波の中の殺人者

凶器の矢

 湖国の船内は慌ただしくなっていた。遺体と2艇のゴムボートを後部ドアから収容したからだった。それには普段、湖の監視活動を担当する警護課が当たった。船外機付きボートで近づいてゴムボートにロープをつないで牽引していく。警護課の責任者で課長代理の中野恵子警部補が指揮を執っていた。

 彼女は海上保安庁出身で特殊警備隊に籍を置いた経歴がある。30過ぎのきりりとした長身の女性で、目つきが鋭く、その物腰に隙がなかった。彼女は部下にてきぱきと指示を与えていった。

 牽引してきたゴムボートは艇庫のある広いスペースに置かれた。そこで詳しく調べることになった。捜査課の岡本刑事と藤木刑事が臨時の鑑識係として、遺体やゴムボートの指紋を調べた。所持品にはやはり身元を同定できるものはなかった。だから指紋を採取して前科があるかどうかを調べるしかなかった。

 そこに佐川刑事と梅原刑事と飯塚刑事が艇庫に下りてきた。犯人に結び付く手がかりを探しに来たのだ。彼らは所持品について調べた。所持品はサバイバルゲーム用の銃と弾、タブレット、食料や水・・・といったところだった。なかでも真森はタブレットを操作して、入っている情報などをノートパソコンに引き出していた。

 一方、梅原刑事は銃やゴーグル、遺体の着ていたベストに興味をもって見ていた。佐川刑事がそれについて尋ねた。


「何かあるのか?」

「ええ、鹿取が言っていた通り、やはりすべてRキット社製です。それも発売されたばかりの・・・」

「詳しいのか?」

「少しは。サバイバルゲームにはまっている友達がいまして、よく話を聞かされていました。確かサバイバルゲーム雑誌に紹介されていたと思います」

「そうか。これをどう使うか、わかるか?」

「多分、これは電動ガンで特殊なプラスチックの弾が出ます。ベストやゴーグルにセンサーがついていて、弾が当たるとゴーグルのランプが点滅して知らせます。多分、その情報はタブレットに送信されると思いますが」


 梅原刑事はタブレットを調べている真森を見た。飯塚刑事はタブレットの画面を佐川刑事と梅原刑事に見せて説明した。


「いろんなモードがありますが。この地図モード。これにサバイバルゲームにエントリーしている人が青い点になって表示されます。多分、赤い点が撃たれて退場になった人と思います」


 確かに琵琶湖の地図の上に20ほどの青い点と3つの赤い点が点滅して輝いていた。タブレットの現在位置には青い点と赤い点があった。それが湖国に乗っている鹿取と死んだ男の点のようだった。


「なるほど。確かにそうだ」


 佐川刑事は大きくうなずいた。そうだとすると琵琶湖でまだ20人ほどがサバイバルゲームを繰り広げていることになる。


「とにかくやめさせないとな。殺人事件が起こったのだから」


 佐川はどうしたものかと考えた。ボートを出してそれぞれに注意を与えるとしても、かなりの手間と時間がかかる。


「そのタブレットはゲームをしている連中すべてが持っているのだろう。それからそれぞれにゲームをやめるように警告のメッセージは出せないのか?」

「調べてみます」


 飯塚刑事はまたタブレットをつないだノートパソコンに向かって操作し始めた。その横で遺体を調べている岡本刑事が佐川刑事を呼んだ。


「佐川さん。ちょっと来てください」

「どうした?」

「この矢のようなものを見てください」


 それは被害者の背中から胸に刺さっていた。


「アーチェリーやボーガンの矢でもないようです。一体何でしょう?」

「確かにそうだ。見たことがないな。」


 2人がそう話しているところに、中野警部補が艇庫に下りてきた。彼女もこの事件が気になっていた。


「ご苦労様です。どうですか? 何かわかりましたか?」

「背中から矢のようなもので心臓を貫かれているようです。おそらく即死でしょう。サバイバルゲームをしていたようですが、身元などそれ以上のことはわかりません」


 佐川がそう答えた。


「特にこの凶器の矢ですが、何から発射されたものか・・・」


 岡本刑事がそう言うと、中野警部補はそばに来て腰をかがめてその凶器をじっと見た。


「もしかして・・・」

「何かお分かりですか?」

「はっきりとはわかりませんが、水中銃の弾に似ている気がします」

「水中銃!」


 佐川たちは驚いた。もし水中銃の弾だとすると犯人は水中にいたことになる。


「じゃあ。犯人は水中に潜っていたということですね」

「水中銃の射程は長くないですが、水中から地上の目標を狙えるものもあります」


 中野警部補ははっきりそう言った。


「それなら厄介ですね。水中を捜索するとなると・・・」


 岡本刑事は首をひねった。


「ずっと水中にいられるわけはありません。きっとボートか何かで近くまで来て、そこから潜ったのかもしれませんね」


 藤木刑事がそう言ったが、佐川刑事にはそうは思えなかった。霧が出ているとはいえ、そばにそんなボートはなかった。彼はもっと得体のしれない者が水中に潜んでいる気がしていた。


「とにかく解剖に出してこの弾を摘出すれば、どんな水中銃かわかるかもしれません」


 中野警部補が言った。佐川刑事たちもそう思った。まだ犯人への手がかりが少なすぎる。水中銃の方から犯人を絞り込めるかもしれない。


「草津港まで警護課の者に送らせましょう。そこに迎えの車をよこしてくだされば・・・」

「すぐに手配します」


 佐川刑事は捜査課の部屋に戻っていった。


 ◇


 捜査課の部屋で荒木警部は方々に連絡を取っていた。今のところわかっているのは、サバイバルゲームをしていた鹿取や被害者が使っていたものはRキット社の製品だ。それも鹿取の話だと、ゲームにエントリーしたら送られてきたものらしい。


(これはきっと何かある!)


 Rキット社への電話はつながったものの、日曜日ということで担当者が不在ということだった。そこで急遽、責任者を呼び出してもらうことになった。

 また滋賀県警捜査1課に連絡を入れたものの、今現在、大きな事件を担当しているため、すぐに対応できないようだった。


「話にならんな!」


 荒木警部は受話器を放りだすように置いた。だが幸いなことに湖上署だけは日曜日でもいつもの人員がそろっている。琵琶湖にレジャーで出かけてくる人が休日に多いためだ。

 そこに佐川が部屋に入って来た。


「どうだ? 何かわかったか?」

「それが・・・」


 佐川刑事は艇庫で調べたことを荒木警部に報告した。


「・・・ということです。遺体を解剖に回したいので、警護課に運んでもらいます」

「わかった。それから被害者の指紋の採取が終わったら、データベースで照合してくれ」

「はい」


 湖上署で今、できることといえばそこまでだった。

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