8 明るい夜道とウチのブラ

 朝間さんと少し、仲良くなれたような気がした。ビッチの言い出した罰ゲームによって倫理観がバグり、バグった結果諸々のハードルが下がり、前より気さくに話せるようになったし、話して貰えるようになった。


 それが良い事なのかと言われると過程が間違えまくっているような気がするが、これまで知らなかった一面を知る事はできた。


 同時に壁も作られた気がする。


 どうして、ビッチ3人組になってしまっているのか。胸を見せる事すら嫌がるくらいに普通の価値観をしているのに、遊び慣れている二人と行動しているのか。


 それを聞いたら、朝間さんは帰って行った。連絡先を交換はしたけれど、そのすぐ後に。


 暗に踏み込むなって言われているような気分である。少なくとも朝間さんからしたら、踏み込まれたくない事ではあるのだろう。


 だが、僕としては気になってしまう。下世話な話だが、ただただ好奇心である。初恋の相手への好奇心。アイドルだと思っていた憧れの人への、興味。少し近づいて嫌な部分が見えて、そしてそれ以外の見ていて楽しい部分も見えた、同級生の少女への興味。


 それを抱えたまま、僕はその日を過ごして行き……そして1日の最後にはいつも、これがある。


「……ねぇ、ユキちゃん」


 スマホを弄りながら。今日も送っている夜中の帰り道。小悪魔はやはりクスクス笑みを零しながら、僕へとからかうような視線を向けて、言った。


「うまくできた?……好きな人とさ、」


 そんな、いつの間にか契約してしまったのか、あるいは篭絡されたのか。とにかく逆らう気になれない小悪魔を前に、僕はその後の顛末を洗いざらい、報告した。


 ……小悪魔の英知によって答えが得られることを、期待して。


 *


「マイがうちらとつるんでる理由?……知らない」


 もはや日常となった夜の帰り道。スマホを弄りながら、僕の話と質問を聞いた金子さんは、そんな事を言っていた。


「知らないって……どうして?」

「だってマイってそもそもミカの連れだし。ウチはミカ経由でなんかつるんでるだけだから」

「ハーゲンダッツ経由……」


 じゃあ、朝間さんともっと仲良くなるか、もしくはハーゲンダッツを買収しなければ真相にはたどり着けないのだろう。


 そんなことを思った僕を横に、金子さんは言う。


「ハーゲンダッツ?何、ユキちゃんミカの事そんな呼び方してんの?」


 …………やべえ。油断した。


「いや、ええっと……」

「別に言い訳しないで良いって。ミカだってユキちゃんの事クズ呼ばわりしてんじゃん。てか別に、その呼び方されてもミカ怒んないだろうし」

「そう?」

「うん。てか、ミカ、パッと見めっちゃ派手なだけで別に優しいし。頼んだらヤラせてくれる女だよ?しかもノリノリで」

「ノリノリなんだ……」


 まあ、ビッチだからな。ビッチだけどもはやハーゲンダッツで喜ぶ単純でわかりやすい子って言う印象の方が僕からしたら強いしな。欲望に忠実と言うか……その結果行動がビッチなのか。


 とか考えた僕を面白がるように見上げながら、金子さんは言う。


「てかさ。……ウチは?」

「え?ウチはって?」

「だからさ。ミカはハーゲンダッツっしょ?じゃあウチは?」


 ……心の中でどう呼んでるかって話か。え?それ言うの?言って怒る……気がしないなもはや。朝間さんもさっき言ってたけど、金子さん確かに、ずっと笑ってる気がするし。


「小悪魔、だけど……」

「マジ?……ウチそんな可愛い?」

「あ、好意的に受け止めるんだ……」


 とか呟いた僕を横に、やっぱりクスクス、金子さんは笑みを零す。それから、小悪魔はからかう様子のままにまた問いを投げてくる。


「じゃあ、マイは?」

「……朝間さん」

「えぇ?……なんか普通じゃん」

「普通って言われても……だって、あんまり知らないから」

「好きな人なのに?」

「そうだけど……話した事はそんなにないし」


 そう言った僕に、金子さんは不思議そうな視線を向けて、言った。


「……好きな人なのに?てかさ、なんで?」


 なんで、朝間さんが好きなんですか、だろう。


「……足速かったから?」


 そう言った瞬間、金子さんはクスクス、より面白かったのだろうか。僅かに肩を震わして笑い、呟く。


「フフ、……ユキちゃんJSじゃん……」


 JSってなんだ?……女子小学生か。


「いや、ええっと……朝間さん陸上部だったから。中学の頃」

「それで僕より足速い子に惚れた?フフ……」


 ……めちゃめちゃツボに入ってるのだろうか。ものすごく笑ってる。

 そんな金子さんを横に、僕はコホンと一つ咳払いして言った。


「中学の頃将棋部で、部室から練習風景が見えたんだ。それで、凄い頑張ってたから」


 頑張って、結果が出て喜んで、怪我で俯いてやがて校庭に姿を現さなくなってしまった。


 僅かに俯いた僕を横目に、漸く笑みを止め、金子さんは言う。


「それで好きになるの?」

「……うん」


 曖昧に俯いた僕を横目に眺め、金子さんはスマホに視線を戻して、言った。


「ふ~ん」

「ふ~んって、……それはどういうふ~ん?」

「別に。……うらやましいなって感じ?」


 うらやましい?と首を傾げた僕を横に、スマホを弄りながら、金子さんは言った。


「ウチ、好きな人とかいた事ないし」

「え?……でも、高校入ってから10人切りじゃないの?」

「だからさ。……告られたからとりあえず付き合ったって言ったじゃん?」

「……好きじゃないのに付き合ったの?」

「付き合ってから好きになるかもじゃん?結果全員フったけど」


 うん。やっぱり生きる世界が違うと言うか、僕と違って選ぶ側の人間と言うか。まあモテるんだろうな……。とか思いつつ、僕は言った。


「そしてその結果ヤリ捨て扱い?」

「ヤラせたげてるだけ優しくない?」

「いや、優しいのかどうかはちょっと諸説ある気がするけど……」

「だってみんな、結局そう言う話しかしなくなるし。付き合ったら。だから一回だけ」

「……………………」


 何となく黙り込んだ僕を横に、小悪魔はクスクスと笑みを零し、からかう様に言った。


「ユキちゃん。この話イヤ?」

「え?…………う~ん、」


 曖昧な返事を投げた僕の横で、小悪魔はやはりクスクス笑っていた。

 そして、……そこで、もはや日常となった帰り道は終わりらしい。向こうに金子さんのマンションが見えて、金子さんはそれを見上げ、それから僕に視線を向けた。


「泊まらない」

「フフ、フフフフ……」


 先んじて断ったら金子さんは肩を揺らして笑っていた。

 そして、金子さんはマンションへと歩み出し、言う。


「じゃあ、お疲れっス、ユキちゃん。マイとの会議さ、どうするか決まったら教えて?良い感じに合わせるから」

「うん。……あ、待って」


 見送りかけた所で、僕は一つ思い出し、金子さんを呼び止めた。

 それに振り返った金子さんへ、僕は制服のポケットに手を突っ込み……一瞬の躊躇いの後全ての葛藤を捨て去り、言う。


「これ、忘れ物」


 そして僕は、朝間さんが部室に置いていったあるモノを差し出した。

 水色の、女性もの下着を。


 それを真顔で差し出した僕を、金子さんはぱちくり瞬きし、暫し眺め……と、思えば次の瞬間。


「フ、フフフ、フフ……フ、フ……」


 金子さんはこらえ切れないとばかりに大きく身を揺らして笑い、軽くおなかを抑えて、その場にしゃがみ込んだ。

 ……なんか、めちゃめちゃウケてるらしい。


「そんなに笑う?……わざと置いてったんじゃないの?」

「フ、フフ……わざとだけど、」


 本当にわざとなのかよ。どんだけ僕で遊びたいんだこの小悪魔。

 とか思った僕を前に、依然お腹を押さえ、身をゆすって笑いながら、金子さんは言う。


「……ユキちゃんのポケットからウチのブラ出てきた……フフ、フフフ……」


 ……その絵面は大層間抜けに見えたんでしょうね。


「てかフフ、マイに渡せば良いじゃん……。持ち歩くとか……フ、フフ、意味わかんないし……フフ、」


 …………言われてみればその通りである。どうして僕にその発想が出なかったんだろうか。


 とか今更思い、ブラを持ったまま固まった僕の前で、漸く笑い波が収まったのだろうか。


 金子さんは、「フゥ~、」と大きく息を吐き立ち上がると、言った。


「それ、あげる。じゃあ、また明日ねユキちゃん?フフ、」


 まだちょっと笑いながら、金子さんはマンションへと歩んでいく。

 それを、僕はブラを片手に見送った。


 くれるらしい。やったね、僕は金子さんの下着を手にいれたぞ!


「……いや、貰っても困るんだけど!どうしろって言うの!?」


 叫んだ僕の前で、マンションへと歩んでいた金子さんは、突如フラ~っと軽くおなかを抑えてその場にしゃがみ込み。


「フ、フフフ……」


 ……終始笑い続けていた。

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