4 気安いビッチとアドバイス
煩悩の化身との激闘の末、僕はゲームに勝利する事が出来た。
「お前、……赤ちゃんプレイとか要求してこねえよな?」
僕は勝った!勝ったんだ!なんの後悔もない……。
「まあ別にヤリたいならヤるけどさ……。ユキちゃんそう言う性癖だったんでちゅか?」
でちゅか言わないでください。違うからね?
「お前さ……アタシは良いけど、カナとかマイにはそう言う願望被せんのやめとけよ?口聞いて貰えなくなるぞ、赤ちゃんプレイヤークズミ」
クソみたいな異名つけないでもらえますかね?違うからね?
いや、この際もう良いか。
「――勝ったのは僕だ!」
僕は力強く訴えた。ボウリング場の端っこにある自販機横のベンチで。
そんな僕を前に、手荷物か何かのように片手に黒いブラを持った刑部さんは言う。
「そうでちゅね~?ユキちゃん偉いでちゅね~?」
「やめてホントに。ユキちゃん呼びも止めて。違うからね?」
「じゃあ何プレイすれば良いんだ?負けたし、しょうがねえ。アンタのやりたいプレイに付き合ってやるよ」
「プレイに限定しないでくれる?ていうかプレイプレイ言わないで?」
「じゃあ罰ゲームなんだよ……」
と言いながら、刑部さんは僕の横に腰を下ろし、軽く頭を搔く。と思えば、刑部さんは手に持っていたブラに視線を止め、ニヤッと笑いながら言った。
「ああ。……じゃあ、これ着けるか?」
「…………?え?僕にそのブラ付けろって言ってんの?僕、どこまで変態だと思われてんの?」
赤ちゃんプレイ好きの上女装癖の持ち主?なんで僕高2の時点でそんな人生終盤みたいな特殊性癖の持ち主だと思われてるの?
「ちげぇよ。いや、別にそれでも良いけどさ……。だから、アンタがアタシに付けんの。付けさせんの」
「つけ、させる……?」
と呟きながら僕の視線は刑部さんの胸に向いた。Tシャツのみで隠されたそこに。
それを、着けさせる……。付けさせるってことは一回全部脱ぎますよね?
固まった僕を横に、刑部さんは言ってくる。
「外す練習にもなるだろ?つけるまでアタシは無抵抗……どうよ。なんかちょっと興奮してきたな!」
「朗らかに言わないでよ。ていうか、……つけて来てよ自分で、いつまでも持ってないで」
「えぇ?じゃあ罰ゲームどうすんだよ。え?もっと行く?ゴム買ってくるか?」
「いや、だから……」
と、曖昧に呟いた僕を眺め、刑部さんはどこかつまらなそうに、言った。
「アタシとヤりたくないか?」
「いや、あの……」
もはやと言うかなんというか、完全に肉食獣に狙いを定められたような心境で視線を泳がせた僕を横に、刑部さんはふとニヤッと笑みを浮かべると、からかう調子で……今日ずっと投げて来てる質問を投げてきた。
「アタシじゃねえなら……どっち?カナ?マイ?どっちとヤリたいんだ?」
「結局その話になるの?」
「だって気になるだろ、普通に。吐いちまえって」
答えなかった僕を横に、結局主導権を握って行ったボスは背もたれに寄り掛かると、言った。
「はっきりしとけって。そう言うの、曖昧にしてても良い事ねえぞ?大体後悔する羽目になる。アタシそう言う話良く聞いてっから」
どこか大人びた風に、刑部さんは言っていた。
確かに、刑部さんはこういう相談を多く受けていそうな気がする。
話してみたら結構頼りがいありそうだし、何よりスパッと答えてくれそうだ。
暫し考え、悩んで、やがて僕は色々と経験豊富なのだろうビッチに、相談してみることにした。
「……元々、僕。朝間さんが好きだったんだ」
「ほう、黒髪フェチ?貧乳フェチ?萌え袖フェチ?」
「そう言うのじゃなくて……朝間さん元々陸上部だったから」
「へ~」
「へ~って……知らなかったの?」
「あんまり深く聞いてねえからな、アタシら。行くとこなくて夜の街出歩いてて、それアタシが見かけたから声かけたら高校一緒だったって感じ?」
僕が思ってた程仲良し3人組じゃない?と言う話ではないのだろうが……。
と言うか、
「夜の街出歩いてた?朝間さんが?」
「ああ。……なんか一人でフラフラしてたんだよ。中3終わりぐらい?それで、ナンパされて連れ込まれそうになってたのをアタシが声かけて、今だ」
一人でフラフラしてた。何か悩み……いや、知ってるだろう。多分、陸上だ。
打ち込んでいたモノがなくなって、だからグレたのだろう。いや、グレようとしたけど根がまじめすぎてやり方がわからなかったとかかもしれない。
この間刑部さん達と一緒に行動している理由を聞いた時濁していたのは、その話をしたくなかったから……?
「金子さんは?」
「ああ。カナも似たようなもんだな。高校入ってから。なんか元カレとトラブっててさ。別れ方下手なんだろ、多分。それ見かけて口出しして今みたいな感じ?」
別れ方下手、もわかる。告白されたらとりあえず付き合って、飽きたら一回だけヤってさよなら。その振る舞いが良くなかったから、クズミ食堂でもトラブルに繋がった。
「で、アタシが二人連れ回すようになって、色々フラフラしたけどそれも飽きて、面白いもんねえかと思ったら懐かしいゲームがドリンクバー付きであったから入り浸ったんだ」
「僕ドリンクバー扱い?」
「だって一回頼んだらお前ずっと持ってくるし。別に断る理由もこっちにねえしな」
「……習性で」
来客を見ると飲み物を用意して常連になるとメニューを覚えてしまうのである。
刑部さんは手遊びのようにブラをくるくる回しながら、言った。
「で、……アタシ基準では大分健全に遊んでた訳よ。アタシが連れ回してっけどさ、マイは完全にタイプ違うじゃん?」
「まあ、それは確かに」
「カナに至ってはさ、……多分男嫌いなんだよな」
「……男嫌い?」
「碌な目に遭ってねぇじゃねえの?多分家庭まで含めて。ずっとバイトしてるし……」
金子さんの家庭が複雑。それは、多分そうなんだろう。としか言えない。
男嫌いとまでは言ってなかったけど、あんまり興味がないとも言っていた。
考える僕を横に、刑部さんは続ける。
「でさ。お前奥手じゃん?」
「え?うん……まあ、はい」
「だからちょうど良いかなって思ったんだよ。毎日来るし、誰か狙ってるっぽいし、アタシならまあそれはそれで良い。セフレ増えるし?」
「セフレ言わないで」
「マイならマイで、お似合いっつうか身の丈に会うっつうかだし。カナも手早い奴ホントはキライだろ。聞いた感じだとカナ言い寄られてばっかで、言い寄ってくるの遊び慣れたタイプばっかだから。真面目そうな奴とくっついたら良いんじゃねって思った訳」
そこで、刑部さんは肩を竦め、言った。
「つうかアタシが話してどうすんだって話じゃね?結局どっち?マイだっけ?」
「あ、うん。えっと……」
そこで僕は暫し考え、言葉を纏め、それから言った。
「……朝間さんの事好きだったんだ、と思う。でもあの、ファンって言うか。陸上頑張ってるから、応援したいって言うか……」
「実際会って幻滅したって話?」
「いや、それは……」
幻滅した?訳ではない。ただ、……残酷だっただけだ。
「罰ゲーム嫌だって。でも、自分で言い出せないから、金子さんとくっついてって言うんだ」
「あ~~。それアタシに……言えねえか」
「だから、幻滅じゃないんだけど。告白する前にフラれた感じ」
「で?カナの方に行きたくなった?」
「そういう訳でも……ないよ。知ってる?金子さん僕の家でバイトしてるんだ。僕の家って知らなかったみたいだけど」
僕がそう言った途端、刑部さんは興味津々とばかりに身を乗り出す。
「それでカナお前に興味持ってんの?」
「……見ててわかるの?」
「だってあいつ男の前で笑わないし基本」
……僕、笑わない事に違和感覚える位だったんだけどな。とか思いつつ、僕は問いかけた。
「ていうか、あの。……どこでバイトしてるとか話さないの?」
「聞く時もあるけど……別にアタシから聞こうとは思わねえな。何となくつるんで、何となく引っ張りまわして、その場楽しければ良し。深い事情は聞かない。けど、困ってんなら手ェ貸す」
「なんか、……カッコ良いね」
「だろ?」
そう言って、刑部さんはウインクしていた。片手にブラを振り回し続けながら。
なんというか……何なんだ刑部さんも。
色々ぶっ飛んでると言うか人間的に間違っている部分がある気がするのに根本的に振る舞いがヒーローに見える。
とか思った僕を横に、刑部さんは言う。
「で?……マイの身持ちが固くてがっかりだったからカナとヤリたいって話だっけ?」
「ヤリたいとかじゃなくて、だから……」
そこで言葉を切り、僕はボソッと言った。
「……なんか、金子さん可愛いから」
「ほう~~~~?」
「露骨に興味持たないでよ……」
「どんなところが?ツインテ?マスク?秘められし八重歯フェチ?」
「全部性癖につなげないでよ。どんなところって言われても……」
そこで僕は言葉を切り、それから言う。
「……よくわかんないところ?」
「ほう?……意味わかんねえわ」
「だから、何考えてるかわかんないって言うか。イヤでも最近ちょっとわかるって言うか……。からかわれてるのはわかるんだけど、なんか楽しそうだから良いかって言うか。あ、でもバイトは真面目にやるんだよ?だから、根は真面目なのかなって思って」
「ほうほう……で?」
興味津々、面白がるように問いかけてくる刑部さんを横に、僕は言う。
「で?って……それだけだよ、別に」
「だからカナ狙いになったと?」
「だから……わかんないんだって、それも。朝間さんは、固すぎるって言うか、微妙に空気読めないところあるよね?」
「変な所だけ読み過ぎるしな」
「それもなんか、ほっとけないような気がするって言うか……」
特別よく知っている訳ではないが、知っているのだ。努力が実った瞬間も、それを奪われた瞬間も。だから……。
「選べないか?」
「そもそも僕選ぶ立場じゃないと思うんだけどね」
そう言った僕を横目に、刑部さんは暫し天井を仰ぎ……それから言う。
「……手っ取り早く答えを出す方法は、そうだな。とりあえず一回アタシとヤるか?」
「…………はい?」
「いや、別に一回じゃねえな。慣れるまでだ。慣れるまでアタシとヤる」
「何を言い出してるの?」
「で、その後マイとカナともヤって……相性良い方を選べ!」
「……何その超ビッチ理論」
呆れて呟いた僕を横に、刑部さんは肩を竦める。
「ああでもないこうでもないって迷って結局何もしないより良いだろ?取り返し付くうちに失敗しとけって」
「………………」
「けど、確かにこれは超ビッチな理論だ。それこそカナに言い寄ってた男が体現してたタイプの、アンタとは真逆の振舞いだろ?」
「……うん」
「だから、なんつうか……別に悩んでて良いんじゃね?」
「え?」
「事情なきゃそう言う青春送るんだろ。他人からしたらどうでも良いことに一生懸命悩んでって。ならそれで良いだろ。真面目過ぎる奴にも、変な方向にばっか擦れてる奴にも、やっぱ丁度良いんじゃねお前くらいが」
そんなことを刑部さんは言っていた。どこか遠くを見るように。
なんか大人な意見な気がする。ビッチだけあって人生経験既に豊富なのだろうか。もしくは、ピアノマンの話本当だったとか。……少なくとも傍で見ているより色々深く、考えているらしい。
そんな僕を横に、刑部さんはふと笑みを零すと、視線をこちらに向け言う。
「かといって、なんもしなくて良いとは言ってねえからな?」
「うん……」
「つう訳で、なんだかんだアタシを負かしたアンタに良いもんをやろう」
「良いもん?」
「ああ。……今日は罰ゲームじゃなくて、景品だ」
そう言って刑部さんはポケットに手を突っ込み、そこから何かを取り出した。
チケットだ。優待券である。結局今日使わなかった、プールの優待券。
それを僕に手渡し、それから刑部さんは言う。
「やるよ。それで今誘いたい奴をアンタが誘え。どっちが好き、とかごちゃごちゃ難しく考えないで、何となく誘いたい奴だ。何となく、一緒に遊びたい方」
「なんとなく……遊びたい方」
呟き、僕は優待券を眺めた。プールの優待券。デートのチケットを。
そんな僕を横に、刑部さんはうんと一つ伸びをすると立ち上がり、それからニヤッと笑みを零すと、言った。
「……まあ当然。別の子誘うのはアタシとのデートが終わってからだけどな?」
「え?」
「もう終わりってのもつまんねえだろ。もう一ゲームしようぜ?つうかさ……」
そこで刑部さんは軽い調子でトン、と僕の肩を軽く叩く。
「……曲げ方教えろよ、クズミ。アレどうやってんの?地味に凄くね?地味に」
なんというか、やはり気安いと言うか、男友達みたいと言うか……。
「地味って言わなくても良いじゃん……」
気兼ねなく悪態をついた僕を前に、刑部さんは「はっはっは」と笑い、ブラを振り回しながら歩んでいく。
それを眺め、それから僕は優待券をポケットにしまい込むと、立ち上がった。
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