3章 修羅場と“ユキちゃん危機一髪”
1 変わる日常と交錯する思惑
少しずつ徐々に、そして着実に、僕の倫理観と日常は歪み続けていく。
放課後の部室と罰ゲームは結局変わらない。もはやそれが日常になった異常な空間で僕は負けたらハーゲンダッツを買いに行く。
そして、僕以外が負けたら……。
「…………?なんか、リアクション薄くね?」
堂々と胸元をガバッと開き、黒い下着を見せつけて来ながら、ハーゲンダッツは不思議そうに首を傾げる。
「刺激、足りない?……見慣れて来ちゃった?」
クスクス笑い、身を寄せるようにはだけた胸元を引っ張りその奥、その日はピンクだったランジェリーを見せて来ながら、小悪魔は囁いてくる。
そして、
「なんかこの位別にありって気がしてきちゃった……」
朝間さんも戸惑う様に、罰ゲームを真摯に受けていた。胸元をはだけ僕に下着を見せながら。まだ抵抗が残っているのだろう、いわゆるランジェリーではなくスポーツブラではあるが、下着を見せてくれるようにはなった。
それは良くない変化のはずだが結局、僕はそれらに抗う事もなく、同時に小悪魔に見抜かれたように、この位なんなんだとどこか見飽きてきて……。
その日常が終われば家で接客。それから帰り道。
「そろそろさ、罰ゲーム変えて欲しい?ミカに言ったげよっか?」
クスクス笑う小悪魔にからかわれ、あるいは本当にどうでも良い話題で小悪魔が笑う。
そんな今まで通りの歪む日常に、更に一つ、予定が追加された。
昼休みだ。部室でも家でも帰り道でもなく、……屋上。
あの日以来、僕は毎日昼休みに屋上に行くようになった。
そして、
*
「……そろそろ本格的に動き出そうと思います」
屋上で僕を待ち受けていた少女。僕の初恋の人の朝間さんは、真剣な表情でそう言っていた。
朝間さんと連絡先を交換した翌日。昼に朝間さんに屋上へと呼び出され、あの罰ゲームをどうやってなしにするか会議を開いたのだ。
それが習慣化して、今。
「はい」
他に人気のない屋上の片隅。そこに座り混む真剣な表情の朝間さんに頷きながら、僕は持参したお弁当を朝間さんに手渡した。
それを受け取り、お弁当の包みを開けながらも、朝間さんは言う。
「そろそろ……エスカレートする気がする。それは私避けたい。だからそろそろ動き出します!」
「はい」
頷いた僕の前で、朝間さんはパカッと弁当箱を開いた。
そしてその中身を見て、ニコニコし始める。それから、朝間さんは僕へと期待の視線を向け、言った。
「……これは今日も食べても大丈夫な奴?」
「だと、思うよ。炭水化物は控えめで、野菜と食物繊維多めな、いつもの奴だから」
「なるほど……」
と頷きながら、朝間さんは僕が作ってきたヘルシー弁当に箸を伸ばし始めた。
基本炭水化物はなし。ごはんやパンもなしで、代わりにカロリー値の割に満腹度の高い春雨メイン。和え物だったりスープだったり、それで満腹感を稼ぎつつ海草、野菜、卵の白身や魚類、鶏肉を食べ飽きないように色々工夫して毎日調理している。後デザートはこんにゃくゼリーである。それから、
「あ、……なるべく最初に食物繊維から」
「はい!」
別容器でタッパーに詰め冷蔵して持ってきてあるサラダの方から、朝間さんは食べ始めた。
そしてある程度サラダを食べてからおかずに手を伸ばし、卵の白身を繋ぎに鶏ひき肉で作った団子がお気に召したらしい。
「ん~~~~っ。……これ後でレシピ教えて?」
「うん。……ていうか、レシピ書いて来たから」
「流石……」
と言いながら朝間さんはニコニコ、春雨を口に運んでいた。まるで罰ゲームの事など忘れたように。
…………どうしてこうなったのか。は、単純である。
あの絆創膏が剥がれていた日の翌日。僕はお昼に朝間さんに屋上に呼び出され、会議が始まる……はずだった。
が、昼時と言うタイミングを迂闊な僕の初恋の人がチョイスしたせいで、会議どころではなくなったのだ。
野菜ジュースをチューチュー飲むだけの朝間さんの前で、持参した普通のお弁当を食べる僕。僕が食べている唐揚げを朝間さんは凄く悲しそうに見ていた。それを前に、僕は提案したのだ。
ヘルシーなお弁当作ってこようか、と。そしてその結果、朝間さんから毎日材料費を受け取るようになり……。
「ん~~~~~~っ、」
僕は昼時に幸せそうな初恋の人を見るようになった。
そして食べ物の話ばっかりしてるから会議はいつも進まず遂に罰ゲームはエスカレートしかねない辺りまで来てしまった。
なんていうか……もうちょっとクールな人だって勝手に思ってたけど、朝間さん。
話してみたらホント迂闊と言うか隙だらけと言うか、ガードの緩い部分がある。主に食に関して。
(……今度しれっと一品高カロリーのモノ混ぜてみようかな)
僕に魔が差すレベルで食に関しては無防備なようだ。
とにかく、僕も僕の分のヘルシー弁当……僕だけ普通のお弁当食べてたら朝間さんがとても悲しそうな視線を向けてきたから僕までダイエット食になったそれを口に運び、和やかに、幸せそうな彼女を見て昼休みは過ぎて行き……。
「…………食べてる場合じゃないじゃん」
半分くらい食べて、ある程度欲望が満たされたからだろうか。
朝間さんはボソッとそう呟き、それから言った。
「罰ゲーム、やめさせる会議しないと……久住くん!」
「はい」
「……どうにかしてカナと付き合って?」
「…………はい」
近頃罰ゲームと言う名の試練を経てか悟りに近い心境で頷いた僕の前で、朝間さんは突如深刻な顔でお弁当に視線を落とすと、呟く。
「あ、でも……もしかして。カナとくっついたら、もう、……お弁当が」
そうだね。僕が作って来なくなるかもね。
………………。
「朝間さんってさ」
「ん?」
小首を傾げてくる初恋の人を前に、僕は澄んだ青空を見上げながら、言った。
「……残酷だよね」
「何が?え?…………残酷?」
まるで身に覚えがないと言わんばかりに、朝間さんは首を傾げていた。まあ、実際身に覚えはないんだろうけど。僕が勝手に思ってるだけだし。
気を取り直し、僕は口裏を合わせるような気分で、朝間さんへと言った。
「金子さんと僕が付き合うって、結局どうやって?」
「それはもちろん、えっと……」
そこで朝間さんは言葉を切り、お弁当を口に運びながら暫く考え込んだ末、言った。
「……告白しちゃえば?」
この子ホント他人事だと思ってやがんな。しようか今、告白。いや、まあ、それ出来るくらいだったらこんな状況になってないんですけどね。
「ハァ……」
深めなため息を吐いた僕を前に、朝間さんは同情するように肩を落とし、言った。
「そんな簡単にできないよね……。あ。ていうかさ、久住くん」
「何?」
「今更なんだけど……久住くんって好きな人いる?」
お前だよ。と言えたら少女漫画的ラブロマンスがここから遂に始まってしまうのかもしれないがやはり僕の現実はこうである。
「え、ええっと……」
「いや。いたら私、凄い失礼って言うか、申し訳ない事言ってるかなって思ってて……。好きな人いる?いるなら、……うん。それなら私、ミカとカナにやめようって言えるかも」
それはどういう心理なんだ?自分への害なら割り切れるけど、他人の恋路の妨害はしたくないとか?
「それで、どうなの久住くん。好きな人いるの?いない?」
「い、…………いませんけど、」
僕は逃げた。色々なことから全力で逃げ出した。そんな逃げ腰で優柔不断な僕を前に、朝間さんは腕を組み少し考え込み、それから言う。
「じゃあ、カナの事は?キライだったりする?」
「え?いや……キライじゃないけど」
なんか自分でも驚くほどすんなりと、僕はそう言っていた。
…………?うん、でも、嫌う理由ないしな。最初近づき難い気がしたし、なんか住む世界違うと言うか、仲良くなれるタイプじゃないと思ってたけど最近は別に、なんだかんだ親切と言うか、からかわれてるだけだとしても金子さんずっと笑ってるし……。
なんか煮え切らないことを考え首を傾げた僕を朝間さんは暫し観察し、言う。
「別にキライじゃないと。なるほど……。じゃあ告白」
「しません」
「せざるを得ない状況にどうにか、久住くんを追い込んで……」
「その悪だくみ僕の前でしないでよ……」
肩を落とした僕の前で、僕からの好意に気付く素振りのない僕の初恋の人は、僕の作ってきたお弁当を口に運び、それから、言った。
「あ。……罰ゲーム!」
「え?」
「罰ゲーム……」
そう呟きながら、朝間さんは僕をしげしげ観察している。
罰ゲーム?を、利用しようって考えてる?
……そうか。言われてみればその手があったか。下心に負けてと言うかほっといても正直役得だったから僕からその内容に言及したりとかはしなかったけど、よくよく考えるとそのルールは利用できる。
「負けたら……僕と付き合うとか?」
不思議な話である。それ大分重いと言うか人道的にアレな遊び方な気がしないでもないのに普段の罰ゲームのせいでなぜか健全に聞こえてしまう。
とか思った僕を前に、朝間さんはちょっと俯き加減に、ぼそっと言った。
「それはちょっと私にもリスクが……」
リスクですか、そうですか……。ホントとことん脈ないな僕。まあ、もう良いけどね別に。なんか変な慣れ方してきたし。
とか思った僕を前に、朝間さんはちらっと、伺うような視線を僕に向けながら、言った。
「でもまあ、デートくらいなら……うん、」
「…………誘ったら行ってくれるの?」
「うん。行っても良いかな」
……え?本気で言ってる?なんか初めて脈あるような気がしてきた。
「……今更それで恥ずかしがってもしょうがない気がするし。色々、」
そう呟き、朝間さんは手元にある弁当に視線を落としていた。何となく始めたお弁当作戦が功を奏し、いつの間にか朝間さんの好感度を稼ぐことに成功していたのだろうか?
人、それを餌付けと呼ぶ。いやまあ、結局現状お昼毎日一緒に食べてるし、どっか遊びに行くのも大差ないとか考えてるんだろうけど。
だから、経緯はどうあれ朝間さんの警戒のハードルが下がっているのかもしれない。僕と同じように、あの部室で倫理観をバグらされた結果。
そんなことを思った僕の前で、朝間さんは言った。
「だからさ。……いきなり付き合うとかはアレだけどさ。罰ゲームで、デート……」
と、言いながら、何やら朝間さんは額を抑えて、黙り込んだ。
「……どうしたの?」
「罰ゲームでデートってさ。それもなんか間違ってる気がしない?でも、」
……言わんとしていることはわかる。
「なんでかまだ健全な気がするよね」
「ね。どうして……?」
朝間さんはふと遠い目をして、と思えば次の瞬間、気を取り直したように言う。
「とにかく、久住くん!」
「はい」
「罰ゲームの提案は私がやります。だから、久住くんは……」
そこで、朝間さんは言葉を切ると、何やらじっと僕を眺めて、それからこう言った。
「……デート行きたい子、負かして?」
何となく、だけど。ちょっと脈あるような気が僕はした。
*
そして本日の会議は終了した。
「……言い勝たなきゃ!」
やはり僕と同じようにあの空間で発言力低い側の人間である朝間さんは気合を入れて屋上を後にしていく。
それを僕は二人分の空の弁当箱を手に見送り……それから一応、協力者に連絡しておく事にした。
スマホを取り出し、協力者に電話を掛ける。途端、1コールやそこらで、その相手は電話に出た。
(早いな……)
まあ多分スマホ弄ってたから即着信に気付いたとかなんだろうね。
とか思った僕へと、その小悪魔は前置きもなしにいきなり言う。
『フラれた?……サボる?』
そしてクスクス、金子さんはからかうような笑みを零していた。
「いや、サボらない。ていうかあの、……会議に進展がありました」
『……ふ~ん』
なんとも言えない相槌を打ってきた金子さんへと、僕は言う。
「今日の罰ゲームは僕とのデートです」
『ふ~ん……』
金子さんはまた相槌を打ち、と思えば次の瞬間。クスクスと楽し気な笑みを電話の向こうで零すと、こう言った。
『……ノった』
そしてプツン、と小悪魔との情報共有は終わる。
途切れた電話を僕は眺め、それからスマホを懐にしまい込むと、青空を見上げ、呟いた。
「良し……朝間さんを負かそう」
そして、僕はグッと拳を握り締めた。
なんとも全方位全員、思惑がズレているような気がしてきながら。
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