4 つまらない夜道と優柔不断
なんとも、翻弄されていると言うか振り回されていると言うか……とことん思惑が交錯している気がするし、その彼女達の思惑が僕にはわからない。
とにかく、刑部さんの登場と同時に今日のゲームは終わりを迎えた。
金子さんはあの後、つまらなそうな表情で部室を後にしてしまったし、刑部さんも、
「今度の日曜とかで良いよな、クズ?現地集合な~」
と終始軽い調子で景品のチケットを獲得して立ち去って行った。
最後まで部室に残っていた朝間さんも、どこかすっきりしない様子で何やら僕を眺め、けれど特に何か言ってくるでもなく、「……また明日ね?」とだけ言って立ち去って行った。
なんとも、思惑がわからない。3人が3人……いや僕含めて4人全員、違う思惑で動いている気がする。最も、まるでわからないという訳でもない。
刑部さんは一端場を納めようとしたのかもしれない。朝間さんと金子さんはかなりヒートアップしていたし、それをグループのボスとして納めようとしたんだろう。
そしてその思惑の通りに一回目で“ユキちゃん”を吹っ飛ばせてしまう辺り、恐ろしい強運と言うか謎のカリスマが見える気がすると言うか……。
それから、売り言葉に買い言葉でヒートアップした結果とはいえ、朝間さんから僕への好感度は僕が思っていた程低くなかったような気もする。まあ、特別高い訳でもないようだが、けど完全に脈がない訳でもなさそうだ。
そして、一番わからないのは金子さんである。
罰ゲームがデートでウキウキだった。いつになくハイテンションだったのは見てたらわかる。が、僕と共謀して朝間さんを負かすのではなくなぜだか運ゲーを持ち出し、運ゲーの途中で珍しく言い負けて黙り込んで、そして刑部さんに全て持ってかれると拗ねて帰った。
いや、帰った……ではない。部活の後にあるのはバイト。
「先輩」
「ん?」
我が家、“クズミ食堂”。その、今日はあまり込んでいない店内で、エプロンをつけた金子さんは普段通り、言ってくる。
「3卓の割り箸減ってるんスけど、ストックどこスか?いつもんとこなかったんスけど」
「え?ああ……用品ほどいてないとかかな。僕探しとくよ」
「ウス。……お願いシャス」
いつものマジメではあるけど若干やる気なさそうな返事を投げ、そしてそこで店の戸が開いた。途端、
「……っしゃいませ~」
ローテンションのまま、金子さんは接客に向かっていた。
何考えてるのかわからない。黒マスクの裏で、本当は何を考えているのだろうか。
何となく金子さんを目で追いながら……実家の手伝い。バイトは進んでいった。
なんとも、思惑がわからない。4人全員、一体本心で何を考えているのか。
僕は、……なぜだか僕自身の本心すら、わからないような気分になっていた。
*
「…………………」
「…………………」
いつもの夜道は、けれどいつもより若干ぎこちなく、妙に静かで会話もあまりなく進んでいった。
金子さんはスマホを弄りながら、ただ歩いている。そんな金子さんを、気まずいと言うか沈黙が重いと言うか、ちょっといたたまれない気分で横目に眺め、それから僕は意を決して口を開いた。
「あのさ」
「何?」
なぜだか金子さんの相槌がやけに鋭い気がした。いつもなら一瞬だけこっちに視線向けてきたりもするがそれもなく、スマホ見っぱなしである。
……結局機嫌悪いのか?いやもう、気にしてもしょうがないかな。
「いっつも、スマホで何見てるの?ソシャゲとか?」
当たり障りのない問いを投げてみた僕へと、金子さんは答える。
「SNS」
それだけである。それだけ答えて、金子さんはスマホを弄り続ける。
なんというか……雰囲気が話しかけんなって言ってるような気がする。
「そ、そっか……」
「………………………」
「………………………」
そして沈黙がその場を包み込んだ。
それに胃の痛い思いをしていた僕に、暫くの沈黙の後漸く、金子さんは一瞬だけちらっと視線を向けてくる。
「ユキちゃんさ」
「うん」
「ミカと、デート行くの?」
「え?……うん。罰ゲームだし」
「そっか」
「……うん」
「………………………」
「………………………」
そして沈黙がその場を包み込んだ。
なんだこれ?なんなんだこれは!?なんか凄いいたたまれないんだけど。胃が痛い……。
とか思う僕へと、金子さんはまた問いを投げてくる。
「……マイとじゃなくて良いの?」
「え?ええっと……朝間さんと、行きたいは行きたいけど」
「けど?」
「……罰ゲームだし」
逃げた僕を金子さんはちらっと眺め、スマホに視線を逃がしていく。
そんな金子さんを横目に、僕はまた意を決し、問いを投げてみた。
「あの……そう言えばなんで今日黒ひげ――」
「ユキちゃん」
「あ、はい……」
質問を封殺され相槌を打った僕を金子さんはまたちらっと眺め、それからその視線をそっぽへ向ける。
その先にあったのは、マンションだ。金子さんの家。この帰り道もそろそろ終わりらしい。
そんなことを思った僕へ、金子さんは言う。
「デートさ。……楽しみなね?」
「え?」
「罰ゲームさ。ウチらが言ってるだけじゃん。ユキちゃんからしたらさ、別に罰ゲームじゃないじゃん?ミカ綺麗だし……ユキちゃん中々そんな機会ないっしょ?」
「……うん。まあ、はい」
曖昧に答えた僕を、金子さんはまたちらっと見て、それからマンションのエントランスへと歩みながら、言う。
「じゃあ、お疲れっス、先輩」
そして金子さんはそのまま、マンションの中へと消えて行った。いつもの泊まる泊まらないって言う冗談なしで。
やっぱり、怒ってるんだろうか。でも、冷静には見える。どっちかと言うと、
(……落ち込んでる?)
僕は何となくそう思った。いつものような冗談やからかいがなかったし……。
「あ。…………笑ってないんだ」
クスクスと言う小悪魔の笑みがなかった。だから、なんか胃が痛くていたたまれなかったんだろう。
いや、いたたまれないは正しくない。それは外聞を気にした、接客業で磨かれた僕の大分分厚い外面の意見だ。本心はもう少し自分本位である。
「……なんか、つまんないな」
呟いて、僕は金子さんのマンションに背を向けた。
なんとも、思惑がわからない。4人全員、一体本心で何を考えているのか。
僕は、僕自身の本心すらわからない。
いや……わからないことに、しておきたかった。
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