2 ビッチの嗅覚と身の上話

「てかさ。お前結局どっち狙いなんだ?」


 ボウリングかと思ったら突如始まったその問いかけ。


「…………へ?」


 とだけ言った僕を前に、刑部さんはどこか呆れたようにこう言ってくる。


「へ?じゃねえだろ。舐めんなよアタシを。アタシはアタシで興奮してない男はわかる!」

「ビッチの嗅覚……。いや、別に、どっち狙いとかは」

「じゃあお前なんで部室来てたんだ?」


 ……似たやり取りを前した気がする。どっかの夜道で。


「だって居づらかったろあの部室。罰ゲーム始める前とか、アンタ隅っこにいただけじゃん。いただけなのに来るじゃん?なんでこいつ毎日来るんだってアタシ疑問でさ……もしかしてこいつアタシとヤリてぇけど言い出せないのかと思って」

「……え?」

「だから罰ゲームで様子見しようと思って。握手とかさ。狙ってる子と触れ合ったらリアクションでわかんじゃねって思って。けどリアクション微妙でわかんねえし。とりあえずどんどんグレード上げてって。下着見せるまで行ったらはっきりするかと思ったんだけど、やっぱなんか微妙だったし……」


 ……ハーゲッツ考えて行動してたのか。


 下着見てもリアクション微妙でわからなかった。まあ、狙ってるとまではいわないけど一番気になってた子が見せるフリだけだったからね。


「最近、アタシ狙いじゃないのはわかったんだよな。でもさ、どっちだかわかんねえし。で、どっち?」


 朝間さんです。と、似たようなやり取りの時僕は答えた。

 だが、今は……。


「…………………」


 考え込む僕の横に座り、刑部さんは言う。


「アンタの番だぞ」

「あ、うん……」


 微妙に集中しきれない半端な心持のまま、僕は球を持ち上げレーンへと歩み一投目を投じ――。


「……ユキちゃん、ウチ狙いじゃないの?」

「――ッ、」


 あっさり動揺した僕の手から、球は外れてガーターレーンを進んでいく。

 なんだ、今のは。金子さんの声……ではないんだけど凄く似てた。


 僕は背後にいるビッチのボスへと振り返る。ボスはさも何もしていませんと言わんばかりにそっぽを向いていた。


 それを暫し睨み……僕は戻ってきた球を手に、もう一度レーンへ向かう。

 そして、雑念を無視して球を放ろうとした、その瞬間。


「久住くん……鼻毛出てるよ?」

「くっ、」


 ……どうして下手に媚び売るセリフより言いそうなんだ僕の初恋の人は。

 また動揺した僕の手から、球はひょろひょろ進んでいき、一本だけ倒して暗闇の向こうに消えていく。


 それを眺め……それから僕は不満の視線を刑部さんに向ける。

 刑部さんは悪びれなかった。


「アタシの特技は声帯模写だ」

「……器用だね」

「テクすげぇって言ったろ?」

「それはわかったから上下運動させないで。ハァ……」


 と肩を落とし、何となく鼻をこすってしまいながら、僕は椅子へと戻って行く。

 そんな僕へと、刑部さんは言った。


「で?どっち狙い?」

「…………言わない」

「なんだよ、固い事言うなよ。ああ……そういうゲームか」


 楽しそうに言って、刑部さんは立ち上がる。

 ……クソ。結局勝てない気がするって言うか負けたら吐かされる流れかこれ。


 負ける訳にはいかない。何か、刑部さんを動揺される事を僕も言うか。

 一体ハーゲンダッツは何に動揺するんだ?何に……。


 暫し考え、それから刑部さんが球を投げるその瞬間、僕は言った。


「カラコンしてて痛くないの?」


 だが、刑部さんは動揺する気配を見せず、球はまっすぐと飛んでいく。


 ストライクとはいかない。だが、8本。8本倒した刑部さんは僕へと振り返り、ニヤッと言った。


「髪も目も生まれつきだ。……カッコ良いだろ?」


 はい、超カッコ良いっスボス。ダメだ、動揺させられる気がしない。妨害は諦めるか。

 そんなことを考えつつ、僕は普通に問いかけてみる。


「ハーフなの?」

「いや、クウォーター。婆ちゃんが北欧系」

「へぇ……」

「いや、ハーフか?婆ちゃんの連れ子の娘らしいから……」

「なんなのその複雑すぎる家庭は」

「大体みんななんかあるだろ。家に居場所ねえから夜出歩く訳だし?」


 ……金子さんの家は毎夜、親がいないようだった。母親の話はしないし、父親は今日いないと、毎日言っている。


 そんな事を考えた僕の前で、刑部さんは2投目を放るが、ピンは両方残ったまま。それを不満げに眺めながら、刑部さんは言う。


「まあ、そう言う意味だとアタシは大分イレギュラーだな。別に家に居場所ねえ訳じゃねえし、良好な家庭だ」

「え?じゃあなんでグレちゃったの?」


 と思わず言った僕の前で「グレてはいねえよ……」と肩を落とし、刑部さんは椅子へと戻ってくる。そしてビッチは言った。


「アタシはエロい事が好きだから男で遊んでるだけだ!」

「……親に怒られないの?」

「若いうちに遊んで失敗しとけって教育方針だからな!」

「凄いまともな親に聞こえる……」

「聞こえるじゃなくて、まともなんだよ。まともで寛容で自主性を重んじてかつ、太い」

「太い……?」


 お金持ちってこと?……よく考えたら、刑部って結構由緒ありそうな苗字かもしれない。


「え?お嬢様なの?」

「ピアノやってたからテクが凄いんだぜ?」

「そうなんだ……上下運動しないで」


 そんな言葉と共に、僕は球へと歩んでいく。そんな僕の背で、刑部さんは遠い目をしていった。


「そしてピアノやってたからアタシはビッチになったんだ……」

「いや、意味わかんないよ?」

「ピアノの家庭教師がな、……余命幾ばくもないイケメンの天才ピアノマンだったんだ」

「ちょっと情報過多が凄いんだけど……」

「死にかけだったからか性欲凄くてさ」

「秒で生々しい話にしないで」


 相槌を打ちながら、僕は球を投げた。……よし、妨害がない。ストライクとまではいかないが残り1本。妨害さえなければ倒せる。そう思った僕の背後で、刑部さんは続ける。


「アタシ嵌まってさ、中1とか中2の時?でもカレ死んじゃうじゃん?」

「凄い重い話を軽く言うね」

「だから遊んでんだよ。エロい事する相手欲しくて」

「死に別れ話の最悪のエピローグ聞いてる気がする……」

「中学生で未亡人気取りになるより良くね?……って言うのがカレの遺言で」

「口調はそうじゃないんだよね?意訳だよね?」

「でも、……なんか誰か一人を選ぶのは違うからな」

「未亡人引きずってるじゃん」

「だからアタシはビッチだ!」

「そんな堂々と言う事じゃないと思うけど……」


 言いながら、僕は球を投げる。狙った通りのカーブを描いて、球はピンに吸い込まれていく。そして、スペア。


 1フレーム目無得点だったけど、とりあえず取り返せそうかもしれない。

 そんなことを考えつつ、僕は椅子へと戻って行く。そんな僕を前に、刑部さんは言う。


「でも、ヤリすぎて流石に飽きてきたんだよな」

「無限に凄い発言し続けるよね……」

「飽きてきたから、健全な玩具みつけて遊んでるんだよ」

「…………テーブルゲームの話?」

「擦れるなら擦れるなりの事情があるって話。自棄になる事もあるじゃん?ずるずるそのまま行くこともあるじゃん?けど、そこが本当に見合った居場所かわかんないだろ?」

「……なんか、深い話してる?」


 首を傾げ少し考え込んだ僕を前に、刑部さんはニヤッと笑みを零し、言う。


「今の話。……カナにもマイにも言ってないんだぜ?アタシとアンタの秘密な?」

「え?」

「アタシは秘密を聞かせてやった。次はアンタの番だろ?」


 そう言って、刑部さんはニヤニヤしながら僕の肩をとんと叩き、言う。


「……で?アンタどっち狙いなんだ?吐いちまえよクズミ~」

「結論聞きだしたいだけ?」

「おう!」

「……一応聞いとくけど今の身の上話嘘とかじゃないよね」

「はっはっはっはっは!」

「……いや、ごまかされないけど」


 と言った僕の前で、はっはっはと笑いながら、刑部さんはレーンへと向かって行った。

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