4 告白とクロスカウンター
夕暮れの最中を歩んでいき……やがて、僕は駅へとたどり着いた。
西口。コンビニ……遠目に見えたそのロータリーを横に歩んでいく僕の足取りは、一瞬重くなった。けれどすぐさま気合を入れなおし、免罪符を胸に、僕は約束の場所へと歩んでいく。
(失敗しても、良い)
コンビニが近づく。その傍にいる人影が、視界に入る。
約束を破ったりはしなかったらしい。まあ、僕が呼び出したんじゃなくて刑部さんが遊びに誘ったんだから、来ない訳がないんだろうけど。
それでも、その姿を前に僕は安堵し同時に緊張し、歩み寄って行く。
夕暮れの最中、コンビニの明かりを背に、その子は今日も……退屈そうにスマホを弄っていた。
放課後当てもなくふらついていたりしたのだろうか。着ているのは学校の制服のままで、茶髪のセミショートをツインテールのようにまとめている。
やっぱり装備されている黒マスクのせいで、その表情は良くわからない。けれど、……つまらなそうな目をしているような気がした。少なくとも笑ってはいない。
僕は気になって仕方がなくなったクスクスと言う笑みを、零してはいないだろう。
そんな、僕が選んで呼び出してもらった少女。話したいと思った子。
彼女の元へと歩み寄り、僕は声を掛けた。
「あの、……金子さん」
そう呼びかけた瞬間、ちらっと、その少女――金子さんの視線がスマホから持ち上がり、だがすぐ、その視線はスマホへと逃げて行く。
そして、金子さんの口から吐き出される言葉は、シンプルだ。
「……サイアク」
騙して気分を害してしまったらしい。僕と会いたくなかったのだろう。
僕も、会いたくないから部室に行かなかった。顔を合わせるのが気まずかった。
けれど、……だからって逃げ回るのはやめたのだ。
だから僕は、吐き出された言葉にひるまず、声を掛ける。
「騙す感じになって……ごめん。刑部さんに頼んで、呼び出してもらったんだ。あの、……金子さんと話したかったから」
金子さんは返事をしなかった。視線すら寄越してこない。完全に無視である。完全に無視ではあるが……。
(……逃げないんだ)
何となく、僕はそんな事を思った。てっきり、僕の顔を見た瞬間逃げ出すかと思ってたけど、そういう訳でもないらしい。
返事はない。視線も寄越さない。だが、その場に突っ立ったまま。
少なくとも話は聞いて貰えそうだ。なら、話そう。
「ええっと……」
話そうとは思うけれど何を話そうか。結局言葉がまとまり切らないままにこの場に辿り着いてしまって、どう話して良いかわからない。
話したい事は色々ある気がする。聞きたい事も色々、ある。どうしてどうしてどうしてと、金子さんの近頃の行動は、僕には唐突で難解すぎる事ばかりだ。
けれど、別に問い詰めたい訳じゃない。そう、相手の事情を聴くんじゃなくて、僕の話をしよう。僕の事情を押し付けよう。
そんな風に考えると、極論、僕がまず言うべき言葉は一つしかなかった。
だから僕は一つ息を吐き、一向にこっちを見ようとしない金子さんを前に、心の中で免罪符を握り締める。
(失敗しても良い)
そして、どこか後ろ向きな前向きさに縋りついたまま、僕は言った。
「僕……多分、金子さんの事好きなんだと思う」
……言おうとした瞬間に結局僕は日和って曖昧な言葉になってしまった。
だが、言い切りはした。
一番伝えたかったことだ。これでフラれたら……うん。しょうがない。わからないわからないって逃げ腰のまま何もせず自然消滅よりずっと良い。
流石に緊張が勝って口の中が乾いたままに、僕は金子さんを見据えた。
その視線の先で、金子さんは何も言わない。こっちを見ようともしない。
やっぱり、今更な話だったんだろう。もっと早く言ってたら、……もっと早く僕が自分の本心に向き合っていたら、もっと違ったのかもしれない。
けど、……それならそれで仕方ない。失敗しに来たんだから。
一番伝えたくて一番言い辛い言葉は言った。あとはもう、何を言っても良い。少なくとも僕の気分的には。
背を押されているのか追い詰められているのかわからないが、なんだか僕にしてはちょっと強気になれて、更に言葉を継ごうと僕が口を開きかけたその瞬間。
ちらりと、金子さんは僕へと視線を投げて寄越した。
そして目が合った瞬間、金子さんは真横へと視線を逃がしていく。
ちょっとラグがあったけど、リアクションがあった?僕が黙っていたからだろうか。
そんな事を考えた僕の前で、金子さんはまた視線をスマホに戻し、そして次の瞬間。
ツカツカと、どこかへと歩み出した。
…………え?逃げるの?今から?
「あ、ちょっと待ってよ!」
と、追いかけようとした僕の視線の先で、数歩も歩かず、金子さんは直角に曲がった。
そして曲がった金子さんの前で自動ドアが開き、聞き覚えのある入店メロディが流れ、金子さんは自動ドアの向こうに踏み込んでいく。。
(どうして、コンビニに?)
逃げてるんじゃないのだろうか。どうして袋小路に自分から入って行くんだ?
……まあ良い。微妙に言動の意図がわかり辛いのにはもう慣れてる。
とにかく僕は金子さんを追いかけてコンビニに入り、微妙に不審そうな視線を向けながらも「いらっしゃいませ~」とあいさつを投げてくる店員さんを横に、声を上げる。
「あの……迷惑かもしれないけど、聞いて欲しいんだ」
「…………………」
やはり、金子さんは完全無視だ。完全に無視したまま、雑誌コーナーの方へと歩んでいき、そのまま飲み物のケースの方へと、曲がる。
そんな金子さんを追いかけながら、僕は言葉を継ぐ。
「ええっと……帰り道。食堂から送って帰るの、僕その、楽しくて。ええっと……」
「…………………」
いざ言おうとすると結局言葉がまとまり切らず、言い方はちぐはぐで曖昧になってしまう。
そんな僕へと、金子さんは振り返る気配なくずんずんとコンビニの奥へと進んでいき、飲み物コーナーを抜け、カップ麺コーナーを抜け、お弁当の横を抜けていく。
「金子さんずっと笑ってたから。それでその、僕も楽しかったって言うか……笑わなくなったの、気になっちゃって。それで、」
「…………………」
どうにかこうにか言葉を継いでいく僕へと、やはり金子さんは振り返らなかった。
ただただ進んでいき、丁度一周。特に何を買うでもなく商品を見るでもなくぐるっとコンビニの中を一周して、レジの真横を素通りしていく。
そんな金子さんと僕を、店員さんが不審そうに見ていた。何やってんだこいつらと言わんばかりに。
すいませんあの、ご迷惑なのは重々承知してるんですが今回は見逃して……じゃなくて。
「あの、」
と、また言葉を継ごうとする僕の前でふと、金子さんが立ち止まった。
ドアの前だ。入店メロディーを鳴らしながら、コンビニの自動ドアが開く。
が、そうして開いたドアの向こうに金子さんが逃げて行くことはなく、ただその場で立ち止まり、ひたすらスマホを見続けている。
そんな金子さんを前に、僕は言った。
「その時にその……僕、金子さんの事好きなのかもしれないって、ちょっと、思ったんだ。だから、」
と、僕が言いかけた瞬間、金子さんは動き出す。
コンビニの外へ、……ではない。また直角に左側に曲がって、また雑誌コーナーの方へと、金子さんは歩み出していく。
………………もう一周するの?
いや、とにかく多分、まだ話を聞いてくれるってことなんだろう。なら、いやもう、良いよ振り回してもらって。
「だから!……だから、誘ってみようと思ったんだ、デートに。遊びに誘ったら笑ってくれるかなって、思って。あの、……刑部さんに言われたからって言うのも、嘘じゃないし、今だって刑部さんに背中を押してもらって――」
言葉を継いでいく僕へと、コンビニ2週目の中間あたりで、金子さんはふと足を止めた。そして一瞬だけちらりと、金子さんは僕へと視線を向けてくる。その視線は、なんだか……不機嫌そうである。
照れ隠し?それとも本当に不機嫌なのか?僕なんか失言してただろうか今。それとも単純についてこられるのが鬱陶しいのか?
とりあえず瞬きする他なかった僕に、金子さんはまた背を向ける。
そして、飲み物コーナーを超えた辺りで、金子さんは今までと逆方向。コンビニ一周ルートとは真逆の方向へと曲がり、その先にあった扉の奥へと、姿を消した。
パタンと閉じた扉には、各種ポスターと共にこんな張り紙が貼ってあった。
“ご利用前にスタッフまでお声がけください”
そう、要するに……。
(……トイレに、逃げ込まれた?)
それは、ええっと……どうしろって言うの?まさかついて来いってことじゃないよね、流石に。
じゃあついてくんなって事?それとも普通にトイレ行きたかったの?あるいは鬱陶しいから一端トイレに逃げ込んだ上でストーカー扱いで警察呼ぶとか?
(…………どうしろって言うんだ)
とりあえず出てくるまで待とうか。それで金子さんが来る前にポリスメンがやってきたら……超詳細に事情聴取で長々語ってやろう。僕の失恋話を。
とか思いつつ、レジから身を乗り出してこっちを眺めてくる店員さんの視線に耐えながら僕は飲み物コーナーを眺め続け……と、その内、だ。
僕の懐でスマホが振動した。取り出してみると電話が来ている。
どうやら逃亡中の立てこもり犯にも、対話の意思はあるらしい。
ならば要求を聞こう。
僕はすぐさまスマホを耳に当て、……その瞬間、小悪魔は言ってきた。
『マイは?』
そして、小悪魔は黙る。それで要求終了とばかりに。
マイは?……朝間さんの事好きだったんじゃないのか、と小悪魔は言いたいのだろう。
そう当たりをつけ、僕は言った。
「朝間さんの事も、好きだけど……」
プツン。と、立てこもり犯との交渉の糸が途切れた。どうやら、また失言だったようだ。
……ていうか今のは僕も自分で失言だってわかるよ。わかるんだけど……。
「……話の途中なのに、」
そこで電話切られたらどうしようもないよ僕にはもう……。
と、睨みつけるスマホが、また震えた。
瞬間、僕は通話に出て、すぐさま言い換え、言い直す。
「好きだったけど……金子さんの方が好きになったんだ!」
これでどうだ?失言じゃないだろう?
半分自棄になってコンビニの隅っこで愛を叫んだ僕の耳に聞こえたのはけれど、またプツンと言う音だった。
一応スマホの画面を確認してみる。案の定電話は切れていた。
「…………だから、これ以上どうしろって言うんだ」
いや、ここでやられっぱなしのまま終わったら今までの僕と同じだ。電話を切られたら、かけ直せば良いだけだろう!?
なんかちょっと変な前向きさになって来つつ、僕は通話ボタンを押しスマホを耳に当てる。
そしてそのまま待機音を聞き、待機音を聞き、待機音を聞き……。
(出てくれないんですね……)
金子さんが電話に出ることはなかった。
それに僕は肩を落とし、だがその瞬間だ。僕の手でスマホが振動した。
すぐさまスマホを耳に当てた僕。そんな僕の横で、ふとガチャっと音を鳴らし、トイレの戸が開く。
そしてそこから漸く姿を現した金子さんは、ちらっと僕を横目に見て、スマホを耳に当てると、こう言った。
『喉乾いた』
あ、はい。買えって事ですね飲み物。それは良いんだけど……。
「どうして電話越しに」
プツン、と通話は途切れた。そして電話の切れたスマホを眺めながら、金子さんは僕の横を素通りし、コンビニの出口の方へと歩んでいく。
だからもう、何がしたいんだ一体……とか言ってる場合ではない。
「あ、ちょっと待ってよ!」
と声を上げつつ、僕は飲み物棚からミルクティーを手に取り、すぐさまレジへと向かった。
早く会計を済ませて追いかけないと、逃げられかねない。そう焦りつつレジに商品を置いた僕の前で、コンビニの店員さんは特に焦る様子もなく普通にミルクティーをレジに通し、それに少し焦れ、“早くしてください”とかクレーマーみたいなことを僕は言い出しそうになり……。
だが、そこで、だ。
コト、と言う音と共に僕の横合いから手が伸びて、レジの上に一つ商品が追加された。
四角い箱である。拳位のサイズの箱。何やら0.02と言う数字がまるで謳い文句かのようにデカデカと印刷されている。6個入りだそうだ。
突如としてレジに置かれたそれを前に、僕は固まった。そして、そんな僕の横で今その箱をその場に置いた人物は、
「フ、フフフ……」
面白がるような笑みだけ零し、コンビニを後にしていく。そして、自動ドアの向こうで足を止めると、何やらその場でスマホを弄り始める。
どうやら、逃げないらしい。逃げないっていうか……。
(……アレ?僕が逃げられなくなった?)
硬直した僕を前に、店員さんは何事もなかったかのように言った。
「お客様のお会計、1175円になります」
ミルクティーが150円位だから、その0.02ミリな箱は、大体1000円位するらしい。
「結構、高いんですね……」
「もっと安いのもありますよ?」
「いや、あの……それで良いです」
なんだか急に肩身が狭くなったような気分になりながらも、僕は財布を取り出し、代金を支払った。
そして、コンビニの中心で小悪魔に愛を叫んだ結果、僕は手に入れた。
ミルクティーと…………コンドームを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます