神野という男
もう日没間近になり、残り時間が少なくなっていた。湖上署で村岡にゆっくり話を聞く時間はないかもしれない・・・佐川刑事はそう思った。それでルームミラーに映る荒木警部に目で合図すると、うなずいて許可が出た。
「取調室で改めて聞くかもしれませんが、ここで話を聞かせてください」
「ええ。いいですよ」
「神海が1か月前に多景島に来たのですね」
「はい。観光船で来られて。生態研究をしているが、この辺りにはなかなか来られないからドローンとそのコントロールのためのパソコンを置かせてほしいと言われました。別院にいらっしゃるご住職と相談して許可いたしました」
「それで神海は?」
「次に来た時に大きなドローンとパソコンとバッテリーを持ってこられて、観光客に見えないところに設置しました。それから観光船がある間は何度も来られました」
その話に矛盾はなかった。人に見つかりにくくするため、人の来るのが少ない多景島を選んだのかもしれなかった。
「神海とどんな話をしました?」
「たいした話は・・・。でも彼はいつも怒っていました。SNSのある掲示板を見ていたようです」
「彼が言うには世間のけしからん人を実名で公開しているようです。そこにあのおうみ丸の事故のことも出ていたと言っていました。私がその話を彼にしたからだと思います。もし彼がそれでこんなことを引き起こしたのだとしたら申し訳ないことだと思います」
村岡はため息をついた。飯塚刑事が尋ねた
「どんな掲示板だと言っていました?」
「多分、ヴィラン・・と言っていたと思うが・・・」
飯塚刑事はスマホでその掲示板を開いてみた。
「警部。この掲示板で神海はサバイバルゲームの参加者を決めたのではないでしょうか? Rキット社からあの名簿に一致する名前があります」
「そうか。それなら辻褄が合う」
荒木警部はそう言った。
(神野はSNSの掲示板で「悪者」と突き上げられている人物を殺そうとしたのかもしれない。独善的な正義のために・・・)
佐川はこう考えたが、何かしっくりこない違和感を覚えていた。それは荒木警部の同じようだった。
「後は神海の居場所さえわかれば解決ですね」
飯塚刑事はそう言うが、それが一番の難問だった。琵琶湖の島々はすべて捜索した。彼は琵琶湖のどこにいるというのか・・・佐川刑事はジープを走らせながら考えていた。
◇
堀野刑事は日野に向かっていた。彼は思いつく最後の手を使うためにここに来たのだ。日はとっぷりと暮れ、辺りは真っ暗になっていた。やがて山間の道を走っていると、点滅した光が見えた。ここはヘリポートだった。
ここにライフルを持った警官や救難隊の警官が集まり、すでにヘリコプターがスタンバイしていた。
「遅くなった! 頼む!」
堀野刑事は警官たちと乗り込んだ。そしてすぐに離陸した。向かうは第53ひえい丸である。ここにライフルで武装した警官を降ろし、その帰りに湖に残された人たちを救助する。
(空からでは妨害されないだろう)
県警本部に掛け合って、危険な夜間任務を承知させたのだ。だがこれでも安心できない。後は湖上署が神海渡を逮捕してそのコントロールを奪うのに期待するしかなかった。だが捜査は難航している。
(佐川! なんとか水中ドローンを止めてくれ!)
堀野はそう祈っていた。
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