4章 ビッチとデート

1 デートスポット

 刑部さんはビッチである。頼んだらやらせてくれる女として名高く、逆に言えば頼まれまくる程に男の興味を引く容姿をしているという事でもある。


 要は美人なのだ。金髪に青い目。その特徴が違和感にならない美貌を持っていて、かつスタイルも抜群。


 高嶺の花になってもおかしくない容姿をしていながらいつも胸元が開き過ぎてて下着が見えているが故の大人気である。


 そして、僕から見るとその美人の中身はビッチでありかつガキ大将なハーゲンダッツと言う脊髄反射と欲望の化身としか思えないが、まあ美人は美人。


 金子さんの言う通り、僕がそんな子とデートすることはそうそうないだろう。


 だと言うのに、件の日曜日。優待券のレジャープール――デートスポットで彼女の到来を待つ僕は、浮かない顔をしていた。


 センチな諸々に思い悩んでいる、と言うのもある。

 あの後、この日曜日までの数日。日常は意外といつも通りだった。


 昼休みに朝間さんにお弁当を持っていき、放課後の部室で罰ゲーム付きゲーム。空気を読んで、と言うかぼうっとしていた僕は連敗して毎日ハーゲンダッツを買いに走り、終わったらバイトして金子さんを送って帰る。


 そしてその数日、朝間さんも金子さんも……びっくりするほど普通だった。これまで通りである。


 朝間さんと食べ物の話をして、金子さんと当たり障りのない会話をする。


 だが、完全に前と一緒と言う訳でもない。お弁当を食べながら、朝間さんはたまにフリーズして何も言わず僕を眺めていたし、金子さんは前みたいにクスクス楽しそうに笑っていない。


 そんなあれこれに振り回された末に今、彼女達のボスの僕の困らせ方は極めてシンプルだった。


「遅刻か、ハーゲンダッツ」


 約束の時間からかれこれ30分程過ぎた。が、ハーゲンダッツは姿を現さない。

 まさか来ないつもりじゃないだろうな。……ない、と言い切れない辺りが恐ろしい。


 ビッチ的に『マジ?クズ本気にした?』は言いそうだし、『ちょっと急に予定入ってさ』とどっか別の男と腕組みながら言っててもおかしくないし近頃あのハーゲンダッツのパーソナリティを若干知った僕からすればより解像度高く『ヤベ、忘れてた』か、『悪ぃ、寝てた』と悪びれず言ってくる姿が容易に想像できる。


 まあとにかく……。


「……帰るかな」


 遠い目で空を見上げて、僕はそう呟いた。

 ちなみにその決断を実行出来るメンタルだったら事態はここまで混迷を極めていないだろう。物心ついてから続いた接客経験が他人を立てようとし過ぎる僕のような優柔不断を生んだのだ。


 そして、それから更に待つ事30分。トータル1時間待った辺りで、ついにガキ大将が姿を現した。


「ふぁぁ~~。ウ~ス……」


 眠そうに欠伸をしながら。

 着ているのは私服である。ジーンズにスニーカーで、柄物のTシャツに薄手のジャケット。取り立てて着飾るでもない至って普通の格好だが、着てるのがスタイル抜群の金髪だからなんかカッコ良く見えた。


 アレである。雑誌とかで服を見てカッコ良いと思って買って自分で着てみたらなんか思ってたのと違う感じになる奴の雑誌に映ってる方が、こっちに歩いて来ていた。


「ふぁぁぁ~~~~、」


 大欠伸しながら。それを僕は流石に若干冷たく眺め、言った。


「……遅かったね」

「おう!」


 いや、おうじゃないよ。謝れよ。1時間待ったんだぞ?

 と思った僕の肩を刑部さんはトンと叩き、ニコッとさわやかに、なんかちょっとカッコ良く見える笑みを浮かべながら、こう言った。


「……待つ時間も楽しかっただろ?」

「ソレ待たせた側が言うセリフじゃないと思うけど」

「硬い事言うなよ、クズ。……硬くなるのはこれからだろ?」

「ガキ大将通り越してもう中身おっさんじゃん」

「はっはっは!」


 僕程度の言葉は歯牙にかけていないのだろう。刑部さんは快活に笑っていた。

 そして、刑部さんは言う。


「良し、遊び行こうぜ?デート代全部お前持ちな?」

「めちゃめちゃ奢らせようとするじゃん……」


 とか呟いた僕の前で、刑部さんは歩き出した。プールとは逆の方向へ。


「え?……あの、プールじゃ」

「アタシ今日泳ぐ気分じゃないんだよね~」

「えぇ……?」


 待ったのに?プールじゃない?水着じゃなかったんですか?……いやまあ、今更ハーゲンダッツの水着見たいかって言われるとなんか微妙な気がしないでもないが。


 とか思った僕を前に、ガキ大将は悪びれず言った。


「……てかさ。ボウリングしたくね?」


 なるほどな。僕を振り回す真面目と小悪魔を統括しているビッチのボスは……パワー系だったか。


 僕は色々諦めた。


 *


 カコーン!と言う音と共に、ピンが跳ね倒れていく。


 本当に来る事になったボウリング場の一角。刑部さんは一本だけ残ったピンを眺めて、不満げに頭を搔いた。


「あれ?……今日調子悪いか?アタシ球弄るのも棒倒すのも得意なんだけど……な?」

「な、じゃないよ。知らないよ。……下ネタしか言えないの?」


 方向性違いで結局振り回されつつ言った僕を前に、刑部さんは何やら手を上下に動かしながら、言う。


「アタシテク凄いんだぜ?」

「どうして畳みかけるの……。もう言動がほぼ男友達じゃん」

「はっはっは~、ギャップって奴だな?」

「いや、ギャップ感じないよ。普段通りだって……」


 とか呆れた僕の横にどっかり腰を下ろし、背もたれに腕を掛けつつ刑部さんは言う。


「ちげぇよ、こっから見せんだよギャップを。なんだ?そんなにアタシに篭絡されたいか、クズ」


 そう言ってにやにや笑うハーゲンダッツを横に、僕は何も言わず立ち上がり、球を取ってレーンへ向かう。


「せっかくだから勝負にするか?……アンタが勝ったらアタシと言う超豪華景品をやるよ」

「……僕が負けたら?」

「アンタを貰う」

「言ってる事ヤバいのになんでちょっとカッコ良いんだ……」


 見た目の問題な気がしないでもない。

 とにかく、僕は球を手にピンを眺めて、腕を振り――。


「……脱衣ルールにするか?」

「ッ、」


 ……動揺した僕の手から球はすっぽ抜けて行った。


 ガコン、と、ガーターレーンをボールが転がって行く。当然、ピンが倒れるはずもない。それを憮然と眺めた僕の後ろで、ハーゲンダッツは言った。


「相変わらずチョロいな、クズ」

「………………」

「怒んなよ、事実だろ?」

「………………」

「ま、どうせ脱衣ルールにしてもお前が脱ぐだけだろうしな。はっはっは!」


 と、何やら笑っているガキ大将を背に、僕は戻ってきた球を手に取ると、ピンをまっすぐ睨み、スナップを効かせて球を放った。


 カタンと音を鳴らしレーンに乗った球。一瞬明後日の方向に行きかけたそれが、僕の加えた回転により折れ曲がり――。


「……何?」


 ノリ良く呟いた刑部さんの視線の先、白いピンが弾け跳ぶ。一本残らず、全て。


 そのストライク――厳密に言うと2投目だからスペアだけどとにかく一度で全ピン倒した僕は、調子を確かめるように手首を軽く抑えつつ、ガキ大将へと振り返る。


「……良いよ。やろうか、脱衣ルール」


 そう挑みかかったボウリングは習得済みの僕を前に、刑部さんは一瞬、あっけにとられたように静止し、それからフッと笑みを浮かべる。


「ノリ気かよ。良いぜ、やってやるよ……と言いたい所だが、外でやると追い出されるからやめよう」


 そうね。部室ならギリセーフかもしれないけど外にそのノリ持ち出したら最悪捕まるよね。


「でも勝負はしようぜ?……勝った方が負けた方の言う事をなんでも聞く」

「なんでも……?」

「ああ、マジでなんでも。罰ゲームあった方が楽しいだろ、クズ?」


 余裕綽々笑ってくるビッチを僕は見据え……椅子に戻りながら、頷いた。


「良いよ。そのルールでやろう。……良し、クズ呼ばわりやめて貰おう」

「おい、盛り下がるだろ。先に言うなって。そう言うのやめろよクズミ」


 頼んだらヤラせてくれる女は暗に頼んだらクズ呼ばわりやめてくれた。


「もっと良い感じの奴にしろよ。良い感じにエロい奴な?」

「水着着るとか?」

「お前結構根に持ってんな、さては。悪いな、持ってきてねえよ今日」


 そう軽い調子で言いながら、僕と入れ替わるように刑部さんは立ち上がり、ボールへと近づいていく。


「まあ良いや。なんか考えとけよ?アタシは、何させっかな~」


 ゲームが好きなのか、勝負が好きなのか。とにかくノリ気な刑部さんは球を手に取った。


 さっきまでのは練習投擲。ゲームはここから、10回だ。10回やって成績が良い方が、悪い方に言う事を聞かせられる。


「良し、始めるぞ!」


 軽い調子で言って、刑部さんは球を放る。カーブをかけたりとかはしないようだ。まっすぐ突っ込んでいった球は中心を僅かにずれ、ピンを7本弾き飛ばす。


「……調子でねえな。そうか、脱いでねえからか」

「もはやただ脱ぎたいだけじゃん……」


 呆れた僕の前で、刑部さんはジャケットを脱いで椅子に投げていた。

 そしてTシャツ姿になった刑部さんは、戻ってくるボールを待ちつつ、言ってくる。


「クズミ。お前さ、アタシには結構言うんだな」

「え?」

「マイとかカナにはあんま言い返してねえだろ?」


 ……そうだろうか。そう、かもしれない。言い返す、と言うか正面から毒吐いたりはしてない気がする。


 と、考え込む僕の前で、刑部さんは戻ってきた球をすぐさま放っていた。

 そうして、倒れたのは2ピン。


「また一本残ったか……」


 頭を搔きつつ、刑部さんはこっちに寄ってきて、世間話のようにこう、問いかけてくる。


「てかさ。お前結局どっち狙いなんだ?」


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