湖国の中に

故障の原因

 湖国にジープが戻ってきた。もうすっかり日が暮れていたが、湖国の機関は直っていないようだった。手動で後部ドアを開け、そこから艇庫に走り込んだ。


「さあ、降りてください」


 飯塚刑事が村岡に声をかけた。彼はジープを降りると、懐かしそうに周囲を見渡していた。


「どうかしましたか?」

「以前、この船の改造の一部を私の会社が請け負っていたものですから」


 村岡は以前、「ムラオカ」という電子機器の会社の社長をしていた。その時に湖国の電子装備の一部を請け負ったのだろう。


「スマホをこちらで預かりましょう」


 佐川刑事がそう声をかけると、村岡はポケットのやや大型のスマホを渡した。それはやや大きめの見慣れないものだった。よく見るとか「ムラオカ」のロゴが入っていたから、彼が社長をしていた会社が開発したものかもしれない。佐川刑事はそれを受け取って飯塚刑事に渡した。

 艇庫は普段と違って静まり返っていた。いつもなら機関の音や振動が響き渡るのだが・・・。村岡はあまりにも静かだったので尋ねた。


「機関が止まっているのですか?」

「はい。まだ原因がわからなくて・・」


 真森がさらに話そうというところを佐川が遮った。


「ともかく取調室へ。こちらに来てください」


 佐川は飯塚刑事に「余計なことを話すな。」と目で合図して、村岡とともに階段を上がり始めた。


 ◇


 宮本副長は懸命に機関が停止した原因を探っていた。だがどうしてもそれがわからなかった。故障個所が見つからないのだ。


(ちゃんと機能している。考えられるのはどこかでストップがかかっていることだ。きちんと調べるのには専門家に見てもらった方がいいが・・・。レイク電工の社員が明日、ここに来てくれるだろうか。情報センターの工事とともに船の配線について見てもらえればいいが・・・)


 ブリッジでパネルのチェックをしていると、大橋署長が話しかけてきた。


「どうなのかね?」

「すいません。今のところ原因がつかめていません。明日になってレイク電工の方に来てもらえれば何かわかるかもしれませんが・・・」

「ふむ。だがこの事件が収まっていたら可能だが・・・」


 水中ドローンが行動している限り、危険な湖に一般人を連れては来られない。どうしたものかと宮本副長が頭を巡らせていると、ふとある考えが浮かんだ。


「そういえば村岡さんに事情を聞くためにこの船に同行してもらったと聞きましたが・・・」

「さっき報告を受けた。それが何か?」

「この電気工事をしたのは村岡さんの会社なんです。もちろん村岡さんも技術者上がりでこの現場にもよく来られていたから、彼に見てもらったら原因を特定してくれるかもしれません」


 確かにそれがいいかもしれないが、容疑者に依頼するというのは前代未聞だと大橋署長は戸惑いを覚えた。だがいつまでもこうしておられない。湖国さえ動ければまだ打つ手はいろいろとある。


「わかった。村岡に依頼する。県警本部に知れたら懲戒ものかもしれんがね。背に腹は代えられん!」


 大橋署長は早速、捜査課に連絡を入れた。



 しばらくして佐川刑事と飯塚刑事が村岡を連れてブリッジに来た。佐川刑事から事情を聞いて協力することに同意したのだ。宮本副長が懐かしそうに声をかけた。


「村岡さん。久しぶりです」

「これは宮本さん。こんな形で再会することになって心苦しいです」

「いや、協力していただけると聞いてうれしいです。早速、お願いします」


 村岡はブリッジのパネルを捜査して、じっとモニタを見ていた。時々、「おやっ!」という顔をしていた。何らかの異常を認めているように見えた。


「すいません。私のスマホを返していただけますか?」


 村岡がおもむろに言った。


「スマホを?」

「ええ、そこにいろんな情報を入れているのです」


 佐川は真森に目で合図した。それで真森は、ここに来る前にポケットに入れてきた村岡のスマホを返した。村岡は慣れた手つきでスマホの画面を開いてデータを確認した。そして船の端末から制御コンピューターにアクセスした。

 じっと黙ってモニタを見る彼の姿は優秀なエンジニアのように見えた。あの柔和な和尚の雰囲気はまるでなかった。


「うむ・・・ん?」


 村岡が目を細めてそう声を漏らした。宮本副長が彼に尋ねた。


「どうかしましたか?」

「おかしい・・・どこかで船をコントロールされている。こちらの命令がブロックされている」

「本当ですか?」

「ええ、ここを見てください。伝達部分が書き換えられています」


 村岡がモニタのある部分を指さした。宮本副長は大きくうなずいた。この船の以上の原因がわかったようだ。大橋署長が宮本副長に尋ねた。


「どういうことかね?」

「どこかで制御コンピューターを乗っ取り、この船を操っている者がいます。そいつが機関などを止めています」

「なに!」


 考えもしなかったことだった。しかしわかった以上、その者を取り押さえて船を元の状態に戻さねばならない。


「それはどこだ? どこにいるんだ?」


 村岡はまた端末を操作した。そしてきっぱりと言った。


「多分、この船の中央部。情報センターです」

「えっ!」


 大胆にもこの船に侵入していたとは・・・。しかも知らないうちに船のコントロールを奪われていたのだ。


「すぐに行きます!」


 佐川刑事と飯塚刑事が立ち上がった。


「私も行く!」


 宮本副長も立ち上がった。大橋署長はうなずいて言った。


「よし、頼むぞ。捜査課に連絡して応援を送る。情報センターに急いでくれ!」

「はい!」


 3人はすぐにブリッジを出た。向かうは船体中央の情報センターである。


(多分、神海だ! そこに隠れていたのか!)


 佐川刑事はそう確信していた。

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