6 UNOⅡ 絶望の宣告と絆創膏
「……行くしかない」
呟きと共に、僕はドロー2のカードを場に出した。
瞬間、姫は驚きに目を見開き、“どうして?”とか“裏切るの?”とか言いたげな視線を僕に向けてきたが朝間さんドローカード持ってるよね?さっき引いてたよね。
「……あ、そっか」
気づいていただけたらしい。朝間さんは「えい、」と小さく言いながら、僕が出したドロー2の上に、自身のドロー2を重ねた。
そして、僕と朝間さんは様子を伺う様に、金子さんに視線を向ける。
そんな僕らの視線の先で……。
「………………」
頬杖を付く金子さんの動きが止まった。クスクス笑いも止まり、金子さんは頬杖を付いたまま、2枚重なったドロー2を眺めている。そのリアクション……。
(ドローカードがないのか……?)
とか真剣に眉を顰めた僕の横で、朝間さんはニコニコしながら言った。
「カナ?どうしたの?……出さないの、カード?」
姫は調子に乗っていらっしゃるようだ。……朝間さんこういう感じだったんだ。何かホント、迂闊だよね。
そしてさっきまでクスクス笑っていた小悪魔は、何にも言わずに山札からカードを4枚引いていた。ちょっと不機嫌そうである。プライド高いんだろうね。
(……カードゲームって性格出るんだな)
優柔不断事なかれな僕は改めてそう思いました。
とにかくこれで、朝間さんの残り手札は3枚。黄色が2枚に赤が1枚。
僕の手札は2枚。ワイルドに黄色のリバース。
そして金子さんの手札は今増えて7枚……これはほぼ決まっただろうか。
眺めた僕の前で、金子さんは何も言わず、不機嫌そうにカードを1枚場に出した。
スキップだ。赤のスキップ。僕の手番は飛ばされるが……。
「私?……はい、」
朝間さんは赤の札を出す。これで、朝間さんの手にあるのは黄色が2枚。
僕の手にあるのは、ワイルドと、黄色のリバース。
金子さんは札を出す。赤の6。そして残り手札が6枚……。そして僕の手番。僕の手にはワイルドがある。そして、僕の手札も朝間さんの残り手札2枚も、両方黄色……。
これは、ほぼほぼ勝敗は決まった気がする。
そんなことを考えながら、僕はワイルドのカードを出して、宣言した。
「黄色」
これでほぼほぼ理想的な状況になるだろう。懸念点としては、僕の手に最後まで残ってしまったのがリバースで、そのせいで金子さんにワンチャンが生まれかねない事だが……戦力の差は決定的なはずだ。
真剣に僕は考え込み、金子さんは不機嫌そうに、出されたワイルドの札を睨み……そして自分の番が来た朝間さんは、……なんか僕の方を見ていた。何か言いたげに。
なんだ?なんのメッセージだそれは。黄色にしときましたよ姫。残り2枚黄色ですよね。
とか思った僕を前に、朝間さんは何か悩んだように手札を眺めると、
「……はい、」
の一言と共に札を出す。そして何やら、僕と金子さんの顔色を伺う。
…………?なんだ?なんか、あるんだろうか、大事な何かが……。
とか考えこんだ僕の前で、また場に札が出た。金子さんが出した札だ。色は変わらず黄色のまま。金子さんは残り5枚の自分の手札を睨みつけ、ちょっと不機嫌そうに頬杖を付いている。
とにかく、色は変わらなかった。なら、……僕はこれで上がりだ。
「フゥ……上がった!」
これで僕の罰ゲームは回避である。そして状況的にほぼほぼ次に上がるのは朝間さんだ。
理想通りの展開と言えるだろう。予想と違って機嫌悪い感じだが、罰ゲームは金子さん。機嫌悪そうな金子さんに見せて頂くってなんて言うかどんどんドツボって言うか業の深さが増してる気がする……。
とか思った僕の横で、朝間さんは手に持っているカードを場に出そうとするが……直後、僕が最後に出したのがリバース。手番を逆回転にするカードだと気付いたらしい。
出そうとした札を途中で止め、その姿勢のままゆっくり視線を僕に向け、困ったように呟いた。
「…………どうして?」
いやどうしてって言われても、だから僕はUNOは別に極めてないし。
「あの、大体勝負決まってると思うから……」
苦笑しながら僕は言い……だが、その瞬間、である。
「フ、フフフ……」
何やら、小悪魔がほくそ笑みだした。
……やはり悪魔にワンチャン与えてはいけなかったのだろうか。だが、早めにリバースで僕の次の手番を悪魔にしたらそれはそれで姫が蹂躙された気がするし……。
とか考えた僕に、余裕を取り戻したクスクス笑いを向けながら、小悪魔は言った。
「ユキちゃん。……イジワルじゃん」
そして、小悪魔は場に札を出す。場に出たのは……青のリバース。朝間さんの最後の札は黄色。色を変えられてしまったから、朝間さんは上がれない。
その事に朝間さんは肩を落とし……それから、僕に視線を向け、言う。
「久住くん。これって私の番になるの?」
「えっと、……プレイヤー二人の時リバースは、確か、」
スキップになるんじゃないかな、公式には。
と、答えようとした僕を遮るように、金子さんは言う。
「マイの番で良いよ。どうせローカルルールじゃん?」
なんか悪魔が寛大である。それを不思議がり、僕と朝間さんは悪魔に視線を向け、それから、朝間さんは山札に手札を伸ばす。
「じゃあ、えっと。……出せないから1枚引いて」
「てかさ、マイ。さっきさ……」
「へ?」
呟き何やら視線をさ迷わせだした朝間さんを前に、小悪魔はクスクス笑いながら、言った。
「……UNOって言ってなくね?」
瞬間、朝間さんの動きがぴたりと止まった。そして次の瞬間、朝間さんの視線がギギっと、僕の方を向いた。
「…………………う、うぅ……ごほっ」
そして、朝間さんは呻き咳込んでいた。
絶望の面持ちのまま涙目で、僕を見上げながら。
……UNO言ってないって指摘されただけでここまで絶望する人初めて見た気がする。まあそれだけ罰ゲームが朝間さんにとって重いんだろう。
と言うか、僕も言ってない気がするぞ、さっき。UNOって。気づかれずに済んだのか?いや……。
(朝間さん、気付いてたのかもしかして)
僕の手札が最後の1枚だった時に、朝間さんは何か言いたげに僕を見ていた。もしかしてUN指摘するかどうか悩んでいたんだろうか。だが、
(言わないでくれた?)
僕の妨害をしないでくれたんだろうか。……ゲームが始まって僕は完全に接待だと思ってたけど、ゲームが始まる前、朝間さんは言っていた。
協力しよう、と。
気づかぬ内に助けてくれていたらしい。なんなら、僕が指摘されないように、自分もあえてUNOと言わなかったのか?
そしてそのせいで……。
「……うぅ、」
残り1枚だったはずの手札が4枚まで増えて朝間さんは絶望して顔を覆っていた。
そしてそんな絶望の朝間さんを前に、小悪魔は言った。
「マイさ。……もうちょい手札欲しくない?」
「いらない……」
「上げるから。はい、ドロー4」
「……実は私も持ってるって言ったら?」
「ウチさっき2枚引いたんだよね?」
「………………………う、うぅ……ごほっ、ごほっ」
なんかこの姫不憫である。なんというか、色々迂闊でかつ裏目に出やすい子なのかもしれない、僕の初恋の人は。
とか思った僕の前で、姫は小悪魔に蹂躙されていた……。
*
そして平和にそのキャットファイトは幕を閉じる。……訳もなく、そもそも終始平和ならあそこまで朝間さんが絶望する訳もなく、この部室ではもはや当然、ゲームが終わった後に待っているのは罰ゲームである。
ゲームが終わった後、僕は部室の隅っこの方に突っ立ち……そしてキャットファイトの敗者。
体操服姿の朝間さんは、僕の目の前に突っ立っていた。
「…………………うぅ、」
何やら追い詰められた小動物か何かのような弱弱しい目で。頬を真っ赤に。
そしてそんな朝間さんの向こうで、テーブルに頬杖を突き、小悪魔はクスクス笑っている。
そんな二人を目の前に、僕は小声で朝間さんに言った。
「あの。……目瞑ってようか?」
「え?」
「あの、僕もUNOって言ってなかったし、指摘しないでくれたんでしょう?だから勝負無効って言うか、でも多分、金子さん納得しないだろうし」
そう言った僕を朝間さんは暫し、頬を赤らめたままに見上げ……それからこそっと言う。
「目瞑ったらカナにばれると思う」
「じゃあ、……なるべく見ないように」
「そう言うの全部バレる気しない?」
「…………するね」
向こうで笑ってる小悪魔の掌の上から僕は逃げ出し切れない気がする。そして、朝間さんももしかしたら、僕と似たような立場なのだろうか。
頷いた僕を、朝間さんは暫く眺めて、……それから「フゥ」と一つ大きく息を吐くと、呟いた。
「……良いよ。見て」
「…………え?いや、でも……」
「良いよ。大丈夫だから」
そう呟くと、朝間さんは覚悟を決めたような表情で唇を引き結び、一気に、ジャージのファスナーを下ろした。ジャージがはだけ完全に羽織るだけになり、そしてその下に現れたのは白い体操服。
まだ、体操服が見えただけである。が、その体操服の下に、朝間さんは今何も着けていない。
思わず生唾を飲み込み、僕は朝間さんの胸に視線を止めてしまった。そんな僕を半ば睨むように見据え、と思えば諦めたように肩を落とし、朝間さんは呟く。
「……正直だよね」
そしてそう呟くと同時に、朝間さんはそっぽを向き、体操服の裾へと両手を掛けると、それをゆっくりたくし上げていく。
ウエストが、お腹が、おへそが見えた。ダイエットしてるみたいだったけれど、そんな必要は絶対ないだろう細身のウエスト。それがあらわになっても朝間さんの手は止まらず、更に上まで、ゆっくりと体操服はたくし上げられていき……。
肋骨の辺りまで、露わになる。もう少しで、胸が見えるだろう。そこでけれど、朝間さんの手は止まってしまった。
やはり躊躇っているのだろう。顔を真っ赤に、困ったようにそっぽを向いたまま、朝間さんは暫くそのまま固まり……そんな朝間さんをもからかっているのだろう。
向こうで、クスクス笑う悪魔が、声を投げた。
「マイ?……罰ゲーム。手伝おっか?」
「………………っ、」
その悪魔の囁きに朝間さんは顔を顰め、それからその視線を僕に向けると小声で言った。
「あの、久住くん……」
「はい」
何となく姿勢よく答えてしまった僕を眺め、朝間さんはその表情に少し呆れを混じらせると、言う。
「……変態みたいだけど、私の趣味って訳じゃないからね?」
…………?
何の話だろうか?そう疑問を持った僕の目の前に、答えはすぐさま晒された。
覚悟を決めたのだろう。朝間さんはさっと、胸の上まで体操服をたくし上げる。
同時にプルンと……素肌が、双丘が、僕の眼前に現れる。
小ぶりな胸が見えた。初恋の人の、……他の二人と違ってまるで遊んでいないだろう彼女の、二人程発育が良くはなく、だが確かにある、僅かに揺れている膨らみ。
そのふくらみの先端に、何かが張り付けてあった。
ニプレス……とかではなく、絆創膏だ。小ぶりな胸の中心の、一番肝心なところに、絆創膏が張られている。
そんな胸を僕に見せながら、変態みたいと言っていた彼女は、僕と目を合わせたくないのだろう。顔を真っ赤にそっぽを向きながら、か細く呟いた。
「あの、これなら許すってカナが言ってて。だから、」
絆創膏で隠した、のだろう。
だが、……彼女は本当に迂闊と言うか、詰めが甘いと言うか。
剥がれていた。片方、絆創膏がなかった。右側には張ってある。右側は隠そうと言う努力の結果絆創膏のせいですさまじくニッチな感じになっている。
そして逆側は……完全に見えている。貼ってあったのだろう絆創膏など影も形もなく、小ぶりな胸。その先端の淡い色が、僕の目の前に露わになっている。
それをただただ、脳裏に焼き付けるように凝視した僕を前に、自分からたくし上げてそれを見せてくれている朝間さんは、けれど片方隠せていないと言う事実に気付いていないのだろう。
困ったように眉根を寄せ、上目遣い僕を見上げ、言う。
「なんていうか……ごめんね?」
そんな事を言いながらも、僕からは全部見えている。
絆創膏が剥がれ露わになっている小ぶりな素肌を凝視し続ける僕を前に、朝間さんは困り切った様子で視線をさ迷わせ、やがて恥ずかしさの限界が来たのだろうか。
さっと素早く、体操服が下げられる。それから、朝間さんは一瞬、拗ねたような表情で僕を睨みつけ……それから、またジャージのファスナーを上げながら僕に背を向け、向こうでクスクス笑ってる金子さんへと、「……これで良いでしょ?」とちょっと不機嫌そうな言葉を投げる。
そして、朝間さんはテーブルの上に置いてあったビキニを手に取ると、つかつか、部室を後にしていった。
その後ろ姿を、脳裏にさっき見たピンク色がちらつき続けるままに僕は見送り……。
そしてそんな僕へと、金子さんはクスクス笑いながら、言う。
「マイもさ。……良いリアクションするよね?てか、絆創膏とか……ホントにつける子いるんだ、フフ、」
完全に面白がっている小悪魔は笑い、それから席を立つと、言った。
「じゃあ、ウチバイト行くから。……多分無関心じゃないし、上手くやりなよ、ユキちゃん?」
そしてそれだけ言うと、最後までクスクス笑ったままに、金子さんは部室を後にしていった。
そうして、夕暮れの部室に一人残された僕は、何となくテーブルの上に視線を向ける。
開いていないレモンティーと、開けっ放しで置かれているストレートティーにミルクティー。それから置きっぱなしのUNOと水色のブラが、夕日を受けて輝いていた。
…………アレ?金子さん下着付けずに行った?実は脱いでなかったとか?
もしくは、
(その落とし物を僕に届けさせて遊ぼうって言うのか……?)
どう転んでも、あの小悪魔は結局クスクス、僕を笑っているような気がした……。
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