6 小悪魔と秘め事

「ウチさ。前この辺住んでて。親の離婚で引っ越して。母親に男できて追い出されて、高校からパパんトコ来たんだけど……だから、その前。幼稚園一緒だし、割と遊んでたし、クズミ食堂遊び行ったりしたよ」


 当然のように言って、それから金子さんは呆れたような視線を僕に向ける。


「ユキちゃん、覚えてないっしょ?」

「…………はい」


 人に寄るだろうが、正直幼稚園の記憶とかまるでない。が、……


「……金子さんは覚えてたの?」

「ちょっとだけ。だから何って感じだけどさ。アレ、これユキちゃんじゃね?って思って。でも覚えてないっぽいし違うかもって。あと、クズミ食堂懐かしくてさ。バイトし始めたらユキちゃんやっぱユキちゃんじゃんって。思った」

「思ったって言われても……ええっと?」


 幼馴染だったからユキちゃんって呼んでたの?僕がおどおどしてて女の子みたいだからじゃなくて?


 クズミ食堂と言う名称が僕と結びついてなかったのは、僕が幼馴染のユキちゃんじゃないと思ってたから?もしくは、結びついてないと嘘を吐いた?

 ていうか……。


「なんで今まで言わなかったの?」

「別に言ってもしょうがないし……。だって、ただちょっと前遊んでただけだよ?だから何って感じじゃね?」

「まあ、確かに……」


 それはまあそうなんだけど……アレ?

 なんか、金子さん僕が思ってた以上に色々秘密抱えてらっしゃる?


 そんな事を思いながらただ視線を向けた僕を前に、金子さんはクスクス笑いながら、言った。


「……ちなみに今の全部嘘って言ったらどうする?ダウト?」

「いや、わかんないよもう……」


 嘘だったの?嘘じゃないよね多分。何、ダウトって言って欲しかったの?

 じゃあ言ってみようか?


「ダウト!」

「また罰ゲームか……」

「嘘じゃないんじゃん……」


 頭を抱える他にない僕を前に、金子さんはクスクス笑いながらまた考え込み……それから言う。


「実はウチ、また引っ越すかもなんだよね」

「なんでそんな重大な秘密ばっかり抱えてるの……!?」


 僕は叫ぶ他になかった。

 引っ越す?引っ越すってどういうことですか?


 と言う視線を向けてみた僕の前で、金子さんは言う。


「ウチさ。……育児放棄されてグレてるじゃん?」

「悲しいことに否定できない……」

「ソレおばあちゃんにバレてさ。おばあちゃんさ、びっくりするほどまともで。ウチんトコ来なって言ってくれてさ。あの、ホラ……ユキちゃん危機一髪の後ぐらい?」

「罰ゲームがデートの、後……?」


 それは確か、……金子さんが笑わなくなった時期と一緒か。


「でも友達大事だろうしって、高校卒業するまで今のままでも良いよっておばあちゃん言ってて。で、ウチその時色々しんどかったじゃん?ユキちゃん気になってたけどマイ狙いって聞いてたし、手伝うって言っちゃってたじゃん?でも運ゲーなら許されるかなって危機一髪したらマイが怒るしミカが全部持ってくじゃん?なんか、ヤんなるじゃん?」

「…………はい。すいません」


 何となく謝った僕を前に、金子さんは頷く。


「で、引っ越しちゃおうかなって思ってたらユキちゃんプール行こうとか言い出すしさ。今更何言い出すのって感じじゃね?流石のウチもヒスるって」

「そっスね……」


 語り口のせいで凄まじく軽い感じに聞こえるが、……それはヒスりますね。


 要約すると、だ。


 僕の事が気になりだしたけれど脈がない状態で、別のところに引っ越す話が出てたにも拘わらず僕が脈ありそうな行動取り始めた結果が諸々のアレらしい。


 そう考えると……。


(地味に僕が置かれてた状況と近い?)


 初恋の人に『マイとくっついて?』と言われた僕に近い状況に小悪魔も途中から置かれてたってことか。


 ていうか……今サラッと出てきたけど。


「……僕の事気になってたの?いつから……」

「3、」

「あ、……答えてくれないんだ。ダウトで!」


 勢いよく言った僕を、金子さんはクスクス笑わず不満そうに眺め、そっぽを向いた。

 けれど逃げはせず、小悪魔は言う。


「ユキちゃんのポケットからウチのブラ出てきた時」

「よりによってそのタイミングなの!?」

「だってウチさ……そう言うの冷めるんだよね。ウチ下ネタ嫌いじゃん?」

「じゃん?って言われても頷けないよ……。脱衣ルールって言い出したのに?さっきコンドーム買わせて喜んでたのに?」


 つい問い詰める感じになってしまった僕を前に、小悪魔は拗ねたような視線を向けて、言った。


「だから、……ユキちゃんなら良いじゃんってなっちゃったって話じゃん?」

「じゃんって言われても……」

「だってその後ちょいしんどくなったし。こいつなんでマイにお弁当作ってんのって思うじゃん?なんでウチその話聞かされてんだろうってちょいギレじゃん?」

「ちょいギレ、だったんですね……」

「ちょいギレだけど手伝わないと、だって……話する機会なくなるし」

「板挟みにしてすいませんでした……」


 おかしいな。こんな謝り続けるつもりじゃなかったんだけどな。


「ワンチャン来たかなって運ゲーしたら結局だし。ミカが持ってくし。ミカのになったんならじゃあもうウチ引っ越そうかなって思ったら急に誘ってくるじゃん?ユキちゃん何なの?……キライ」

「はい……」


 金子さん目線だとキライって言われてしかるべき行動取ってますね僕、完全に。


「しかもさ。なんか、ウチの事誘ったくせにマイと仲良さそうだったじゃん、次の日。また罰ゲームデートになるし。そう言うのウザいから罰ゲーム重くしたらさ、マイ、ノってくるじゃん?しかもさ、ウチの事誘ったくせにユキちゃんマイの事負かそうとしてたじゃん?」

「いや、アレは一旦穏便に僕が負けようとしてたんですけど……」

「ハァ?」

「はい。すいませんでした……」


 ぶっちゃけだした金子さんを前に僕は謝る他になかった。

 そんな僕を金子さんは暫し、睨みつけるのか眺めているのかとにかく見続け、それから言う。


「でさ。ウチさ。ヒスっちゃったじゃん。ウチ、ヒスるんだって思って。マジじゃんって後から思って。でも、ユキちゃんがマイの事好きって言っちゃったじゃん。だからさ、くっついてもフラれてもさ、それウチのせいじゃん?そんなん見たくないしさ。だからバイト辞めて、おばあちゃんトコいこっかなって、……思ってたらなんか今日ユキちゃんぐいぐい来たから」

「うん」


 と相槌を打った僕を前に、金子さんは言った。


「だから、とりあえず一回ヤるかって思った」

「今めちゃめちゃ展開とんだ気がするんだけど……」


 そして結果的に僕が聞きたかった話に落ち着いた気がする。

 そんなことを思った僕を前に、金子さんは少し思い悩むように黙り込み、やがて言った。


「……ヤったらキライになるかなって、思ったから」

「ヤったらキライ?」


 それはどういう理論なんだろうか。

 首を傾げる他にない僕を眺めて、金子さんは続ける。


「ウチ、キライだからさ、ヤルの。痛いし、ちょい怖いし。キライなんだけど、一回ヤったらそれしか言ってこなくなるし。だから、ユキちゃんもそうなるのかなって思って。なら、付き合いたくないじゃん?イヤじゃん、好きだったのに変わっちゃうの。付き合ってからそうなるって最悪じゃん?」


 好きだった人が変わっちゃうのが、イヤ。

 ほかの部分まで全部わかると言い切れはしないけど、その部分は僕にもわかる気がした。


 それこそ、僕の初恋を終わらせたセリフが“その子私じゃないよ”なのだから。


 神妙な顔で少し俯いた僕を眺めて、金子さんは言う。


「だから、とりあえず一回ヤろうって。返事とか付き合うとかその後で良いかなって。付き合ったのにずっとそういう事しないのもアレじゃん?申し訳ないじゃん?」

「それは、ええっと……」


 まあ、そうですね。いきなりとは思わないけどいずれ、とは思いますね僕も。


「それで、イヤだったらフろうって思って。でも、イヤじゃなかったら良いかなって。……思った」

「はい……」


 僕としては神妙に頷くしかない。

 これは告白成功してるのだろうか?失敗してるのだろうか?どっちにせよその成否が出る前に0.02ミリ先輩に頼る事が不可避の状態になってないか?


 とか思った僕を、金子さんは何やら面白がるようにクスクス笑いながら眺め、それから言った。


「てか、結局脱いでないじゃん。……ウチ今何枚脱げば良いんだっけ?」

「とりあえずマスクだけにしておかない?」

「2ミスはしてた気がする。マスクと、……どっち?」


 小悪魔はマスクを外し、僕をからかうようにクスクス笑っている。

 それを前に、僕はどうにか言い訳を探し、こう言った。


「いや、ええっと……そうだ。引っ越しはどうなったの?結局引っ越すのかどうか」

「この後決める」

「……僕と付き合ってくれるかどうかは」

「この後決める」

「…………ええっと、」


 まだ何かないだろうか。時間稼ぎと言うか言い訳と言うか、聞きたい事……。


「あ、プール……」

「……プール?」


 唐突に呟いた僕を面白がるようにクスクス笑いながら、金子さんは小首を傾げている。


 そんな彼女を前に、僕は気合を入れ直して、こう言った。


「あの、……優待券。まだ使ってないから、今度行こうよ。その、……付き合ってくれるんでも、くれないんでも。デートは、しよう?金子さんと遊びに行ってみたいから」


 そう。どっちに転んでも、だ。

 付き合ってくれるなら、ただのデートだし。


 この後僕がしくじって嫌われてそのままフラれるにせよ、……一回くらい普通に遊んで欲しい。


 そんな事を思った僕を、金子さんは暫く眺め、……それから、僅かに視線を泳がせると、クスクスと笑みを零し、こう言った。


「……行かない」


 行かない?後で決める、じゃなくて、そもそもデートしてくれないの?付き合ったとしても?


 いや、そうか……つまりこういう事だな!


「ダウト!」


 そう言い放った僕を、金子さんはクスクス笑いながら眺め、言った。


「うん。……これで、ウチ残機なくなったじゃん」

「…………墓穴堀った気がする」


 いやもう、ダウト宣言したらそうなるだろうってわかってたけどね。しなかったらしなかったでデートすらして貰えなくなっただろうし……。


 頭を抱えた僕へと、金子さんはクスクス笑いながら四つん這いに近づいてきて、それから小声でこそっと言う。


「言いにくい秘密さ。……もう一個あるよ?」


 秘密?まだあるの?今度はなんだ?

 そう視線を向けた僕を前に……本当に言いにくいのか。金子さんは僅かに視線を逸らし、小声でこう言ってきた。


「……ウチさ。ホントはもう、フる気ないよ?からかって遊んでるだけ」

「え?」


 そう、なんだ。そっか。からかって遊んでるだけか、なるほどな……。


 なんていうかこう、今躊躇う最後の理由がぶっ壊されたような気がする。


 そんなことを思った僕のすぐ目の前……シャンプーの匂いがするくらいのすぐ近くに、金子さんはぺたんと座り直し、僕の目をまっすぐ見据えると、囁いた。


「もうさ。十分遊んだ気しない?……ね?」


 どこか甘えるように、僕の理性を破壊しようとするかのような声で小悪魔はそう囁くと、瞼を閉じた。何かを、待つように。


 なんというか、どこまでも小悪魔の掌の上と言うか、完全にリードされ切ってると言うか……結局僕は流されっぱなしである。


 これで本当に良いのだろうか?いや、もうフる気ないらしいから良いんだろうけど……やられっぱなしのままで本当に良いのだろうか?


 僕の目の前で、金子さんは目を瞑り続けている。

 そんな彼女。もう彼女と呼んで良いんだろう小悪魔を前に、僕は少し悪戯をしてみたくなった。


 抑圧されてきた反動かもしれない。あるいは、……それこそこの所小悪魔に翻弄され若干歪んだ僕の倫理観のなせる技かもしれない。


 僕が少しそんな気を起こしてしまう位に、目の前にいる彼女が無防備に見えたと言う話である。


 そして、


(……これで怒られたら結局どうせフラれる気がするし)


 と言う若干後ろ向きな前向きさもありつつ、僕は無防備な彼女の胸へと手を伸ばし、だが触れる寸前、結局僕の手は止まってしまった。


 良いのか本当に?大丈夫なのか?イタズラ心っていうか下心に身を委ねて良いのか?こういう行動こそ金子さんが嫌っている奴なんじゃないのか?


 葛藤に揺れ、手を伸ばす割に触れられなかった僕の前で、チラッと金子さんが片目を開けた。


 そして真剣な表情で固まる僕と、胸の手前で止まっている僕の手を眺め……そして次の瞬間。


「ふ~ん……」


 とだけ呟き、また目を閉じた。

 そのふ~んは、なんだ?ふ~んユキちゃんもやっぱりそう言う人なんだって事?でも、結果お咎めなしってことはつまり暗喩としても直喩としても目を瞑ってくれるという事ですか?


 いやだが……と、隙あれば無限に日和ろうとする僕を前に、ふと金子さんの肩が揺れた。

 と、思えば次の瞬間、だ。


「フ、フフフ……」


 こらえきれないとばかりに小悪魔は笑い始め、……そしていつぞやのようにツボに入ったりしたんだろうか。


 やがて金子さんはお腹を押さえて崩れ落ち、ひたすら笑い続けながら、言った。


「……触れば良いじゃん、もう~~~~!」


 そして小悪魔は笑いながら、床にぐだっと倒れていた。

 そんなに面白かったんだろうか。ていうか、触って良かったんだろうか?


 本当に?地雷じゃない?……いっそ、聞いてみようか。


「触って良かったんですか?」

「敬語だし……フフ、フフフ……フ、」


 小悪魔はひたすら笑っていた。

 別に、笑わせようって意図はなかったんだけど……。


(……まあ、良いか)


 なんか安心してしまった僕を前に、金子さんは一通り笑った末に、「フゥ……」と少し苦しそうに息を漏らし、それから身を起こす。


 そして、僕と目が合った、次の瞬間。


「フ、フフ……フ、」


 こらえきれないとばかりにまた笑い始め、小悪魔は結局また力なくぐだ~と、床に倒れ込んでいった。


 とりあえずまあ、なんというか……。


(……楽しそうだな)


 そんなことを思って、笑う彼女を目の前に、僕も自然と、笑みを零していた。

 僕が好きになって、僕が見ていたいと思ったのは、……こうしてのびのび、僕で遊んでいる小悪魔なのだから。


 あるいはもしかしたら、金子さんの方からすれば今も、色々と不慣れで小心者な僕に、振り回されているような気分なのかもしれないけれど。


 とにかくその夜。小悪魔はずっと、……楽しそうに笑っていた。

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