5 ダウト
かちゃりと部屋の戸が開き、クスクス笑みを零す金子さんが顔を覗かせる。
シャワーを浴びたばかりだから当然と言えば当然だが、僅かに濡れた髪はいつものツインテールではなく下ろされていて、トレードマークの黒マスクも装備されていない。
なんだかいつもより、大人しそうな雰囲気に見える。クスクス笑う表情はどこか幼く、可愛らしい。
割に服装はすさまじくラフで煽情的だった。
部屋着なのだろうか。黒いTシャツを着ていて、そして太ももが惜しげもなく晒されている。歩く度に揺れるオーバーサイズのTシャツの裾の向こうで、水色の下着が見え隠れする。
床に胡坐を搔きながらそれを眺めた僕の元へ、小悪魔は歩み寄ってきて……けれど、その途中で、僕の前に置かれているモノに気付いたらしい。
トランプだ。
少し不思議そうな顔をしながら、金子さんは僕の向かい……トランプを挟んだ向こう側に腰を下ろすと、ふと、僕へと身を乗り出してきた。
オーバーサイズのTシャツの胸元が、僕の目の前に晒される。影になっているその奥も僅かに覗き……どうやら何にも固定されていないらしい双丘が、柔らかそうに揺れていた。
それを思わず眺めた僕を前に、金子さんは小さな笑みを零しつつ、僕のズボンのポケットを漁り、そこから取り出した何かをトランプの横に置く。
0.02ミリとデカデカ書かれた、箱。
そして大変健全な、真新しいトランプ。
それらを床の上に置いた末、ほぼ裸Tシャツな小悪魔は床にぺたんと座り込み、何も言わず、僕に視線を注いできた。
どっちにする?と言わんばかりに。
僕の答えは当然これだ。
「金子さん、トランプしようよ」
真顔で言い切った僕をクスクス笑い、小悪魔は言った。
「ユキちゃん、ビビってる?」
いや、ビビってるかビビってないかで言えばビビってるんだけどそれはそれとしてこのまま流れに任せていくとこまで行くとバットエンドが見えると言うかよろしくないと言うかそうなる前にハッキリさせておきたいんだけどそれをただ言い出した所で小悪魔に押し倒される未来が見えるような気がするからそれに抗うだけの言い訳と言うか時間稼ぎと言うかまあ要するに。
「トランプしようよ!」
「……良いよ」
ゴリ押したら小悪魔に見逃して貰えた。
0.02ミリ先輩ではなくトランプを手にした金子さんは、慣れた手つきでそれをシャッフルしつつ、言う。
「ゲームは?ババ抜き?」
「いや……ダウトとかにしない?」
そう僕が言った途端、金子さんは不思議そうな表情で、小首を傾げた。
「二人で?」
それは成立するのか、と言わんばかりだ。
ダウトとは、順番に数字を読み上げながら手札を場に出していくゲームだ。その際、言った数字と違う数字を出しても良くて、そして他のプレイヤーがその嘘を指摘するゲーム。
そしてそのゲームの性質上、二人でやるとゲームが成立しない。自分の手札から相手の手札を完全に逆算出来てしまうのだから。
だから、……別のルールを足そう。
「うん」
と頷いて、僕は金子さんの手からトランプを取ると、手札を配り始める。
お互い、5枚だけだ。5枚だけ手札を配って、それ以外の山札は脇に置いておく。
そうすれば、少なくともゲームの最初は、お互いの手札がわからない状態になる。
その辺の事情を、金子さんはどうやらすぐ理解したらしい。
「ふ~ん……」
とか言いながら、手札5枚を手に取り、それを眺めて……やがて、クスクス笑みを零しながら、言う。
「……脱衣ルール?」
「え?いや違……コホン。別の罰ゲームにしようよ!」
「うん」
勢いで訴えたらまた見逃してもらえた。どうやら小悪魔は機嫌が良いらしい。
とにかく、ノってくれるなら、このまま行こう。
「ダウト宣言に失敗したら、山札から場に出てるのと同じ枚数引いて、ソレ+追加で……言いにくい秘密を言う。逆にダウト宣言成功しても、同じ罰ゲーム」
「+脱衣?」
「イヤだから脱衣は……」
「ウチさ。今残機2なんだけど……3ミス目どうしたら良い?」
脱衣ルールで3ミス目ってそんな、そんな言われても僕は0.02ミリ先輩に救いのまなざしを向けるほかにない……じゃなくて。
「脱衣ルールはなし!」
「じゃあ、やらない」
3回目は勢いでも見逃してもらえなかった。
ていうか、やっぱり、どう転んでも……。
(“ヤリ捨てのカナコ”から逃げられない……?)
いや、もうこの際脱衣ルールでも良いか。うん、金子さんの残機が尽きる前にっていうか残機2ってもうほぼ尽きてるじゃん残機。Tシャツ脱ごうが下を脱ごうがどっちにしろクライマックスじゃん。
ノるのか、この勝負に。勝負って言うか誘惑って言うか……。
結局変なところで葛藤する僕を眺め、それから金子さんは何か思いついたと言わんばかりに「あ、」と声を上げると、勉強机へと歩んでいく。
そして、何かを手に取った金子さんはそれを装着し、僕の目の前にまたぺたりと座り込んだ。
裸Tシャツ……+黒マスク装備の金子さんが。
(残機が増えた!?)
しかもズボンとかじゃなくて黒マスクなんだ。
驚きなのか呆れなのか自分でも良くわからない感情に揺れた僕の前で、金子さんは手札から一枚カードを手に取ると、それを場に出し、言った。
「1、」
(しかも始まっちゃった……?)
これ本当に脱衣ルール追加されてるんだろうか。
いや、だが始まってしまった以上今更やめようと言うのは僕のポリシーに反すると言うか正直心のどこかで育まれた倫理観の歪んだ僕が脱衣ルールを喜んでいる部分はあるんだけどそれはそれとして流される訳には……。
などと胸中無限に供述し続けながら、僕はカードを場に出した。
「2」
「ダウト」
……結構ガンガン来るな、金子さん。まあ、ほとんどの数字が山札にあるルールだから、確率的に嘘ついてる可能性の方が高いしね。
だが、である。
「……残念だったね、金子さん」
そんな呟きと共に、僕は今場に出したカードを表にする。
そこに掛かれていた数字は、2。ハートの2のカードだ。
そう。葛藤の末僕は偶然手札にあった数字を無意識にかつ正直に何も考えず出してしまったのである。
要するに……。
(いきなり残機潰しちゃった!?)
何してるんだ僕は。ドヤってどうする。違う、こういう事をしたかったんじゃないのに思った以上に小悪魔がガンガン来るから……。
頭を抱える僕を前に、小悪魔はクスクス笑いながら山札からカードを引き、それから、言う。
「ウチ罰ゲームか……フフ。じゃあ、ユキちゃん。どれ脱いでほしい?」
しかもこれもはやどう転んでも僕の負けじゃん。一向にこっちのペースにできない……イヤだが、だからと言って流され続ける訳には行かない。
「その前に!」
「後で脱がしはするんだ……。ふ~ん、」
「……いや、あの。そうじゃなくて!」
とにかく勢いで対抗しようと試みつつ、僕は言った。
「もう一つの罰ゲーム。……言いにくい秘密を教えてください」
そしてその罰ゲームを盾に、『実は僕今、“ヤリ捨てのカナコ”にビビってるんです』と白旗を上げると見せかけて核心に迫りその流れのまま真意を確かめようと僕は画策している訳である。
だから、本来なら僕は負けなければならない。
にも拘わらず勝ってしまった。
そして、勝ってしまった僕を前に、金子さんは山札からカードを引きながら、言った。
「ウチらさ。幼馴染だよ」
なるほど。それが金子さんの秘密か。どうやら、あわよくば負けた金子さんが自分から真意を白状してくれはしないかと言う僕の甘えは見事打ち砕かれたらしい。
しかし、幼馴染だったとは……。
……………………。
「へ?」
呟く他にない僕に、金子さんはクスクス笑いながら、イタズラっぽく言った。
「覚えてないっしょ。……ユキちゃん?」
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