サバイバルゲーム
霧の琵琶湖
琵琶湖・・・それは日本最大の湖であり、およそ275億トンの水量を誇る。その水は瀬田川・淀川を通じて近畿各地に供給される。そのため琵琶湖は近畿の水がめとも呼ばれている。
またそこは自然の生き物の宝庫であり、琵琶湖の固有種66種を含む1700種以上の水棲動植物が生息する。その豊かな自然は美しい風景を四季折々に私たちに見せてくれている。
だがもし琵琶湖の自然を損なう事態になったら、どうなるのだろうか・・・
当たり前に存在する琵琶湖に突然、あの事件は起こった。
その日、琵琶湖は珍しく霧に包まれていた。それは湖面から白くわき立ち、湖岸に見える建物を幻想的に浮き上がらせていた。たまにしか起こることのないこの美しい風景に多くの人は感嘆の声を上げそうだが、警察船「湖国」の展望デッキにいる佐川刑事には不吉な予感がしかしなかった。それは体にまとわりつく湿気だけのせいではない。湖を航行する船の姿がよく見えないからだ。その奥で何が行われていても気づくことはない・・・。
「こんな時、この湖で事件が起これば大変なことになる・・・」
佐川刑事は周囲を見渡しながらそう思っていた。時刻は9時にはまだある。湖国の出港前だ。その時、急に慌ただしく階段を駆け上る足音がした。佐川刑事の予感は的中してしまったようだ。
「佐川さん! 来てください!」
と後輩刑事の梅原刑事が呼ぶ声が聞こえた。やはり何かが起こっている。振り返った佐川刑事は返事をした。
「わかった。すぐ行く!」
佐川刑事ははっと息を吐いて顔を叩いて気合を入れると、階段に通じるハッチに向かった。これが最悪の日の始まりだった。
◇
霧が出て、辺りが白くよどんでいた。その中を一人の男がゴムボートを走らせていた。彼は顔に装置のついたゴーグルをつけ、迷彩服の上にカーキ色のベストを着ていた。
「まずあいつがターゲットだ!」
男は傍らに置いたタブレットを見ていた。それは薄暗い中でチカチカと光を放っていた。彼は船尾の船外機を左手で器用に操作しながら、右手には銃を持っていた。それは重厚な見た目とは違って片手で扱えるほど軽かった。
やがて霧の中から何かが見えてきた。男は目を細くしてじっとその方向を見た。それが彼の狙っている者かどうかと・・・。
「見えた! いくぞ!」
男は銃を構えた。霧の中から彼と同じようにゴムボートに乗った若い男の姿がかすかに見えた。それが彼にとって最初の獲物だった。
向こうの男も気づいていた。彼も銃を構えると、すぐに撃ってきた。
「ポン! ポン! ポン・・・」
軽い音が連続して聞こえてくる。
「そんな遠くからでは当たらねえぜ!」
十分引き付けてから撃たねばならない。男はゴムゴートの中にうつぶせに寝て、弾を避けた。それは彼の頭の上、いや、あちこちにばらけて飛んでいった。
(慣れていないようだな・・・)
男はニヤリと笑って待った。やがてゴムボート同士が正面からさらに接近した。
「よし!」
男は今だとばかりにトリガーを引いた。銃から弾が連続して飛び出して行く。最新型のモデルだから直進性はいい。だが相手の若い男はゴムボートの中に隠れた。これでは弾は当たらない。しかも片手だけ出して銃を盲滅法に撃ってきた。
男は舵を操作して大きく右に回り込んだ。一度離れて、撃ち合いを挑もうとするためだ。だがこれが裏目に出た。陸上のサバイバルゲームなら木などの障害物に隠れて迂回して側方や後方から攻撃するのが成功するのだが、湖の上は隠れるところがない。先に相手に背を向けた方が負けである。
相手の若い男は彼の後ろにぴたりとつけた。
「しまった!」
男は自分のミスを悔やんだ。だがもうどうにもならない。後ろから相手の若い男が銃を撃ってきた。しかも接近して立ち上がって狙ってきたので、ゴムボートに寝ても姿を隠せない。
「ピピピ・・・」
電子音が鳴り、ゴーグルが赤く点灯した。相手が撃ってきたBB弾が体か頭に当たったのだろう。男は撃たれてしまったのだ。これで退場となる。相手の若い男はガッツポーズをして喜んでいた。男は負けてムカムカしていたが、手を振って相手を讃えた。相手の若い男も手を振り返してきた。そしてすぐにどこかに行ってしまった。
「ああ、負けてしまった。いいところまで行けると思ったのにな。油断したな・・・」
男はため息をついた。彼の計算では今日の夕方には大金持ちになっていたというのに・・・。
男は銃を放り出して仰向けに寝転んだ。霧が深くて空は見えない。ただただ白いだけである。
(すぐに帰るのも癪だし、せっかく琵琶湖まで来たんだ。何かしよう。どこかにうまいものが食えるところがあったかな・・・)
彼は今日のプランを考えていた。するとゴムボートが少しずつ揺れてきたのに気付いた。それがだんだん大きく・・・。
(波が立ってきたのか・・・)
男が身を起こして湖面を見た。確かに波が大きくなっている。大きな船でも通っているのかと遠くを見るが、霧のために見通せない。だが彼の目には別のものが飛び込んだ。
「ん?」
霧の中から大きく盛り上がった波が急に現れたのだ。それが彼の方に向かってきていた。
(なんだ? あれは?)
正体はわからなかったが、彼には不気味で恐ろしいものに感じられた。逃げようとするが体が金縛りでもあったように動かない。彼の目は恐怖で大きく見開かれた。
「ビュッ!」
波の中から何かが飛び出してきた。男は一言も発することもできずにその場に仰向けに倒れた。そしてその周りに血があふれてきていた。
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