船の奪回
第53ひえい丸は不気味に静まり返っていた。まるで誰もいなくなってしまったかのように・・・。ただ上空にドローンが浮いていた。その周囲を警戒するかのように船の周りを巡っていた。
そこにウォータージェットで湖上を走ってきたジープが到着した。乗っているのは警護課の中野警部補と藤井巡査長、それに佐川と真森である。佐川は船があまりにも静かなのが気になった。それにジープが近づいても誰も出てこない。
「誰も出てきませんね」
「そうですね。変ですね」
中野警部補も異変に気付いていた。確かに座礁して船体に傷がある。救難信号を送ってきたのは確かだ。だが沈没するような様子も見られないし、乗員が避難した感じもない。念のために大声で呼びかけてみたが、船からは何の反応もなかった。
「仕方がない。乗船してみましょう」
中野警部補はロープを投げて船に固定すると、それを上り始めた。その後に藤井巡査長が続く。彼は対テロ訓練を受けているのでその身のこなしは軽い。
一方、ジープに残った佐川刑事は、船の不気味な様子から何か胸騒ぎがした。
(いっしょに行って加勢するか・・・。2人より3人の方がいいだろう)
と考えて、飯塚刑事をジープに残し、
「私も行きます。」
と中野警部補に声をかけてロープを上って行った。慣れない佐川刑事にはかなり時間がかかった。
甲板には誰もいなかった。こういう時は最悪の状況を想定して行動する。中野警部補と藤井巡査長はすでに拳銃を抜いていた。佐川刑事もあわてて拳銃を抜いた。周囲を見渡すが人の気配はしない。中野警部補は黙ったまま右手に持った拳銃で合図した。
(ブリッジへ)
佐川刑事にはそう意味が取れた。中野警部補を先頭にして音をたてないように進んで行く。あまりの緊張感で佐川刑事には息苦しさを感じていた。やがてブリッジの前まで来た。身を低くして姿を隠す。窓ガラスからのぞく限りは人の姿はないように思えた。
中野警部補が左手で合図をした。それで佐川刑事と藤井巡査長がドアの左右に分かれた。そして彼女の手がドアノブをつかみ、(1,2,3)でドアを開けて拳銃を構えて中になだれ込んだ。
「誰もいない・・・」
拳銃を下ろさず構えたまま、周囲を見渡したが人の姿はない。モニターやパネルのランプが点滅しているだけだった。
「危ない! 伏せて!」
いきなり中野警部の声が響いた。すぐに佐川刑事は椅子の横で小さくなった。
「バーン!」「バーン!」「バーン!」「バーン!」
何発も銃声が響いた。ブリッジのドアの方から何者かが発砲したようだ。だがそれきり聞こえてこない。佐川刑事がゆっくり顔を上げると、ドアの向こうに誰かが倒れていた。中野警部補が撃ち倒したようだ。
(何者だ!)
佐川刑事は拳銃を構えたまま、そばに寄ろうとした。だがその前に中野警部補がさっと近づいて、撃ち倒した相手の右手にある自動拳銃を蹴って遠くに飛ばした。そしてかがんで左手で頸動脈を触って確認した。
「死んだわ。何者でしょう? この船をジャックして拳銃を撃ってくるなんて」
佐川は近くに来て見た。中年の女性で船の作業員のようだ。ポケットを探っているとスマホが出てきた。だがそれを開いてみることはできない。
「この女・・・もしかして堂島正子じゃないかしら」
「堂島?」
佐川はその名前に聞き覚えはなかった。
「知らない? 堂島正子よ。テロ組織『赤い悪魔』の幹部よ」
「いえ・・・でもそんな女がどうしてここに?」
「もしかしてこの船が核物質を運んでいる情報を手に入れて、奪いに来たのかも・・・」
テロ組織ならあり得る話だった。堂島を射殺してしまったが、とにかく核物質をテロ組織に奪われるのは防げた。琵琶湖がこんな事態になっていなかったら彼女のたくらみは成功したかもしれない。
(不幸中の幸いと言ったところか・・・)
佐川は額の汗をぬぐった。
「中野警部補。来てください」
ブリッジのパネルを調べていた藤井巡査長が彼女を呼んだ。
「乗組員は船倉に閉じ込められているようです」
船内モニターでそれはしっかり映っていた。床にしゃがみこみ、不安そうな顔をしておびえている。
「救出に行きます」
「待って! 仲間がいるかもしれないから一緒に行きましょう。佐川さんもついてきてください」
こんな状況ではやはり中野警部補は頼もしく見える。さすがに海上保安庁の特殊警備隊にいたことはある・・・佐川刑事は感心していた。
船倉の前で2人の男が見張っていた。拳銃の音を聞いていたので、警戒して柱の陰に身を隠していた。
「まずいぞ。警察が踏み込んできた!」
「これはまずい。一旦、退こう!」
男たちはそこから離れてボートを下ろした。そして乗り込んで湖に出ようとした時、中野警部補たちが駆けつけてきた。
「中野警部補! 奴らが逃げます!」
藤井巡査長が叫んだ。
「待ちなさい!」
中野警部補が上に向けて威嚇射撃をした。だが男たちは拳銃を撃ちながらボートを出していった。後ろから盛り上がった波が近づくのに気付かずに・・・。
「うわあ!」「ぎゃあ!」
悲鳴が2つ上がった。2人の男は水中ドローンの水中銃に撃たれたのだ。それを見て、中野警部補はショットガンを構えた。
「バーン! カチャ! バーン!」
続けて2発撃った。その弾は水中ドローンのいる波を貫通した。すると波は静まり、やがて湖面は平穏を取り戻した。2つの死体を乗せたボートが漂ってはいたが・・・。
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