エピローグ

 振り返るとやっぱり、振り回されっぱなしの日々だった気がする。


 3人がテーブルゲーム部の部室を占拠して、空気にして罰ゲーム係だった僕は、いつの間にやらサークルクラッシャーまでランクアップし、その末につい先日、本当にサークルはクラッシュした。


 そしてそのクラッシュされたサークルは、けれど昨日の夕過ぎのあれこれで、修復された……のだろうか。


(なんか、……変に緊張するな)


 そんなことを思いながら、僕は小銭を入れてガコン。小銭を入れてガコン。小銭を入れてガコン。


 いつもの癖で紅茶を3本買い込んで、放課後の学校。いつの間にか7月になり真夏が近そうな暑さに包まれながら、冷たい缶を抱え込んで、部室へと歩んでいった。


 クラッシュしたサークルが多分修復された、翌日。

 数日ぶりに部室へと向かう足取りは、若干重い。


 結局、あの3人はどうなっているのだろうか。あの3人と言うか、金子さんと朝間さんの関係性はどうなったのだろうか。


 また修羅場になったりしてないだろうか?いや、流石に大丈夫だろうとは思うけれど……。


(あの部室にもはや修羅場の思い出しかない気がする)


 最後に楽しくゲームをしたのは一体いつの事だっただろうか?あのあまり褒められたものでない罰ゲームが最後に行われたのはいつだっただろうか。


 ていうか、罰ゲームはどうなるんだろうか?


 流石に前までと同じようなのを継続、にはならないだろう。そもそもあれは姉御が僕の狙いを確かめるために始めた事で、もはやそれを続ける必要はないだろうし。


 クールと見せかけて僕並みにあの空間で発言力が低かった朝間さんも多分、諸々あって前より自分の意見を出すだろうし。


 金子さんだってやめようって言い出すだろう、流石に。

 ……ていうかそもそも、金子さんはどういうつもりで最初、あの罰ゲームに乗ってたんだ?僕から見ると本当かよって疑いたくなるけれど、下ネタ嫌いらしいし。刑部さんのように男好きでもなく、言い寄られたから付き合うだけで男遊びしたい訳でもない。


 のに、最初から罰ゲームに乗っかっていた。


 やっぱり、どこか倫理観が擦れているのだろうか。それとも、


(……僕が幼馴染だから?)


 少なくとも僕の事をユキちゃんと呼んでいたのは、そう言う理由らしい。

 いやまあ、幼馴染だから下着見せても良いって意味わかんない理論だけどね。


 意味わかんない理論だけど、……露骨に小悪魔な誘惑をし出したのは、僕がその幼馴染のユキちゃんだと確証を得てからだ。


 金子さんはもしかして最初から、僕の好感度が高かったんだろうか?


 だからどうしたって感じだし、そもそも僕が幼馴染であることを忘れていた以上、それを考えたところで何かが変わると言う訳でもない。


 ちなみに、未だに僕には幼稚園の頃の記憶0である。だが、今朝母さんに確認してみた所、確かに幼稚園の頃僕は、“カナちゃん”とよく遊んでいたらしい。


 そして、“カナちゃん”がいなくなって随分ふさぎ込んでいたとか。


 もしかしたら幼い僕は、そのショックで思い出を封印したりしてるのだろうか。

 と言うか、その話を聞いた限りだと、


(……僕の初恋って、もしかして)


 ………………まあ、今となっては本当に、だから何って話なんですけどね。

 とにかくまあ、そんなことをツラツラ考えながら、僕はやがて部室に辿り着き、その扉を前に一瞬、躊躇する。


 中にもう、あのビッチ3人組はいるだろうか。いや、もうビッチとひとまとめには呼べないな。


 ビッチと元初恋の人と現恋人である。


 そんな3人は、いるだろうか。仲良く出来ているだろうか。また修羅場になってないだろうか。修羅場にはならなくても金子さんと朝間さんの間の空気が凄い冷たい感じになってたりしたら僕の胃が破裂する気がするんだけど……姉御がどうにかしてくれてるだろうか。


 ていうか、もはや僕がどうにかしろよって話な気がしなくもないけど……。


(大丈夫、だよね)


 天に祈るような気持ちで、僕は我がテーブルゲーム部の部室へと踏み込んだ。


「……失礼します」


 結局小声でそんなことを言ってしまいながら。

 そうして開いた、部室の扉。その奥に流れていた空気は、けれどこのところ毎回そうだったギスリの極みみたいなささくれだった雰囲気ではなかった。


 何なら、普通に仲良さそうである。

 今日もツインテール+黒マスク装備の金子さんへと、他の二人が何やら真剣な表情で前のめりに話している。


 姉御に関してはまあ別に何一つ危惧する理由がないからどうでも良いとして、……朝間さんも別に不機嫌そうでもない。なんか興味津々と言った具合に見える。


 恋バナでもしているのだろうか。まあ、新鮮な話題はあるだろうし、修羅場じゃないならもう何でも良いや。


 とか思った僕の耳に、3人の話の内容が聞こえてきた。


 姉御は、真剣に。あるいは深刻とも言えるような表情で言っている。


「つまり…………起たなかったのか?」


 ……いや、気のせいだろう。なんかそこだけ切り取るとそう言う感じに聞こえるだけで多分違う話ですよね?姉御?こっち見るのは良いんですけど視線を下げないでください。


 とか思った僕の耳に、何やら興味深々らしい朝間さんの呟きが聞こえた。


「えぇ……?そんな事、あるの……?ふ~ん、」


 そして僕の元初恋の人は僕の股間に視線を止めていた。

 朝間さんも、なんていうか、……変わっちゃったよね。


 とかそっぽを向いた僕の顔を眺めながら、僕の恋人は言った。


「うん。昨日の夜、ウチ結構頑張ったんだけど……」

「く…………」


 頑張って、ましたね。そうね。頑張ってるって言われると確かにずっと頑張って誘惑してたね。最終的に笑いが止まらなくなって結果そう言う雰囲気に一生戻らなかったけどね。


 とにかく、だ。

 恋バナ、……と言うか、猥談をしていたらしい一周回って結局ビッチな3人の元へと僕は歩み寄り、意見した。


「違います。……起たなかった訳ではありません」


 うん。変わっちまったな、僕も。良くも悪くも。

 まあとにかく、堂々と僕はそう言い切った。そしてそんな僕を、


「「……………………」」


 朝間さんと刑部さんは何も言わず、若干咎めるように眺めていた。


「フ、フフ、敬語……結局、フ、フフ、ビビってるし……フフ、」


 なんか一人早くもダメになってる奴がいた。

 結局笑ってる小悪魔を僕ら3人は眺め……やがて咳払い一つ、姉御が言う。


「コホン。まあ、座れよクズミ。……相談乗るぜ?」 


 流石姉御、ビッチのボスだけの事はある。恋バナの相談のその先まで守備範囲らしい。そして頼んだらヤラせてくれる女だけあって具体的な話が出て来そうである。


 が……。


「イヤだから、……起たなかった訳ではなくて、」


 言いかけながら、僕は席に付き、姉御の前にレモンティーを置いた。

 と、その瞬間、である。


「フ、フフ……」


 何やらクスクスと、面白がるような笑みを零しながら、突如として小悪魔が手を伸ばし、姉御の目の前に置かれたレモンティーをひったくって行った。


 それを何も言わず眺めた僕と姉御を横に、何やら深刻そうな表情で朝間さんが問いかけてくる。


「久住くん。もしかして……そういう、病気だったの?」

「いや、だから違くて……」


 何でもかんでも真面目に受け取らないでください朝間さん。違うからね?

 と、言い訳しながら僕は朝間さんの前にストレートティーを置いた。


 その瞬間、


「フフ、フフフ……」


 クスクス笑う小悪魔はストレートティーをひったくって行った。

 それに僕、あるいは刑部さんと朝間さんは、金子さんに視線を向ける。


 そんな視線の先。僕が買ってきたジュースを独占した小悪魔は、ふとそっぽを向き、こう言った。


「……ウチのだから」


 と、思えば次の瞬間。もはやそんな自分の行動すら面白くなってきちゃったのか、金子さんは、「フフ、」と身を震わせて笑い、そのままぐでっど椅子から崩れ落ち、床に寝転んで笑い始めた。


 それを、朝間さんと刑部さんは何も言わず眺め……僕は言う。


「そう言う雰囲気に僕がビビってたら、なんか途中で、またたび嗅いだ猫みたいになっちゃって、戻んなくて」

「また、たび、フ、フフフ……」


 金子さんは夢見心地で幸せそうである。


 そんな、完全にダメになっている小悪魔を、刑部さんと朝間さんは暫く呆れたように眺め……やがて姉御が言った。


「マイ、今日なんのゲームする?」

「ああ……なんでも良いんじゃない?」


 朝間さんはそう答え、そして二人は、部室の隅っこの棚へと歩み寄って行った。

 どうやら、もうほっとく事にしたらしい。


「つうか、罰ゲームどうするよこれから」

「うん……なんかムカついてきたし、エロいの継続で良いんじゃない?」


 なんか今ゲームを物色してる姫が闇落ちして爆弾落としたように聞こえたけど……冗談だよね?いやまあ、阻止するけどねその見えてる地雷は。仮に阻止できず言い負けた場合は全力を挙げて金子さんに罰ゲームを誘導するけどね。


 もしくは僕が負けに行くか。

 ……結局、今までとあんまり僕の行動変わらない気がするな。


 とにかく、修羅場になることはなさそうだ。別に気まずくもないし、結果この部室はいたって平和である。


 そんなことを思いながら、僕は手元に残っていた最後の一個。

 金子さんの分のミルクティーをテーブルに置いてみた。


 すると、まだクスクス笑いながら、金子さんは身を起こし、ミルクティーをじっと眺める。


 それから、


「にゃ~~、」


 と鳴きながら、またたびを嗅いだ猫はミルクティーを僕へと押してきた。


 ……他の女の子に飲み物奢るのはダメで、でも好きなモノは僕に分けてくれるんだろうか。


 そんなことを思いながら、僕はミルクティーを受け取り、言った。


「うん。……ありがとう、貰うよ」

「伝わるし……フ、フフ、フフフ……」


 そう肩を震わせながら、小悪魔はまたぐで~っと崩れ落ちて行った。

 なんというか……完全にダメになってるな、小悪魔。


 そしてこれ、多分だけど……0.02ミリ先輩のお世話になるの、当分先になるような気がする。


 まあ、楽しいし楽しそうだし、別にそれでも良いけど。


 そんなことを思いながら、僕はミルクティーのタブを開き、それを傾けた。


 ただただ、甘い。

 それが……諸々の結論にして、感想である。

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ボクとビッチとビッチとビッチ~僕のテーブルゲーム部を占拠したビッチ達が、僕を玩具に不健全な罰ゲームを始めました~ 蔵沢・リビングデッド・秋 @o-tam

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