怪物の襲撃
湖国では流れてきたゴムボートや釣り人のボートの回収を進めていた。後部ドアを開いて船外機付きのボートを出し、漂流しているボートをロープで牽引して艇庫に運び込むのである。航行課の署員をはじめ多くの者が作業に当たった。もちろん捜査課の佐川刑事たちもその中にいた。
「どれほどの数なんですか?」
「8艇のようだ」
梅原刑事の質問に答えた。もちろんそのボートには矢のような弾丸で貫かれた遺体がある。丁重に扱い、身元を調べねばならない。サバイバルゲームの参加者の2遺体はやはり身元を示す物を持っていなかった。
(あの怪物に襲われなければいいが・・・)
回収作業をしながら佐川はこう思っていた。怪物とは水中から水中銃を撃ってくるもののことである。その矢のような弾丸は正確に被害者の急所を貫いていた。
(あの怪物に狙われたらひとたまりもない。あれは・・・)
それは波を立てて迫ってくる。それに身を隠しながら・・・。だから拳銃で狙いが付けづらい。その正体はいまだにはっきりわからない。だが佐川刑事はそれが湖国に迫ったとき、波の中でおぼろげな形を見て取っていた。
(まるでサメだ。いや、凹凸のない海坊主といった感じか・・・)
彼はそれに冷たい感じを覚えていた。血が通っていないような・・・。そう思いだしている佐川刑事に飯塚刑事が声をかけた。
「佐川さん。もしまた襲ってきたらどうするんですか?」
それは彼女らしい率直な質問だった。横にいる梅原は、その質問にどう答えるのかと興味をもって佐川の顔を見た。
「そうだな。考えておかないとな」
佐川刑事はこう答えるしかなかった。水中でもある程度の威力のある拳銃でも、当たらなければ意味はない。波にさえぎられては、命中はおぼつかないのかもしれない。それにあの怪物にどれほど効果があるかも疑問だった。
「いや、中野警部補が対策を考えているだろう。水中の戦闘には詳しいからな」
佐川刑事はそう言い直した。そうでも言わないと皆に不安が広がるだろう。
「そうですね。いくら水中銃を撃ってきてもシールドで防げますから、大丈夫ですね」
飯塚刑事はそう納得していた。
ボートの回収は順調に進んでいたが、そこでいきなり非常警報が鳴った。
「水中から接近する物体がある。回収作業をすぐに中止して湖国に戻れ。署員は持ち場で待機!」
大橋署長の声がスピーカーから聞こえてきた。佐川刑事が湖を見ると、盛り上がった波が近づいてきている。
「あの怪物が来た!」
佐川刑事はそう呟いた。回収作業に当たっていた船外機付きボートは戻ろうとするが、ロープの処理に手間取っている。このままでは湖国に戻るまでにあの波にやられてしまう。佐川刑事は艇庫の奥に走った。
「佐川さん。どこに行くんですか!」
その後を梅原が追ってきた。佐川刑事は奥に停めてあった「ジープ」に乗り込んだ。この通称「ジープ」は水陸両用車である。陸上では一般道でも悪路でも自由に走り回ることができ、水上ではウォータージェットでモーターボートと同等のスピードが出せる。湖とその周辺を管轄とする湖上署にとって有用な車体だった。正式には警察用多目的水陸両用車というのだが、見た目が米軍のジープに似ていたから湖上署ではそう呼ばれていた。
佐川はエンジンを起動するとすぐに走り出そうとした。
「待ってください!」
梅原刑事がジープに飛びついてドアを開けて助手席に座った。佐川刑事はジープをそのまま後部ドアから湖の中に進ませた。バチャンと水しぶきが立ち、フロントガラスを水滴が濡らしていった。それをワイパーで除きながら、佐川刑事は盛り上がる波の方に向けてウォータージェットでジープを走らせた。
「どうするんですか?」
「助けに行く。あのままではあの怪物の餌食だ」
「怪物? あの波に隠れている奴ですね。どう退治するんですか?」
「わからない。でもいざとなったらこちらに引きつける。ジープにはしっかりとしたピラーとガラスがあるから、なんとか弾を防げるかもしれない」
「わかりました。」
梅原刑事は左わきのホルスターから拳銃を抜いた。2人はあの怪物に挑んでいこうというのだ。
(なんとかあの怪物を止めなければ・・・)
佐川刑事の顔は緊張で青ざめていた。
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