霧に包まれた琵琶湖

 今日の琵琶湖もまた朝から霧に包まれていた。佐川刑事はまた湖国の展望デッキに上がっていた。辺りには何も見えない。その圧迫感で息が詰まるようだった。

 ただし今日は彼一人ではなかった。飯塚刑事もそこから霧に包まれた琵琶湖を見ていた。


「嫌な霧ですね。辺りの様子がまるで分らない。こんな日がよくあるのですね。」


 飯塚刑事は周囲を見渡しながら言った。佐川刑事はうなずいた。


「まあ、1年のうちに数日ぐらいか・・・。あの事件の時もそうだった。こんな時は何かが起こりそうな嫌な予感がする」


 すると彼らに近づく足音が聞こえてきた。霧でわからなかったが、もう一人、デッキに上がってきたようだ。


「確かにそうだな。気を引き締めねばならんな!」


 それは大橋署長だった。彼もこの霧が気になってデッキに上がってきたのだ。


「だからと言って、あんな事件がまた起こることはないとは思うがな」


 大橋署長は少し顔を緩めて言った。佐川刑事はずっと抱えていた違和感を彼にぶつけてみた。


「署長。一体、あの事件は何だったのでしょう? 村岡の復讐劇だけとしてはしっくりきません。何か別の力が働いていた気がしてなりません」

「そうか・・・お前もそう思っていたか・・・」


 大橋署長も同様なことを感じていたようだ。 


「何かわかったのですか? もうあの事件の捜査は強制的に終了させられましたけど」


 飯塚刑事は大橋署長が何かをつかんでいるような気がしていた。


「これは公安から聞き出したことだ・・・」


 大橋署長は話し出した。何かのつてをたどってウラの情報を手に入れたようだ。


「沖島のシスターワークスの研究所は閉鎖に追い込まれた。だが水中ドローンは完成していた。これをどうやって売り込むか・・・シスターワークス幹部は考えた。それにはセンセーショナルな演出が必要だ。水中ドローンがいかに危険で強力な兵器であることを示す事件を起こして・・・。そこに村岡の存在が浮かんだ」

「では村岡はシスターワークスの踊らされていたと」


 佐川刑事の言葉に大橋署長がうなずいた。


「そうだ。村岡が売った『ムラオカ』という会社はシスターワークスの子会社になっていた。そこから村岡に接触した。あきらめていた復讐をそそのかすために」


 それを聞いて飯塚刑事が口をはさんだ。


「じゃあ、やっぱり村岡は死んだ娘さんたちの菩提を弔うために出家したんですね。それなのに・・・」

「多分、そうなのだろう。村岡の復讐心をあおり、そのお膳立てをした。Rキット社の上野にも手を伸ばして懐柔し、開発者の神海に命じてあのような事件を引き起こすようにした。それも釣り客まで巻き込んだ大量殺人を。しかも想定外の出来事、核物質移送の第53ひえい丸まで事件に巻き込めたのだから、インパクトを残せて大成功だったのだろう」

「では神海は最初から大事件を起こそうとしたのですね。村岡の意思と反して」


飯塚刑事の言葉に大橋署長は深くうなずいた。だが思い通りにやっていた神海は足をすくわれる形になった。


「しかし神海は結局、死ぬことになりましたが」

「村岡は村岡で神海に対して不信感を持っていたのだろう。彼ももしかしたらシスターワークスの陰謀に気付いていたのかもしれない。それで手に負えなくなった神海のタブレットの表示を赤にする小細工をしたのかもしれない。水中ドローンで始末するために」


 大橋署長はそう語った。いずれにしろ、この事件は神海、ひいてはシスターワークスの計画した事件だった。それは公安から漏れてきている話であり、そこまでわかっているということは・・・佐川刑事は尋ねた。


「公安はそこまでつかめているようですが、それでどうするつもりなのですか?」


 それを聞いて大橋署長の目は鋭くなった。


「『ムラオカ』という子会社を隠れ蓑にしてシスターワークスが暗躍している。その関係者を逮捕するのも遠い日のことでもないだろう。もうすでに東京地検は動き出しているということだ」


 佐川はそれに納得した。これでこの恐ろしい事件を引き起こした元凶が罰を受けることになるだろう。いくら日本政府が圧力をかけてきても・・・。


 3人が話していると、湖国の機関が動き出す音がした。下を見ると航行課の署員があわただしく出港準備をしていた。


「さて・・・」


 大橋署長が腕時計を見ると、湖国の出港時間は迫っていた。


「さあ、そろそろブリッジに戻らないとな」


大橋署長は展望デッキから下に下りて行った。すると下から梅原刑事の声が聞こえてきた。


「大変です! 佐川さん! 来てください!」


また慌てているようだ。それを聞いて佐川刑事は飯塚刑事に言った。


「さあ、いくぞ!」

「はい!」


 佐川刑事と飯塚刑事は展望デッキを降りて行った。


(まあ、大丈夫だろう。あんなことは二度と起こるわけがない・・・。)


佐川刑事は感じていた不安を振り払うように顔を叩いて気合を入れた。そして琵琶湖の方に振り返った。霧はまだ底知れないほど白く深かった。


 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

びわ湖サバイバルゲーム 1450万人の人質  ー 湖上警察より 広之新 @hironosin

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ