3 “ユキちゃん危機一髪”Ⅱ 修羅場と胃が痛い僕

「ユキちゃん?」

「次、久住くんの番だよ」


 いらんトコだけ結託した姫と小悪魔が僕の退路を封じてくる。


 その威圧感、緊張感、胃痛の最中、僕はとりあえず剣を手に取り、震えている“ユキちゃん”を眺め、……それから言う。


「あ。ちなみに、僕が負けた場合の罰ゲームは……」

「「なしでもう一回」」


 ……ソレもう僕が参加する必要なくないかな?僕がここにいる必要ないよね?ちょっとトイレとかに逃げ込んで良いかな?


「「早く」」


 あ、はい……。

 抵抗を諦め、僕は“ユキちゃん”の樽に剣を差し込んだ。


 “ユキちゃん”は樽から逃げ出す事が出来ないままにただ震えていた。


 それをなんだか遠い目で眺めた僕の前で、番の回ってきた金子さんが剣を手に取り、差し込む穴を選び始める。

 そんな金子さんを前に……姫が動いた。


「カナさ。……そんなに運ゲーが良かった?逃げた?」


 姫は小悪魔に反撃を試みているらしい。と、思いながら存在感を消した僕を前に、差し込む穴を選び続けながら、金子さんが言う。


「逃げたって?何?」

「運で全部片づけたかったんでしょ。こないだ言ってたじゃん、久住くんに興味あるけど一人だけ誘惑するの恥ずかしいって」


 そう姫が言った途端、小悪魔の手が止まる。が、それは一瞬だけだった。

 次の瞬間、金子さんは平然と言う。


「ああ、ソレ嘘だから。マイのズルやめさせたかっただけだし。てか、マイだけ脱いでたらそれはそれでどうなのって話じゃん?」

「じゃあなんで運ゲーに逃げるの?」

「逃げてないから、別に」


 金子さんは樽に安置された“ユキちゃん”に剣を突き刺した。

 “ユキちゃん”は震えるばかりで解放されない。そんな危機一髪な“ユキちゃん”を朝間さんへと押しながら、金子さんは言う。


「フェアにやろうって言ってるだけじゃん。マイ弱すぎるからさ。勝負にならないじゃん」

「……そこまで見下される覚えないんだけど?」

「別に、見下してるつもりないよ?……事実じゃん」

「ふ~ん、」


 と言いながら、グサッと勢いよく、朝間さんは剣を突き刺す。

 だが、身震いする“ユキちゃん”はまだ解放されない。


 そして、僕の番。


「「…………………」」


 どうして黙るの?いや、存在感を消しておこう。とりあえず番を回そう、穏便に……。


(いや、むしろ当たれ!)


 吹っ飛んでくれ“ユキちゃん”。一回空気を変えよう。あ、ヤバい僕が当てちゃったで良いじゃないか。この空間に居続けるよりも僕が空気読めない方がまだ胃に優しい気がする。なんかヒートアップの仕方が不穏だから。


 だが、僕の望みは届かなかったらしい。

 “ユキちゃん”はぶるぶると震えるばかり。


 そんな”ユキちゃん”の安置された樽を金子さんは引っ張って行き、剣を手に言う。


「てかさ、マイはなんなの?」

「ハァ?」

「そっちが言い出した罰ゲームじゃん?なんでフェアなのイヤがる訳?いつも通りやったら負けるから?何?負けたかった?」

「……な、何言ってるの?」

「違うの?てかさ、昼休みどこ行ってんの、最近。誰かと会ってる?」

「別に、そういう訳じゃ……」

「誰と会ってんの?誰かと口裏合わせたりしてる?なんか企んでる?」


 淡々と問いを投げ、サクッと“ユキちゃん”に剣を差しつつ、飛ばず震えたそれを確認する素振りなく、金子さんは朝間さんを睨み、言った。


「マイはさ……何様なの?」


 大分ヒートアップしてきているらしい金子さんの視線を前に、けれど朝間さんもまた引かず睨み返し、震える“ユキちゃん”を手繰り寄せる。


「何様は、こっちのセリフだから。何でもかんでも自分の思い通りになるって思ってるのはそっちじゃないの?」

「ハァ?」


 あ、僕これ知ってる。アレだ。落としどころのないクレームだ。しかも両方謝る理由がないから無限にヒートアップする奴。


 と思った僕の前で、朝間さんは金子さんを睨み続けながら、剣を手に取り、言う。


「……昼休み。会ってるの久住くん」


 その言葉に、知ってるだろうに金子さんは眉を顰めていた。

 そして僕はなんだか胃が痛かった。


「私のダイエット手伝ってくれてるの。別に頼んだ訳じゃないけど、なんかお弁当持ってきてくれたから」


 その言葉に苛立つように、金子さんは更に顔を顰めている。


「しかも美味しいし。ありがたいし。レシピ教えてくれるし。……罰ゲーム、嫌だったんだけどさ。最近は別に良いかなって思ってきたし。変な話だけど」

「何?マイも遊び慣れてきた?」


 挑発のように言い捨てた金子さんを前に、朝間さんはけれど特に動じた気配なく応えた。


「遊ぶ気ないよ、私は。……碌な事にならないし。でも、久住くん遊ぶ感じじゃないじゃん。罰ゲーム係もさ。久住くんじゃなかったらもっとエスカレートしてたでしょ。過激にしようって言い出してたじゃん、多分」

「……………」

「だから、私は……デートしてみても良いかなって思ったの。もうちょっと知りたいかなって。負かされたらそれでも良いかなって。カナも、ウキウキだったじゃん」


 何も答えず、……珍しく。そう、本当に珍しくだ。

 言い負けたように視線を逸らした金子さんを前に、朝間さんは言う。


「だから、このゲームで良いの?ホントに?」


 そして朝間さんは剣を突き立てる。だが、……このゲームは完全に運任せだ。

 “ユキちゃん”は身震いするだけでゲームに終わりは訪れない。


 そして、番が僕へと回ってくる。同時に、


「「…………………」」


 凄まじいプレッシャーを帯びた視線が二つ、僕に突き刺さった。

 凄い、見られてる。ギスった空気の全てが、僕へと向けられている。


 プレッシャーにさらされながら、僕は剣を手に取った。そしてそれを樽にとりあえず刺そうとして……と、そこでだ。


「な~んか、面白そうな事してんじゃん?」


 そんな声が、僕の背後から届いた。そして、いつの間にやら部室にやってきていたらしいその誰かは、僕の手にあった剣を軽い調子で奪い取ると、「ほい」と言う一声と共に、樽へと突き刺した。


 そしてその瞬間、


「「あ、」」


 朝間さんと金子さん。二人が同時に声を上げる。


 これまでひたすら身震いし続けるだけだった“ユキちゃん”が、解放の喜びに身を任せるかのようにポ~ンと部室の宙を跳ね……。


「お?……おお、ほい!」


 軽い声を上げる誰かの胸の谷間にキャッチされ、そこに頭を突っ込んでいた。

 それをただただ目で追った僕達の視線の先。


 金髪に青い目。西洋の血が入っているのだろう、3人の中で間違いなく一番、圧倒的なスタイルを誇るその真ビッチは、谷間でキャッチした“ユキちゃん”を眺め、言う。


「これ、アタシの負けか?……しょうがねえな、ホラ」


 そして、僕の前で……別に今日もはだける前から黒い下着が見えてたけどよりよく見えるようにとシャツを開き、“ユキちゃん”のうずもれたその豊満なバストを、僕の目と鼻の先に見せつけてくる。


 その光景を、


「…………」


 僕はいつもとは違う意味で、黙り込んで眺めていた。そしてそんな僕の後ろで、さっきまで争っていた二人が言う。


「ミカ?あのさ……」

「……今日の罰ゲームそれじゃないよ?」


 そんな二人、それから僕を眺め、その真ビッチ――刑部さんはニヤッと笑う。


「知ってる。……だから楽しそうって言ってんじゃん?」


 そしてテーブルとの間に僕がいる事を気に留めていない様子で、刑部さんは身を乗り出した。


 もの凄い軽い調子で胸が僕の顔に当たる。柔らかい……んだけどそこに挟まっている“ユキちゃん”の足が僕の顔を蹴ってきた。


 そんな、一瞬理解不能になるような状況に襲われた僕の前で、目当てのモノを手に取ったのだろうか。刑部さんはすぐに身を離し、今ひったくったらしい紙……プールの優待券を手に、僕へと言った。


「入場料はお前持ちな……クズ?」


 そのビジュアル的にもスタイル的にも最強だろう、“頼んだらやらせてくれる女”を僕はただただ、流されるまま眺め……そしてそんな僕の背後で、二人は愕然と言っていた。


「……全部、」

「持ってかれた……?」


 そして僕の目の前で、刑部さんはふと僕の肩を叩き、妙に様になるウインクと共に、小声でこう言った。


「……一回遊んでから決めようぜ?な?」


 確かに、現れた瞬間に全部持って行ってる気がする。

 なんというか……やっぱり。ビッチ3人組のボスは、刑部さんだったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る