもいいですか? 山岳部の先輩でしょうか?」
加藤が尋ねると、男は驚いたように目を剥いた。そして、クシャリとした笑顔を見せる。
「おっと、悪い悪い。名乗ってなかったな。俺は
そのニコニコとした表情に加藤の心が和む。それだけで、そんなに悪い人でもないだろうと思うことができた。
「今日は、実隆も来るんだけどな。もう一人、
泰彦? 坊主?
また、よくわからない言葉が飛び出した。そんな疑問が湧いて出た加藤の背後から声が聞こえる。
「おーい、信介、待たせたなあ」
そこにいたのは実に奇妙な男だった。
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