めぐりあわせ

 飯塚刑事は横に座る村岡を見た。やましいことはしていない・・・と言う風な堂々とした姿に映った。


「さっきの話ですけど、もっと詳しく聞かせてください。」

「わかりました・・・」


 村岡は話し始めた。


      ―――――――――――――――――――――――


 いつものように岩の上でぎょうを行っていた。すると霧の中から1艇のゴムボートが現れた。それは島に近づいて船着き場にゴムボートを泊めた。

 私はその男を見てすぐにわかった。


(あれは吉村!)


 それはあの事故を起こした第11おうみ丸の元船長の吉村良樹だった。彼は岩の上にいる村岡に話しかけた。


「ここに誰も来ていませんか?」


 吉村の方は気づいていなかった。


「いえ、誰も来ていませんが。一体どうしたのです?」

「実は・・・」


 吉村は話し出した。今起こっている琵琶湖の惨劇を・・・そしてタブレットのことも語った。それは恐るべき話だった。この琵琶湖で次々と人が殺され、そしてその助かる手段を求めて人々が醜く争っていた。私は尋ねた。


「どうしてそんなものに参加したのです?」

「だまされたんだ。こんなこととは知らなかったんだよ!サバイバルゲームに勝てば賞金が出るというのに踊らされて・・・」


 吉村はため息をついた。私はあの裁判の後から吉村が姿を消したことを知っていた。SNSの誹謗中傷に耐えられずに。多分、今は働くところもなくて困っているのだろうと思った。


「そんなにお金が必要なのですか?」

「ああ、いや、食う分ぐらいはなんとかなる。俺は昔、過失で人を亡くしたんだ。その償いをしていない。まっとうな金じゃないかもしれないが、少しでも償いをして謝りたいんだ」


 吉村はしみじみと言った。私はその言葉を聞いて涙が出そうになった。自分があれほど憎んだ相手に謝罪の気持ちがあったことに・・・。

 それからすぐに霧の中からまたゴムボートが船着き場に着いた。降りてきたのは滋賀水上交通の元社長、橋本進だった。彼もまた私が村岡であることに気がついていなかった。この琵琶湖の島で吉村と橋本、そして私・・・。


(これも運命のめぐりあわせか・・・)


 私は思った。彼は私に、


「助けてくれ!」


 と言い、かなり切羽詰まっている様子だった。


「一体どうされたのかな? そんなに慌てて」

「追われているんだ! 水の中の化け物に!」


 みると橋本のタブレットは赤い表示だった。誰かに撃たれたらしかった。そして彼は私の顔をじっと見た。どこかで会ったかと首をひねっているように見えた。

 一方、吉村は橋本にすぐに気付いた。彼は横から話しかけた。


「橋本さん?」

「おう! お前か! 吉村!」


 橋本の方も吉村を認識した。彼は吉村の青い表示のタブレットをちらっと見た。


「ずっと消息不明でしたが、どうされていました?」

「お前こそ姿を消したじゃないか。おかげで乗客は減って会社は倒産。借金取りから脱げていたのさ」

「すいません。私のせいで・・・」

「まあ、いい。それよりお前のタブレットを渡せ。俺が賞金を稼いできてやる。お前では無理だ。その賞金でまた会社を作るぞ。そうなれば社員にしてやる。さあ!」


 橋本は手を出したが吉村はタブレットを後ろに隠した。絶対渡さないと。


「社長。いや、橋本さん。私も賞金を手に入れてあの事故の被害者の家族に謝罪したいと思っています」

「そんなことか。裁判で勝ったんだからもういいだろ。それよりも・・・」

「やめてください!」


 橋本と吉村がタブレットを巡ってもみ合っていた。


「やめなされ!」


 私が間に入って止めた。すると橋本が私の顔を思い出したようだった。


「お前はあの事故の・・・」

「ええ、あの事故で死んだ者の家族です」

「そうだ。裁判を起こしやがった! お前のせいで俺たちは無茶苦茶だ!」


 橋本は私の胸ぐらをつかんだ。吉村は驚いてタブレットを放り出すと、橋本を羽交い絞めにした。


「止めてください! この方の家族は亡くなったんです。それを・・・」

「うるさい! こいつのせいで・・・。」

「あなたはこの方に済まないという気持ちはないのですか!」

「ねえよ! 俺だって被害者だ。何も悪いことはないのに誹謗中傷で客が離れて倒産。寒い中を懐がピーピーになっているんだ! それもこれもお前やこいつのせいだ」


 橋本はそう喚きたてた。そして吉村をはねのけると、青い表示のタブレットを拾って逃げた。


「待て!」


 吉村が追いかけたが、橋本はゴムボートを発進させた。彼はしてやったりと得意顔でこっちに顔を見せていた。


「くそっ!」


 吉村が橋本に向けて電動ガンを撃った。それは油断していた橋本に当たり、ゴーグルが赤く点灯した。それからすぐだった。波が盛り上がり、彼の方に向かっていった。彼は必死に逃げようとしたが、矢が彼を貫いた。


「ぐあっ」


 橋本は叫び声を上げてゴムボートの中に倒れた。その一部始終を見ていた吉村は私の方に向き直って言った。


「当時、あなたやご家族の方にしっかり謝罪できなかった。私はずっと罪に苦しんでいました。どうも申し分けありませんでした。これで私も楽になれます」


 それだけ言うと吉村もゴムボートに飛び乗って湖に進ませた。ただ奇妙なことに彼は立ち上がって私の方に一礼すると、そのまま両手を広げて目をつぶった。私には彼が何をしているかわからなかったが、次の一瞬ですべてを悟った。

 波の中から矢が飛んできて、彼の胸に突き刺さった。彼は膝から崩れるようにゴムボートの中に倒れた。そして死体を乗せた2艘のゴムボートは霧の中に消えていった。


        ―――――――――――――――――――――――


 村岡は飯塚刑事にそう話した。


「2人には全く不幸なことでした。島に帰ったら菩提を弔ってやりたいと思います」

「そうだったんですね」


 飯塚刑事は村岡の態度に感心してそう言った。だが荒木警部と佐川刑事は何も言わずに黙ったままだった。それが飯塚刑事には奇妙に思えた。


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