事故の行方

 確かにその事故のことは湖上署の誰もが知っていた。あまりに悲惨な事故とその結末だったからだ。それが今、形を変えて姿を現し、この恐ろしい事件を引き起こしている・・・佐川にはそう思えた。

 大橋署長は名簿の名前の欄を指し示しながら、


「その乗客の名前がこの名簿にある。後から加わったツアーの客、デッキにいた人たちだ」


 ときっぱりと言った。


「本当ですか!」

「ああ、何度もその事件を検証したから覚えている。多分・・・いや、そうだ! 思い出した。サバイバルゲームの会社のツアーが後から乗り込んでいた!」

「えっ! それはどこの会社ですか?」


 荒木警部は驚いて聞き直した。だがそこまでは大橋署長は覚えていなかった。するとすぐに真森がパソコンに向かってその捜査資料を引き出そうとした。

 佐川が荒木警部に聞いた。


「あの事故の船長や船会社、それに助けてくれなかった乗客を恨みに思って犯行に及んだのでしょうか?」

「うむ。十分考えられる。それにこの名簿には橋本社長と吉村船長の名前もある」


 荒木警部は名簿をめくって確認した。そうなると容疑者はあの男しかないと佐川は思った。


「これらの人に恨みを晴らそうとする人と言えば・・・」

「多分、裁判を起こした祥子の父親だろう」


 荒木警部はそう推測して大橋署長に尋ねた。


「署長。その千葉祥子の父親のことを覚えていますか?」

「村岡・・・村岡良造だったと思う。確か『ムラオカ』という電子機器の企業の社長だった」

「もし村岡が行方の分からなくなった橋本社長と吉村船長を探し出し、あの乗客たちとともにここに誘い出したとしたら・・・」


 荒木警部は一呼吸おいて断言した。


「巧妙な連続殺人です。すぐに村岡良造を探すべきです」


 その時、パソコンに向かっていた飯塚刑事が、


「わかりました!」


 と大きな声を上げた。なにか重大なことを発見したようだ。


「そのツアーはRキット社主催のものでした!」

「なんだって!」


 偶然にしては出来すぎている。見えていた点が線になってつながり始めた。だが佐川には納得できないこともあった。その名簿にはあの事件と関係のない人間も載っていたのだ。このことが説明できない。それに・・・


(あまりにも多くの人を巻き込んでいる。あの事故の関係者だけじゃない。他の人を殺す動機がない。だがそれを否定する材料もない・・・)


「すぐに捜査1課に連絡を取ります」


 荒木警部は電話機に手を伸ばした。するとその時、船内電話がけたたましく鳴った。それは何か悪いことが起こる、始まりのベルのように思えた。受話器を取った荒木警部は少し話すなり、いきなり驚きの声をあげた。


「なに! わかった。署長に伝える」


 荒木警部は受話器を置くと、大橋署長に言った。


「貨物船が水中ドローンに襲われて座礁。救助を求めています」

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