2 “ユキちゃん危機一髪”Ⅰ 嗤う小悪魔と挑む姫

 ガコン、ガコン、ガコン……今日も紅茶を3種類抱えて、部室に向かう。


 そうして歩み出した僕は、けれど部室に辿り着く前に、表向き協力関係の勝負の相手に出会った。


「あ。……久住くん」


 部室に向かう所なのだろう。朝間さんは僕へと歩み寄ってくると、僕の抱えている缶のうち一つ、ストレートティーを手に取ると言った。


「……なんか、毎日奢って貰っちゃってるけど。この分も払おうか、私」

「え?いいよ、別にこのくらい……」


 ホントは出費ちょっと痛いけどね。まあ、もはや役得代と割り切ってるし。

 そんなことを思いつつ、僕は聞いてみた。


「それであの、今日の罰ゲーム。結局……」

「うん。カナに言ってみたら……なんか凄いノリ気だった」


 まあ、そうだろうね。口裏あわせておいたし。


「凄いノリ気で……午後の授業途中からサボってた」

「……サボった?なんで?」

「わかんないけど……なんかウキウキって言うか、凄い笑ってた」

「笑ってた?」

「うん。カナあんなテンション高い事あるんだって、ちょっとびっくりだよね?」


 テンション高い?あの小悪魔が?……確かに基本ローテンションだし、一番テンション高そうだった時は……僕のポケットからブラが出てきた時ですね。


 まあとにかく、小悪魔がハイテンションになっているらしい。罰ゲームが僕とデートって言うよくよく考えるとどこまでも僕の扱い悪くないかなって言う状況を面白がっているのだろうか。


 それとも、僕と朝間さんを更に掌の上で転がす算段でも思いついたのだろうか。


「あ。後……刑部さんは?」

「うん。今日まだ学校来てないみたい」


 まだも何ももう学校終わってるんですけどね。今日もサボりかハーゲンダッツは。


 まあけど、それはそれで都合が良い。朝間さんには悪いが、僕は小悪魔と契約済みだ。普通にやったら僕と金子さんが朝間さんにゲームで負ける事はないだろうし、不確定要素になりえるハーゲンダッツは今日もサボりらしい。


 なら、この勝負貰ったに等しい。


(……小悪魔が面白がってひっかきまわそうとさえしなければ!)


 つまりまたほぼほぼ全部金子さんの掌の上である。


 そんなことを僕は考え、「カナ、やっぱり……」とか呟き、そっちはそっちで何か考えているらしい朝間さんと二人、僕はテーブルゲーム部の部室に辿り着いた。


 そして、その戸を開いた瞬間。


「フ、フフフ……」


 なんかもの凄く楽しそうに笑う黒マスクの小悪魔が、僕達を出迎えた。


「金子さん?」

「……いつになくやる気だね、」


 とか呟いた僕と朝間さんを前に、確かにやっぱりテンション高いらしい。


「フフフ……、」


 と笑いながら、金子さんは机の上に置かれた小さな樽にスポッとつまようじサイズの剣を突き刺していた。一本差して、次。一本差して、次。一本差して……。


 ポ~ン、と、樽の中心に設置されていた人形が、天高く吹き飛ばされ、僕の足元に転がってきた。


 眼帯付けたおじさんの人形である。そしてそのおじさんの服には、マジックでこう書き込まれていた。


 “ユキちゃん”。

 

「フフフ、……ユキちゃん危機一髪。フフ、」


 確かに小悪魔はいつになくテンション高そうである。

 ……ていうか、それ黒ひげ危機一髪だよね。テーブルゲームって言うかパーティゲームだけど、これって完全な運ゲーじゃない?


「あの、……金子さん?今日のゲームこれとか言わないよね?」

「フフ、」

「いや、フフじゃなくて……」


 そのゲームにしちゃったらもはや口裏合わせた意味ないじゃん。

 と思った僕の横で、協力して金子さんを負かそうと僕が思ってると思ってる朝間さんも、言う。


「カナ?あの、……一応確認しとくけど、今日の罰ゲームわかってる?」


 そう問いかけた朝間さんを前に、金子さんはやはり彼女にしてはテンション高く「フフフ、」と笑い、ポケットから何かチケットのようなものを取り出した。


「……ここに屋内レジャープールの優待券があります」


 ソレ、アレだな。こないだ常連の神がくれた奴だな。おじさんプール行かないからさ、友達と行ってきな嬢ちゃんって。


 とか思い出した僕の横で、朝間さんはふと胸元を抑え、呟く。


「え?プール?水着は、ちょっと……今更その位どうでも良い気がする……」


 何なら安牌の枠でビキニ着てましたもんね。見せて来てましたもんね。


 とか思った僕の耳に、「フフフフフ……」と小悪魔の上機嫌な笑い声が届き、そして金子さんは言う。


「今日の罰ゲーム。負けたら、……優待券とユキちゃんが手に入る。でしょ?」


 優待券追加しちゃったせいでもはや罰ゲームじゃなくて景品みたいになってるじゃん。

 

 そんなことを思った僕の横で、朝間さんは金子さんに言う。


「カナ。……罰ゲームはそれで良いんだけどさ。ゲーム、変えない?」


 そう挑みかかる朝間さんを、小悪魔はクスクス眺めて、言った。


「……マイさ。運ゲー以外でウチに勝てると思う?」


 挑発である。その挑発を前に……。


「………………うぅ、」


 姫はゲームする前からもう負けていた。その背中に、僕は小声で言う。


「いや、朝間さん。あの……協力すれば勝てるかもしれないから、運ゲーはやめよう?」


 そう、協力すれば勝てるかもしれない。だが、悪いな僕の初恋の人。僕はアナタに協力するとは言ってない!


 いよいよクズ呼ばわりを否定しきれなくなってきてる気がする僕の声に、けれど朝間さんはまた立ち向かう気になったらしい。


「そ、そうだね……。勝てる!運ゲー以外でも勝てるよ、私!カナに!」

「でも運ゲーの方が勝率高いんじゃない?」

「…………………」


 朝間さんは何も言い返せず俯いていた。と思えば、朝間さんはこちらへと振り返ってくる。


 朝間さんの目が言っている。“助けて”、と。


 その視線を前に、僕はまだ持っていた紅茶の缶をテーブルに置き、それから気合を入れて、小悪魔へと立ち向かう。


「僕は……運ゲーだと勝率下がるよ」

「そもそもユキちゃんが勝つ前提の話でしょ?これ」

「でも、……なら運ゲーにする理由」

「それともさ。何?……ユキちゃん、誰負かすか自分で選びたいの?」

「………………………」


 流石だな小悪魔、僕の優柔不断矢面に立ちたくない精神をよくわかってるじゃないか。


 僕はもはや逆らわず黒ひげ――“ユキちゃん”を樽の中に安置し、テーブルに付いた。


「久住くん?……諦め早くない?もうちょっと抗えるよ、ほら」


 とか小声で朝間さんは言ってくるが……しょうがない。


「僕、……言い訳って大事だと思うんだ」

「久住くん!?男らしさ足りなすぎるよ?そんなだからユキちゃん呼ばわりされちゃうんだよ?」

「……入場料は僕が払うよ。優待券あるし」

「それ駄目な男らしさだよ?久住くん?全部お金の問題にするのは良くないよ?」


 姫は今日も助けてほしそうだったが僕にできることはもう何もないな……。


 だって小悪魔に言い勝てる気がしないし。そもそも言い勝ててたらこの状況になってないしね、多分。


 遠い目をした僕を前に、小悪魔は「フフフ、」と楽しそうに笑いながら、“ユキちゃん”が安置されている樽へと上機嫌に剣を突き刺した。


 そして、微動だにしない“ユキちゃん”を眺め、小悪魔は言う。


「次。……マイの番ね?」

「始まっちゃった!?……ちょっと、待ってカナ。本気?」

「なんで?」

「なんでってだって……負けたらデートだよ?ソレ、運で決めちゃって良いの?」

「胸見せるよりハードル低くない?」

「…………………いや、でも、」


 一瞬ノックアウトされかけていたが、朝間さんはまだ頑張る気らしい。


 下げかけた視線をすぐさま上げた朝間さん……を、小悪魔はクスクス眺め、言う。


「ああ、それとも……体形的に水着はキツいんだ」


 その瞬間、日夜ダイエットに励んでる朝間さんの目の色が、変わった。


「…………ハァ?」


 何なら態度まで変わった。そして僕は存在感を消しておく事にした。

 そんな僕の前で、小悪魔と姫は争い始める。


「べ、別にキツくないけど?」

「じゃあ水着ぐらい良くない?今更さ……。てかこないだウエストも見せてたじゃん。ああ、……足がキツい?」

「キツくないけど?どっちかと言うと長距離だけど?」


 陸上の話ですね。短距離だと筋肉つけなきゃだしね。まあ、長距離って言うか中距離だったと思うけど……僕は何も言わないでおこう。


 存在感を消した僕の前で、小悪魔はまだ挑発を投げる。


「長距離ってなんの話?てか別に、マイ足太くないと思うよ?……ウチのが細いけど」

「…………ハァ?」

「胸もウチのがあるし。あ、でも、身長も体重も大体一緒だったじゃん?こないだの身体測定で。まあ、……ウチのが胸あるけど」


 なるほどな。それでダイエットしてるのか朝間さん。知らない所でも小悪魔に敗北してるらしい。


 と思いながら触らぬ神に祟りなし、目を合わせないようにと爆心地の中心で樽に安置され処罰を待つ“ユキちゃん”を眺めた僕の横で、


「……………………ハァ?」


 姫の語彙が完全に消失していた。と思えば、姫は頬をひくつかせながら、言う。


「そ、そんなにスタイルに自信あるなら、見せて上げれば良いんじゃない?」

「ただで見せるのもアレじゃん?罰ゲームじゃん?……だから、見せたくないなら勝てば良いじゃん。てかさ、何?」


 そこで、小悪魔はわざわざマスクを下ろし、完全に見下し切った笑みを朝間さんへと向けると、言った。


「……運ですらウチに勝てないの?」


 その一言が、決まり手だったのだろう。

 頬をひくつかせていた朝間さんは完全に表情を失くし、テーブルに着いた。


 そして、何も言わず、“ユキちゃん”の安置された樽に剣を突き刺す。


 “ユキちゃん”は、九死に一生を得たらしい。樽の中に安置されたまま、ちょっと震えていた。それを眺めた僕の前で……。


「「…………………」」


 小悪魔と姫は睨み合っていた。二人の間に火花が見える気がする。なんか、オーラと言うか威圧感がこの部屋の中に充満している。ちょっと僕、一回トイレとか行こうかな……。


 と、僕がそっとその場から逃げ出そうとした、その瞬間。


「ユキちゃん?」

「次、久住くんの番だよ」


 小悪魔と姫はお互いを睨み続けながらも、僕の退路を封じていた。

 ……どうして?どうして揉めてるのにそこだけ息が合うんですか?

 逃げたい……。

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