4 ジジ抜きⅡ 破綻

 ゲームは進んでいく。


 僕とのデート、そしてノーパンたくし上げを罰ゲームにした絶対に僕が負けなければならないゲームが。


 今、テーブルに残っているのは3人。三者三様別々の思惑を持った3人だ。


 手札の枚数は朝間さんはまだかなり多い。次が、僕。そして僕に勝つよう誘導されている金子さんの手札は、だいぶ減ってきている。


 ちなみにハーゲンダッツは部屋の隅っこでしゅんとして正座していた。


 さっきちょっと露骨に僕を負かそうと大きくリアクションを取り過ぎて二人に怒られたのだ。


 金子さんに『ミカ邪魔』って言われて朝間さんに『大人しくしてて』って言われて姉御は俯いていた。


 ボスを黙らせるほどの圧が、今の二人から放たれているのだ。


 そもそも不機嫌だった、金子さん。

 そんな金子さんを負かそうとしながらも、リアルラックが足りないと言うか普通に不運で手札が減らずそろそろ眼前に罰ゲームがちらつきだして唇を引き結んでいる朝間さん。


 二人の圧は今尋常ではない。

 空気の重さも尋常ではない。

 だが、もう頼みの綱の姉御はいない。


 それでも僕は、立ち向かわなければならない。カウントし続けた自分の記憶力を信じて、戦い続けるしかない!


「…………」

 僕の手札を引くたびに、何か疑うような視線で、かつ不機嫌そうに僕を睨む小悪魔と。


「………………うぅ、」

 僕が手札を引いていき、普通にペアが揃って僕の手札が減ってしまうたびに、なんか不憫さが加速していく手札の減らない姫と。


 戦わなくては。そして負けなくては……そう心に決めて実際に行動に移しながら、ゲームは進んでいった。


 そしてリーチに辿り着いた者が、現れる。


「……なんで?」

 呟くのは金子さんである。呟きながら、揃った札を場に捨てる。そして、金子さんの残り札は2枚。その2枚の内一枚を朝間さんが引き抜き、残り1枚。


 リーチになった手札を、金子さんは依然不機嫌そうに睨んでいた。

 そしてまた手札が減らなかったらしい姫は「うぅ、」と鳴いていた。


 ……朝間さんどうして途中イカサマ使ってまで負けに行ってる僕より手札多いの?どんだけ勝負弱いの?


 いや、姫への接待は後だ。まずは金子さんを上がらせよう。その次に朝間さんを上がらせれば良い。


 その決意の元、


「うぅ……」


 呻き太ももをもじもじさせている朝間さんから、僕はカードを引いた。

 そうして手元に来たカードは、揃わない。というか……。


(さっき、金子さんが僕から引いたカード……)


 運が回ってきた気がする。天が僕に負けろと囁きかけている気がする。

 そう、これでわかったのだ。金子さんの手札、最後の一枚が。


 カウントしていた成果である。渡した札をカウントし、場に捨てられた札ともう一度回ってきた札を記憶した結果、もちろん毎回できる訳ではないが、今回はわかった。


 そして、僕の手札には、金子さんを上がらせる札もある。


 金子さんは僕に不機嫌そうな視線を向けて、早く引かせろとばかりに手を伸ばしてくる。


 それを前に、僕は自分の手札の中から一枚――ダイヤの3を上にずらして持ち、それを金子さんへと向けた。


 途端眉を顰めた金子さんを前に、僕は言う。


「クローバーの3でしょ、残ってるの。……これ引いたら上がれるよ?」

「ハァ?」

「僕とのデート嫌なんでしょ?これ引いたら罰ゲーム回避できるよ」


 言い放った僕を前に、金子さんはひたすら不機嫌そうに、眉を顰めていた。


 心理戦だ。そう、僕は小悪魔に心理戦を仕掛けた。小悪魔を上がらせるために。


 別に、まだ僕の手札は多い。これに失敗してももう何度か勝負時は来るだろうし、だから布石だ。挑発した場合にノッてくるかどうか、確かめておきたい。


「……………なんで?」


 いろんな意味で僕に裏切られたと感じているのだろう朝間さんは、そちらもまた苛立たし気に呟いている。


 だが、朝間さんを上がらせるのは次だ。今は、金子さんとの勝負。


「ウチの事負かしたくないの?見たくないの?」


 僕は何も答えなかった。


「……ウチとデートしたいんじゃないの?」


 そう問いかけると同時に、金子さんの苛立ちが揺らいだ気がした。もっと別の感情に。

 不安か、寂し気か。……どこか困ったような表情にも見える。


 どうしてそんな表情をするんだ。断ったのはそっちだろう。キライとは言ったけど行かないとは言ってないとか、そう言いたいのか。そんなの、わからない……。


 僕は、沈黙を貫いた。口を開いたら文句を言ってしまいそうだったから。


 そんな僕を、金子さんは暫く眺め……そして、僕が答えなかったからだろうか。


 金子さんの表情にまた苛立ちが宿る。同時に、金子さんは僕の手札へと手を伸ばした。


 カッとなったのだろうか。苛立ちに駆られて深く考えることなく、ただただ挑発に乗ることにしたのだろうか。


 金子さんが引いていったカードは、……僕が上にずらしていたカード。


 ダイヤの3だ。それを引いていった金子さんは、揃ったのだろう手札を見つめ……それから力なく、その札を場に出す。


「……どうして、」


 小さく、金子さんは呟いていた。どうして……負けさせてくれないのか、だろうか。それとももっと別の事を言いたかったのか。


 いや。今はもう、これで良い。とりあえず金子さんの罰ゲームは回避した。次は、朝間さんをどうにか負かせれば……。


 そう考え、視線を朝間さんに向けようとした僕の耳に呟きが聞こえた。


「……結局、マイ狙いなんじゃん」


 酷く力のない呟きだ。それを耳に、朝間さんに向けかけていた視線を、僕は戻す。

 そんな僕の目を、金子さんは昏い目で睨み上げていた。


「じゃあ、なんであんな事言うの?……何?ミカで味占めた?軽い子で遊びたくなった?」

「そういう訳じゃ」


 言いかけた僕を前に、突如、金子さんはバンとテーブルを叩き、言う。


「じゃあ!……何?なんで?ウチ、どうしたら良いの?マイの事好きって言ってたじゃん。そう言うの、うらやましかったから、応援……」


 最初だけ苛立ち紛れに強かった声が、どんどんと弱くなっていく。

 僕を睨みつける金子さんの視線も、下がって行き……そして、だ。


「え?」


 僕は、戸惑いに呟いた。

 ポタリポタリと、水滴がテーブルに零れていた。


 泣い、てる?


 驚きにただ硬直する僕の前で、力なく金子さんは呟いた。


「応援しようと、思ってたのに。途中から、しなきゃって……どうでも良かったのに……」


 そして次の瞬間、金子さんは僕と目を合わせようとしないままに、足取り荒く部室を後にしていく。


「あ?……おい、カナ?どうした?待てって、オイ!」


 出て行った金子さんの後を、刑部さんがすぐさま追いかけて行った。

 それを、突然の事に感情や思考が追い付かず、僕はただ見送っていた。


 泣い、てた……?なんで?僕が金子さんの罰ゲームをなしにしたから?デートを嫌がっているように見えたから?


 ただ固まる僕へと、言葉が投げられる。


「久住くん。追いかけないの?」

「え……、」


 朝間さんは問いかけていた。金子さんと真逆に、さっきまでの強張りを忘れたような、冷静な表情で。

 それを前に、……僕は応えられず、俯いた。


 追いかける?追いかけた方が良いのか?追いかけてなんと言ったら良い?なんで急に泣くんだ。どうして、……そもそも、何を考えてたんだ?キライって言ってたじゃないか。照れ隠しってイラつき方じゃなかっただろう。罰ゲームに余計なモノ追加して、何がしたかったんだ。


 わからない、わからない、わからない。……そう唱えて僕は逃げているのかもしれない。事なかれと、優柔不断に。


 けれど、だ。いつの間にやら、優柔不断に逃げていられる状況は、終わっていたのかもしれない。


「……そっか」


 朝間さんが呟く。手札を置いて、冷静な視線で僕を見据えたまま。

 そして、朝間さんは問いかけてきた。


「じゃあ、質問して良い?あの……私の事好きって、どういう事?」


 どんな結末になるにせよ、……ゲームが終わる言葉を。

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