会議室に
湖国が航行していると、いきなりゴムボートが霧の中から現れた。それに乗っている男は無事なようだ。だが何やらわめいていて、パニックに陥っているようだった。デッキで警護課の署員が拡声器で呼びかけた。
「こちら警察船『湖国』。あなたを保護する。後ろのドアからゴムボートを乗り入れてください!」
男は正気ではないようだったが、それでもなんとか湖国の後部ドアから入ってきた。そこには佐川刑事たちが待っていた。男はゴムボートを降りて少し歩くとすぐに倒れた。
「おい! しっかりしろ!」
佐川刑事が男を起き上がらせた。その男は足立だった。彼は佐川にしがみつくと、
「殺される・・・殺される・・・」
何度もつぶやいていた。死の恐怖で少しおかしくなっているようだった。梅原刑事がゴムボートを調べてみた。やはりサバイバルゲームの参加者には間違いなく、タブレットを持っていた。だが彼は撃たれたわけでなく青い点で表示されていた。梅原刑事はそれを佐川刑事に見せた。
「おい、しっかりするんだ。どうしたんだ?」
「撃ち合いをして負けた相手が矢のようなものに貫かれて死んでいた。怖くなって逃げてきたが、ドローンが追いかけて来るんだ。ずっと・・・」
足立は恐怖で目を見開きながらそう言った。
「相手はどんな奴に殺されたんだ? 他に気付いたことはなかったか?」
だが足立は黙って震えるだけだった。パニック状態が強く、それ以上の話が聞きだせそうにない。佐川刑事は梅原刑事に足立の体を預け、あちこちの窓から空を見た。霧ですべて真白だったが、一つだけ小さな点があった。そばにあった双眼鏡で見ると、それはドローンのようだった。
「空からも監視されている。一体誰が・・・・」
誰かがドローンでサバイバルゲームを監視している。そいつが何かを企んでいる・・・佐川刑事はそう思わざるを得なかった。
◇
湖上署の会議室に各課の署員が集められていた。朝から琵琶湖で起こった事件について情報を共有し、これからの対策を話し合うためだった。まずは大橋署長が口を開いた。
「・・・朝から様々なことが起こっていることは、みんな聞いていることと思う。だがそれらが指し示すことが一体、何を意味しているのかはまだ分からない。ただ一つ確実なのはここで想像もしないような事件が起こっているということだ。不幸なことに、もう殺された被害者は出ているし、2人の署員も勤務中に亡くなった。我々はこれ以上の被害者を増やさないために一刻も早く解決しなければならない」
大橋署長の言葉を署員たちは沈痛な面持ちで聞いていた。もうすでに殉職者を2人出しているのだ。彼らのためにもこれ以上の悲劇を防がねばならない。
続いて捜査課の課長である荒木警部が発言した。
「今まで起こったことを整理しようと思う。本日朝からこの琵琶湖でサバイバルゲームが行われている。今朝、逮捕した鹿取勇一から聴取したことは、1週間前にサバイバルゲームの招待状がメールで送られてきたということだ。それにRキット社からゴムボートや電動ガン、タブレットにゴーグルやベストが郵送されてきた。鹿取は子供の手術費用に困っており、ゲームに参加してきたのだ」
そこで佐川刑事が手を上げて質問した。
「ではRキット社が主催しているのですか?」
「いや、そうではないようだ。Rキット社に問い合わせているが、担当者がいないため調査しているのだが、そんな話は社内会議では出ていなかったということだ。まだこのサバイバルゲームを誰が始めたのかはわからない」
荒木警部は方々に連絡を取っていたが、いまだに何もつかめていないようだった。
「そしてもう一人、ゴムボートで矢のような弾丸で撃たれた男の身元が判明した。鬼虎勝次、風俗店の経営者だ。前があったから指紋から判明した。彼については県警に調査を依頼している。彼が撃たれた弾丸について・・・中野警部補に説明してもらう」
荒木警部の指名で中野警部補が席を立って発言した。
「水中銃の弾丸のようです。ただ既存のものではなく、改造が施されているように思います。その威力はかなり強く、水中から発射しても20メートルなら正確に狙えて殺傷能力もあると思われます」
「確かにそうだ。田中巡査長が撃たれた現場にいたが、水中から弾丸が飛んできて彼を貫いていた。その狙いも正確で恐るべきものだった」
荒木警部をはじめ、捜査課や警護課、航行課の署員がそれを実際見たのだ。さらに荒木警部は机の上にあるタブレットを手に取った。
「サバイバルゲームの参加者が持っていたタブレットだ。ゲームの参加者は青い点で表示されるが、ゲームからの脱落者は赤く表示される。赤い点になったら、すべて命を狙われるようだ。今見ているようにいくつかは赤い点になっている。すでにあの水中銃で殺されているかもしれない」
「岸の近くにも赤い点が多いように思いますが?」
飯塚刑事が手を上げて質問した。それはヨシの群生で殺された鳥井のいた場所も含まれていた。
「確かにそうだ。このタブレットは外に通信することはできないが、メッセージをタブレットを持っている全員に残すことができる。ゲームの参加者で脱落した一人がメールを残していた。岸に近づけば失格になるようだ。そうなれば赤い点になる。」
「そのメッセージを残した人はどうなったのですか?」
「『波に襲われる』や『矢を撃ってくる』のメッセージが残っていた。多分、今頃は殺されているかもしれない」
荒木警部はため息をついた。この湖でもう何人も殺されている・・・これはサバイバルゲームに名を借りた連続殺人だった。だが被害者はそれだけにとどまっていなかった。
「それに釣り客からの通報があった。釣り客も水中銃に狙われて殺されているようだ。」
それはそこにいる署員にかなりの動揺を与えていた。命が危ないのはサバイバルゲームの参加者だけでなく、この湖にいる者全員だということに。
「もしかしたらサバイバルゲームの参加者以外は、脱落者も含めてすべて抹殺されるように仕組んでいるのかもしれない」
そうだとするとどれほど被害者が出るか、わからない。何者かの犯行かはまだわからないが、それを阻止しなければならない。だが動機も不明、犯人の目星もつかない・・・何もわかっていないのだ。
佐川刑事が手を上げて発言した。
「さっきサバイバルゲームの参加者の足立高志という男を保護しました。彼は、自分が撃って退場になった男が水中銃で撃たれた現場を目撃しております。それは今までの報告と同じでしたが、彼は空中からドローンに監視され、また追跡されていたようです。私も鬼虎勝次の撃たれた現場の上空にドローンを見ております。犯人がこの現場を監視しているとしか思えません」
荒木警部は大きくうなずいた。
「俺もそう思う。犯人はサバイバルゲーム、いや殺人をドローンから見ている。鑑賞しているのかもしれない。被害者に強い恨みがあるのか、それともただ人が殺されていくのを楽しんでいるのか・・・それはわからないが、動機の点で深くかかわっていると思う」
「ではこれから我々はどうすべきなのでしょうか?」
佐川刑事が質問した。それはその場にいた署員がすべて思っていることだった。
「県警にも協力を依頼しているが、とにかく湖に出ている人たちをすぐに保護する。水中銃の矢でも損傷を受けない船で救出するつもりだ」
荒木警部はそう答えた。その後に大橋署長が言った。
「この湖国、そして警備艇を使う。現在、7隻の警備艇が出港してこちらの指示で現場に向かっている」
これで当面の方針は決まった。それを聞いて佐川はこう思った。
(これでこれ以上の被害者は防げるはずだ。犯人の捜査はそれからでも遅くはない。人命第一だ)
会議室には少し緊張から解き放された空気が流れた。だがその時、会議室に船内電話のベルが鳴り響いた。それはその場にいた者を不安にさせた。荒木警部は立ち上がり、その受話器を取った。皆はだまってじっと見ていた。
「荒木だ。どうした?・・・・なにっ!」
荒木警部がいきなり大きな声を上げた。そして受話器を置くとすぐに窓のそばに立ち、じっと外の光景を見ていた。その顔には驚愕の表情が浮かんでいた。
その場にいた署員は荒木警部の様子に「何が起こったのか?」と不思議に思った。彼らもすぐに窓の外を見た。霧はまだ深かった。だが近くの湖面の様子ははっきり見えた。そこにはボートがいくつも見えた。だがそれを見て誰も声が出せなかった。
そのそれぞれのボートには血に染まった人が倒れていたのだ。すべて水中銃にやられたのだ。ゴムボートに乗ったゲームの脱落者もいたが、多くは釣り客だった。かなりの数の者が犠牲になってしまったのだ。
「一体、だれがこんな真似を・・・」
佐川刑事は思わずつぶやいた。この湖に取り巻く霧のようにまだまだ謎は深かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます