撃ち合い

 梅原刑事に呼ばれ、佐川刑事は狭い階段を苦労して降りた。いつもながらこの船の階段には悩まされる。佐川刑事は最後の3段を飛ばして廊下に飛び降りた。そのすぐ先に彼の所属する捜査課の部屋がある。ドアを開けると、そこに梅原刑事が待っていた。その顔は緊張感でこわばっていた。何か急なことが起こったのに違いない。


「どうしたんだ?」

「ゴムボートに乗って撃ち合いをしているそうです」

「撃ち合いだって? 本当か?」


 佐川刑事はにわかには信じられなかった。この琵琶湖で撃ち合いをしているとは・・・。


「釣り人からの通報です。場所はにおの浜の辺り」

「この近くだな。しかし銃声は聞こえないぞ」

「モデルガンか何かですかね?」

「とにかく現場に行ってみよう。念のため拳銃を用意してな」


 佐川刑事と梅原刑事は捜査課の部屋に戻ると、すぐに武器庫のロッカーから拳銃を取り出した。撃ち合いをしているというからには拳銃を携行しなければならない。彼らはシリンダー内の弾を確認して左脇下のホルスターに納めた。


 湖国はまだ出航前で、大津港に停泊していた。その艇庫にはモーターボートを積み込んでいる。湖国の後部ドアを開けることにより、航行中はもちろん停泊中でもモーターボートの発進や収容は可能になっている。

 艇庫には航行課の水野巡査が連絡を受けてモーターボートの準備をしていた。佐川刑事と梅原刑事が階段を降りてくると、水野巡査は


「こっちです!」


 と大声を上げて手を振った。


「すまないな。急がせて」

「大丈夫です。準備はできています。乗ってください!」


 水野巡査に促されて佐川刑事と梅原刑事はモーターボートに乗り込んだ。その間に湖国の後部ドアは開かれ、水が侵入してくる。


「行きますよ!」


 水野巡査がそう言って制御盤のスイッチを押した。するとモーターボートは滑らかに押し出された。


「じゃあ。行ってくる!」

「行ってらっしゃい!」


 水野巡査は笑顔で手を振って送り出した。若い女性にこうやって送り出してもらうのも悪い気はしない・・・佐川刑事はそう思いながら横に座る梅原刑事の方を見た。やはりまだに緊張している。こればかりは慣れないと・・・そう思いながら、佐川刑事は赤色灯を回してサイレンを鳴らしながらモーターボートを走らせた。霧は深くて視界が悪い。いつもなら遠くまで見渡せるはずが、今は100メートルほどが限界となっている。


(これでは発見するのが難しいかもしれない)


 佐川刑事はこう思っていた。

 モーターボートは白い波を立てて軽快に湖上を快走する。すでににおの浜の辺りを通過していた。すると前方に2艇の船外機付きの大型ゴムボートが少し離れて並走しているのがわかった。梅原が双眼鏡を使ってよく見てみた。


「それぞれ船外機のついたゴムボートに一人ずつ乗っています。確かに銃らしいものを構えています」

「やはり撃ち合いをしているのか?」

「ええ。でもモデルガンの様です。本物の銃ではないと思います」


 梅原刑事が見るところ、確かに銃で撃っているようだが、本物の銃ではないようだ。確かに銃声が聞こえない。


「何をしているんだ?」

「2人とも同じようなゴーグルをして、迷彩服のようなものを着ています。どうもサバイバルゲームをしているようです」

「サバイバルゲームだと!」


 それなら大ごとにならなくてよかった・・・佐川刑事はほっと思った。しかしこの琵琶湖でサバイバルゲームをされては他の人の迷惑であるし、危険でもある。ボートの操縦を誤れば事故につながるだろう。佐川刑事は備え付けの拡声器マイクをつかんだ。


「そこのボート。サバイバルゲームを止めなさい。ここでは迷惑行為や危険な行為は禁止されている」


 サバイバルゲームに夢中で聞こえないのか、まだ撃ち合いを続けている。


「聞こえていないみたいだな。奴らの様子はどうだ」

「あっ! 右側の方のゴーグルが点滅しています。どうやら勝敗がついたようです」


 双眼鏡で見ていた梅原刑事が言った。


「これできりがついたし、ゲームを止めてくれるかな。とにかく注意しておくか」


 佐川刑事がまたマイクをもって話した。


「そこのボート。止まりなさい。こちらは湖上警察だ」


 その声が響き渡った。するとゴムボートに乗った2人はやっと佐川刑事の乗る警察用のモーターボートに気付いたようだった。おとなしく従うかと思いきや、2艇ともスピードを上げて逃げ始めた。


「やれやれ、注意だけで済ませてやろうというのに、手間をかけさせるな。追いかけてきつくお灸をすえてやるか」

「どっちを追います?」

「右側の奴にしようか。それから左の奴を追いかけても大丈夫だろう」


 ゴムボートは霧の中に消えようとしている。だがモーターボートのスピードに敵うわけがない。視界が悪いながらもすぐに捕捉できると思われた。すると前方にゴムボートが見えた。だが様子がおかしかった。


「佐川さん! 人が倒れています!」


 双眼鏡をのぞいていた梅原刑事が大声を上げた。すぐに佐川刑事はモーターボートを近づけてみた。エンジンの止まったゴムボートの中に仰向けに男が倒れていた。佐川がゴムボートに飛び移って男を調べた。その背中には矢のようなものが突き刺さり、辺りを血で染めていた。もちろん息はない。その目は驚愕のためか、大きく見開いていた。


「心臓を貫いて即死のようだ。湖国に連絡を取ってくれ。遺体を収容してくれと」


 佐川刑事はそう言うとモーターボートに戻った。


「佐川さん」

「もう一人の方を追う。もしかしたら奴の仕業かもしれない」


 死んだ男に刺さっていたものは近くから発射されたものだろう。だが犯人らしい者の姿は近くに見当たらない。この霧の中では遠くまで見渡せないからだろう。だが逃げたもう一方のゴムボートにいた男が怪しい・・・佐川刑事はそう睨んでいた。


 モーターボートは進路を変えて、もう一方のゴムボートを追った。船外機付きとはいえ、ゴムボートの速度はたかが知れている。周囲を捜索するうちにすぐに見つかった。


「そこのゴムボート。止まれ!」


 佐川が拡声器で指示するが、止まる様子はない。ゴムボートに乗った男は後ろを振り返りつつ必死に逃げている。


「梅原。操縦を頼む!」


 佐川刑事は梅原刑事と操縦を代わって後部座席に移った。


「ゴムボートに近づけろ! 飛び移って奴を押さえる!」


 モーターボートは白い並みを立てて、ゴムボートに急接近した。そのタイミングで佐川刑事はゴムボートに乗り移った。その勢いでゴムボートが大きく揺れて、佐川刑事と男は倒れ込んだ。だが男はすぐに佐川刑事をボートから引きずり降ろそうとつかみかかって来た。


「やめろ! 警察だ! おとなしくしろ!」


 佐川刑事は男ともみ合いになりながらも、やっとのことで仰向けに倒してその右手を背後に回して取った。


「公務執行妨害で逮捕する!」


 佐川刑事は男に手錠をかけた。すると男は観念したかのように急におとなしくなった。


「ここで何をやっていたんだ!」


 佐川刑事は尋ねるが男は答えようとしない。じっとうつむいて黙っていた。


(黙秘するつもりか。)


 佐川刑事はそう感じた。とにかく男を逮捕した。今はしゃべらなくてもすべて吐かせる。だがこの男が殺人の犯人だろうか、ざっと見たが矢を放てるような武器を持っていない・・・そんな疑問が彼にはあった。

 それに佐川刑事は上空から誰かに見られている気配を感じていた。空に見上げてみると、そこにドローンが浮かんでいた。まるでこちらを監視するかのように・・・。だがそれはすぐに霧の中に消えていった。


(あのドローンは上空からすべてを見ていた。一体、何のために・・・)


 佐川刑事は何か嫌な予感を覚えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る