3 色仕掛けと色即是空お母さん!
その後ゲームは白熱していった。あくまで地力で勝負し最初に0得点だった分を取り返そうとする僕と、たまにスペアを出すくらいの成績で、僕への妨害に全力を尽くす刑部さん。
刑部さんの妨害は苛烈だった。金子さんの声色を使い、
『ユキちゃん、頑張って?』
と応援したと思えば、次の瞬間には掌を返し、朝間さんが咎めてくる。
『クズミ君そんなに勝ちたいの?』
そして、
『良いじゃん、欲望に任せればさ』
と金子さんが言ったかと思えば、
『落ち着いてクズミ君。悪魔に唆されないで?』
と朝間さんが咎めてくる。
そしてその二つを使い分けるビッチは一人でやってて楽しくなっていたのかなんかお腹を抱えて笑っていた。
その全てを僕は完全スルー。小悪魔も姫も今ここにはいないと言い聞かせて真剣にボウリングと向き合い、そんな僕に効き目が薄いと気付いたのか、ビッチは“シャツを着たままブラを脱ぐ”と言う新たな特技によって僕の集中を削ぐ作戦に出て、確かに数回ぐらい失投したがそう言う刺激はすぐ慣れるぞビッチ、下着を振り回すのはやめなさい。
やがて手が尽きてきたのか「……クソ。スカート履いてりゃまだ脱げたのに」と痴女は悔しがっていたがもはや後の祭りである。ここは公共の場、これ以上やったら追い出されるという事は流石のビッチもわかっていたらしい。
とにかく、妨害の手が尽きたらしいビッチを横目に終盤戦僕は連続ストライク。
そして、最終10フレーム。
「ああ、……クソ、」
3投終えた刑部さんは悔し気に頭を搔き、こちらへと戻ってきた。
スコア差は19、僕が負けている。最初の1フレーム丸々失投が痛かったし、その後も繰り出される妨害にちょいちょい腰砕けガーターが頻発した結果である。
が、最終フレームは3球ある。もう細かい事は良い。スペア一回とストライク一回やれば、僕は勝てる……。
僕には自信があった。もう、刑部さんからの妨害は品切れだし、僕はなんのプレッシャーもないなら確実にスペアとストライクを取れる。
テーブルゲーム部の今は亡き先輩たちと研鑽したこの僕の黄金の右手が、きっと勝利を掴み取れるはずだ!
そんな集中の極致のまま、真剣な顔で立ち上がった僕は、しかし次の瞬間。
何やら大変柔らかいモノに、顔面から突っ込んでいった。
「おお……?」
大変柔らかい何かの持ち主はそんな声を上げていた。集中の極致にいたはずの僕の凄みがふわふわの何かに吸い取られていくような気がした。柔らかい、温かい……勝負なんてもうどうでも良いじゃないかって気がしてきてしまう。
そうやって柔らかな何かに顔をうずめ続ける僕に、呆れた声が降ってくる。
「……お前、いつまで顔つっ込んでんだ?」
「ハ!?……お、刑部さん。勝ちたいからって、ここまでするの?」
「いや、お前が勝手に突っ込んできたんだろ……」
名残惜しさを振り切り温もりから身を離した僕の目の前に大きく張ったTシャツがあった。
そしてその持ち主である性格を脇に置いておけば確かに美人な刑部さんは、怒る様子なく何やら腕を組み……と、思えば次の瞬間。
「あ。……ああ~、」
何やら悪だくみを思いついたようににやりと笑みを零すと、刑部さんは何とはなしに僕の黄金の右手を掴んだ。そしてそれを、張りつめたTシャツへと誘ってくる。
僕の黄金の右手は何かを掴み取らされていた。フワフワしていながらも重量感のある、感触。Tシャツの奥にあるぬくもりに僕の指が沈み込んでいく。
その感触に抗えず固まった僕を前に、刑部さんは言う。
「……アタシの負けで良いよ、クズミ」
「な、何を……」
「つうか、アンタ凄ぇな。正直舐めてたけど、見直したよ。ボウリング上手かったんだな!」
「……ぼ、僕の闘争心を削ごうと」
「何言ってんだよ、クズミ。心の底から賞賛してるだけだろ?……お、ピン揃ったな。良し、お前の番だぞ?」
とか軽い調子で言いながら、刑部さんは球の方へと軽く僕の肩を押した。
ぬくもりのなくなった黄金の右手で思わず空を掴んだ僕に、刑部さんは囁いてくる。
「ストライク取れたらまた触らせてやるよ。……罰ゲームとはまた別で」
そのビッチの囁きに、僕はけれど歯を食い縛りどうにか理性を保ち、球の元へと歩んでいった。
黄金の右手が球を掴む。その冷たく固い感触が何だか寂しいような気が、僕はした。
そんな僕へと刑部さんは囁いてくる。
「つうか、罰ゲームどうするんだ?もっと別のトコ触るか?どうしたいよ、クズミ。なぁ、」
もっと、別の所……?
と、直接的な誘惑にどうにか堪えた僕はボウリングのボールの穴に指を突っ込んだ。
(……く、直接的過ぎる。集中力が、思考が変な方向に)
「突っ込みたいのか?アタシは別に良いぞ、それ罰ゲームでも。……で?指で良いのか?もうちょっと大人になっとくか?なぁ、クズミ……」
吐息が僕の耳に降りかかっていた。
攻撃が直接的すぎる。普段なら直接的すぎて引くかもしれないが僕の手には、顔には、心には、先ほど触れた柔らかな感触が残ってしまっている。
(いや、僕は負けない……誘惑をはねのけるんだ。誘いに乗るな僕。思い出せ、このビッチが僕にした所業の数々を……)
このビッチは諸悪の元凶だぞ?僕をクズと呼び僕のテーブルゲーム部を占拠し罰ゲーム係として扱った結果僕は色々役得を得たしそれがなければ今の状況はなかっただろう。しかもそれも、僕が誰狙いか確かめるための行動だったらしく、クズクズ呼びはしていたが別に僕がゲームに参加しても嫌な顔せずむしろハーゲンダッツハーゲンダッツ言いながらその場を盛り上げてくれていたし今胸に顔つっ込んでもまるで怒ってなかったしクズ呼ばわりですら暗に頼むだけですぐやめてくれた。
(……アレ?振り返ると優しい?)
明確にあれな点はクズ呼ばわり位だけどそれもガキ大将と見れば別にそう言う仇名つけがちだよねってなる。
イヤだが、……今露骨に色仕掛けしてまで勝とうとしていた。何か企んでいるはずだ。負けたら僕は何をさせられるんだ。ナニをされるんだ……ビッチに。
「クズミ~?投げねえの?ビビんねえで早くしろよ~」
ビッチは煽ってくる。それを耳に、集中力がかき乱された状況のまま、僕はやけに遠く見えるピンを眺め、ボールを投じようとして……その瞬間、
「あ。……ヤベェ、ゴムねぇじゃん」
「――――っ、」
なんか聞こえてきた素っぽい呟きに、僕の動きはぎくしゃくする。妙に力が入ってしまった手からすっぽ抜けるようにボールは明後日の方向へと転がり、やたら速いスピードでガーターレーンを猛進していった。
虚空へ消えていくボールを、僕は空しく眺めた。そんな僕の背後で、ニヤニヤしながらビッチは言う。
「残念だったな、クズミ。今日は諦めろ」
それはなんの話してるんですかね。ゲームに勝つのを諦めろって話?それとも違う意味?いや、とにかく……。
「僕はまだ諦めない。……まだ、2連続でストライクを出せば」
「勝ってアタシに何させるんだ?」
「………………」
いや、僕は負けない。煩悩にもビッチにも、このゲームにも!
「勝ちたいって気持ちに理由が必要ですか!?」
「必要だろ普通に。で?アタシに何させたかったんだ?もう言っちゃえよ、ほぼアタシの勝ちだし?」
ニヤニヤ、刑部さんは勝ち誇り僕を眺めている。
それを前に、僕は煩悩の奥底に沈んだ熱い闘争心を呼び戻し、こう言った。
「……勝ってから言います」
「ほう……。お前なんかキャラ変わってね?」
色即是空空即是色、僕はぬくもりを知らない悲しきボウリングマシーン。そう、ぬくもりは知らない。忘れた。忘れろ僕、一端……。
自分と戦い続けながら、僕は戻ってきたボールの元へと歩み、それを手に取る。
「……あぁン、」
いつの間にやら近づいて来ていたビッチが哭いていた。僕が穴に指を突っ込んだ瞬間に。……もちろんボウリングの話だけどね。
(ク……。色即是空空即是色、煩悩退散。萎えろ、僕)
耐え抜こうとする僕に、もはや直接攻撃を躊躇う理由がないのだろう。
ビッチは僕のボールを持っていない方の腕に抱き着き二の腕の辺りに張りつめたTシャツを押し当てるっていうかなんていうか挟まれている。
(……どうにか、どうにかこの露骨すぎる色仕掛けを)
そう考える僕の視界に、ニヤニヤ笑ってる刑部さんの髪が映り込んだ。金髪である。
金髪……そうか。
この状況で萎える手段を僕は発見した。そして発見した瞬間、スンと僕は平静を取り戻す。途端、勝利を確信でもしたのか、ビッチは言ってくる。
「お。なんだよ、諦めたのかクズミ?」
諦めた?いいや、違う……。
「違うよ。……僕は勝利を諦めないよ、母さん!」
刑部さんを見ながら、僕はそう言った。途端……流石のビッチであっても気持ち悪かったのだろう。
ビッチは何も言わず身を退き、ドン引きしたような表情で固まっていた。
それを横目に、僕は悠々とレーンへと歩んでいった。
(……勝ったな)
悪かったなビッチ。僕のママはイイ年して金髪だぞ?……ていうか今更だけど刑部さんに何となく舐めた口叩けてたのって理由それかもしれない。髪色だけじゃなくなんかタイプ近そうだし。
まあとにかく、無事僕はデート相手をドン引きさせることに成功した。
……2連続ストライク余裕でした。
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