3 ジジ抜きⅠ ノーパンと喜べない僕

 状況を整理してみよう。


「ゲームどうする?またババ抜きで良い?」


 僕の真向かいに腰かけた金子さんは、手遊びのようにトランプをシャッフルしながらそう言っていた。どこか挑発的に、かなり機嫌が悪そうに。


 なぜそこまでイラついているのか、僕にはわからない。昨日プールに誘ったらキライと言われた。嫌いな僕が同じ空間にいるからイラついているのだろうか。


 けれど、金子さんの苛立ちはもっぱら、朝間さんの方に向いているような気がする。


 今、金子さんが睨みつけているのも朝間さんだ。


「良いよ、なんでも。負けないから」


 金子さんの視線を真正面から受けながら、僕の右隣の朝間さんはそう返していた。

 決意十分、闘志十分な様子で。同時に、やはり恥ずかしいのか顔は強張り頬は僅かに赤く、テーブルの下で足がもじもじと落ち着いていない。


 やはり、朝間さんにとって今日の罰ゲームは相当重いんだろう。だと言うのに、朝間さんは挑発に乗っていた。それだけ挑発に苛立ったのか、あるいは僕と金子さんをデートに行かせたいのか。


 そもそもこういうエスカレートをさせないための手段が、それだったんじゃないのだろうか。


 そして、そんなことを考える僕の左隣には、特に照れた様子はなく、だが若干視線を泳がせている刑部さんの姿があった。


「なんか大分ギスってね?おい、クズミ。どうなってんだ?お前結局どっち誘ったんだよ。なんでまた景品になってんのお前」


 こそっと気安い調子で、刑部さんは僕に耳打ちしてきた。

 その瞬間、睨み合っていた朝間さんと金子さん、二人の視線が鋭く刑部さんへと突き刺さる。


「お、おお……。矛先アタシにも来んのかよ。つうかそこまでギスんならそこで争わねえで直接行けよお前ら」


 姉御が言った瞬間、悪魔と姫は両方不機嫌そうに視線を逸らしていた。


 流石姉御。一撃で黙らせてる。やはりこのグループのボスは姉御なんだ……。

 とか言っている場合でもない。


 このゲームにおける敗者の罰が僕とのデート、だけだったらまだ健全だったのだが、そこにもう一つ不健全な罰ゲームが追加されてしまっている。


 負けたら、スカートをたくし上げて見せる。

 そして今、このテーブルに付いている少女たちは全員、ノーパンである。

 

 エスカレートが大分極まりつつあるし、そして僕にとってそれは役得……。


(……じゃないよね)


 見たくないと言ったら嘘になるが、この罰ゲームが遂行されてしまうとその後凄くぎくしゃくするような気がする。


 朝間さんとは……もしかしたら口をきいて貰えなくなるかもしれない。そもそも僕の事が嫌いらしい金子さんとも、何となくそれで終わりになるような気がする。


 姉御だけはなんか結局関係性変わらない気がする。いつの間にか僕の中で姉御への信頼感が凄い事になってる気がする。そしてびっくりするほど好きとか嫌いとかそう言う感情が浮かばない。姉御は姉御である。


 とにかくだ。今日、今この瞬間に関しては、僕はこの状況を役得と思えなかった。勝って一瞬良い思いをした後に失う物が大きすぎる気がする。


 だから、今日の僕のスタンスは勝たない事だ。


(僕が負けよう。僕が最下位になって一端場を流そう。その後刑部さんにお願いして、どうにか穏便に……)


 他力本願である。問題を上に投げる接客の癖が出てしまっているのだろうか。

 いや、そもそも今この場でやめようと僕が声を上げれば終わる話なのだろうか。


 そう、俯いた僕の真向かいで、やはり不機嫌そうに金子さんは言った。


「でも、ババ抜きこないだやったし。近い奴にする?」


 そう言って、金子さんはシャッフルしていたトランプの中から、カードを一枚テーブルに投げた。


 ジョーカーである。ジョーカーを抜いたトランプをシャッフルし、そしてその上から一枚を裏向きのまま、テーブルの端に置いた。


 そして、金子さんは残ったトランプをまたシャッフルし、4人にそれぞれ手札を配り始めながら、言った。


「これ、なんて言うんだっけユキちゃん」


 ……ジジ抜き、である。


 *


 ジジ抜きとは、大体ババ抜きと一緒だ。ただ、ババ抜きと違い最後に余るカードがジョーカーではなく、裏向きに置かれた札と同じカードになる。


 要は、どの数字がジョーカーかわからない状態で進行する、ババ抜き。

 そう聞くとひたすらシンプルだが……。


(やっかいだな)


 僕は無駄にババ抜きを極めているし、ジジ抜きでもある程度強いはずだが、……ジョーカーがどれかわからない。


 極論、ババ抜きだったらジョーカーを握り続ければ狙って負けることはできるだろう。だが、最後に余る札がどれかわからないのでは、それを狙って手札に握っておくことは難しいし、何よりもう一つやっかいな点は……。


「久住くん。……はい、」

 そう言って朝間さんが僕へと手札を差し出してくる。やはり罰ゲームを重く見ているのか強張った表情で。


 そうして差し出された手札の中から、まだゲームは序盤だからと、僕は適当にカードを一枚引き抜いた。


 そして揃った数字を記憶しながら場に捨てて、手札を次の番の人……刑部さんへと向ける。


 ……そう。もう一つやっかいな点は順番である。この間は、僕の手札を朝間さんが引くと言う順番だった。だから朝間さんの手札の内容をある程度把握できたが、今は逆。僕が朝間さんの手札を、引く。


 朝間さんの手札の内容はまるで把握できないのだ。僕が一番コントロールしづらい位置に朝間さんがいるし、逆にコントロールできるのは出来れば最後の方にまでゲームに残っていて欲しい姉御。


 姉御を狙って負かすことは出来るかもしれないが、それをすると安牌の枠が一つ減る。けど、負かさないと金子さんと朝間さんの争いに介入しきれないし……。


(とりあえずカウントして、ジョーカーを絞ろう。イヤ、待てよ……?)

「う~ん……。どれ引こっかな~」


 僕の手札を前に姉御……いや、ハーゲンダッツは何やら悩んでいた。

 それを前に、僕は皆に問いかけてみる。


「あの、ちなみになんだけど。僕が負けた場合の罰ゲーム、今日もハーゲンダッツで良い?」

「「良いよ」」


 その言葉の後に『どうでも』と付きそうな勢いで、お互い何やら睨み合いながら、朝間さんと金子さんは答えていた。


 どうやら了承は得られたらしい。そして、そのやり取りを耳に、


「ほう……」


 ニヤリと、ハーゲンダッツは笑った。そう、ほっとくと勝手に行動する自立型スタンド“ハーゲンダッツ”が今、僕を負かそうと思ったはずだ。


 いやもう今となっては刑部さんが本当にそんなシンプルに動いてるのかどうかすらわからないけどね。思ったより色々考えてたから姉御も。


 とにかく、僕の思惑を知ってか知らずか、姉御は僕の手札を一枚引き抜きながら、小声で言った。


「任せろ、サークラ」


 そして様になる仕草で、ウインクしてくる。

 どうやら姉御は、僕の意図を理解して行動してくれるらしい。なんかもう一々変にかっこ良いな姉御。ていうか、サークラって……。


「「…………」」


 僕にウインクしてくる姉御を、ビッチグループの二人が一瞬、睨みつけていた。


 なるほどな。僕は空気からサークルクラッシャーまでランクアップしたらしい。


 そうですね。そんなつもりなかったんです……。


 とか思いつつも、ゲームは進んでいく。前はちょいちょい金子さんが挑発したり、朝間さんが困り切ったりと賑やかで楽し気だったが、今日は殺気立った空気のまま、手札を引いて、揃った傍から場に出していた。


 そんな胃が痛い空気の最中、やがて大分早い段階で、一人目が上がった。


「……ハーゲンダッツ!3個!」


 それって3人分ってことですよね?まさか働いてやるからアタシに3個寄こせよなって話してませんよね姉御?


 まあとにかく、手札のなくなった刑部さんは席を立ち、黒いパンツを指で回しながら、全員の手札を把握するようにテーブルの周りをクルっと回って行く。


 ……いや、履こうよパンツ。もうゲーム終わったんだから。別にもう、好きに生きて頂いて構いませんけどね。


 とにかく、

(……スタンドが解き放たれた)


 ちなみに刑部さんが最初に上がった理由は、この間朝間さんにやっていたのと同じような方法である。渡す札をカウントして上がりやすいカードを渡したのだ。


 かつ、今回は完全に契約状態。ダメなカードを引こうとしたら強く手札を握り締める事により姉御に引いてはいけない札だとわかって貰った。


 その結果が……


「ショコラと、ストロベリーと……マジかよ、期間限定2種類?え~、どうすっかな……」


 スマホガン見して報酬として僕に買わせるアイスの味を選ぶスタンドの完成である。


 姉御?働いてください。


「あ。……カナとマイの分それにして交換すれば良いのか」


 姉御?その平和なアイスの取りかえっこできる空気にする為に貢献してくださいよマジで。このギスった空気でその提案本当に二人に出来る?


 ……出来るからこの人がボスなんだろうな。


 遠い目をした僕に、……刑部さんにばっかり視線を送っていたからだろうか。


「「……………」」


 不機嫌そうな視線が二つ突き刺さってくる。


「あ、ええっと……」

「次さ、」

「久住くんが引く番」


 なんで息が合うの、こういう時だけ。いや、……こういう事言ってる場合じゃないよな。


 気分を切り替えて、朝間さんが差し出す手札から僕はカードを一枚引く。

 そして、僕は手札と視線を金子さんに向けた。


 そう、次に手札をコントロールするのは、金子さんだ。出来るかどうか怪しい気はするけど……癖を意識的に消すのは難しいだろうし、僕が札をカウントするババ抜きガチ勢とまでは、金子さんも知らないはず。


 それに何より……僕は今小悪魔達を束ねる魔王と契約している。


 金子さんはやはり不機嫌そうに僕の目を眺め、それからその視線を僕の手札へと向けた。


 その瞬間――テーブルの端っこで姉御が動いた。


 能天気にアイスの味を選んでいたと見せかけて、やっぱり考えがあって動いているのだろうか。姉御はテーブルの端に置かれた裏向きの札に、さっと手を伸ばしている。


 ジョーカーに当たる札が何か探ろうとしているらしい。凄いぞ、自立型スタンド。やっぱり姉御は頼りになるんだな。


 と、僕が思うのも束の間。


 裏向きのカードへ向けられた刑部さんの手を、明らかにそっちじゃなく僕の手札見てるはずなのに、金子さんがバシッと叩いていた。


 そして、手を叩かれインチキするなと言外で怒られた魔王は、


「……はい」


 ちょっとしゅんとしてうろうろし始めた。

 ……頼りにして、良いんだろうか?本当に?もしかして僕は契約する相手を間違えたのか?


 いや、だがまだだ。ジョーカーに当たる札はわからないが、僕の手札を見て引いてはいけない札を教えることは出来るはずだ。

 それに仮にハーゲンダッツの助力なしでも……。


(上がらせれば良いんだ。金子さんも、朝間さんも、僕が誘導して)


 金子さんが僕の手札を引き、ペアが出来たのかそれを捨てる。そうして札を捨てた金子さんの手札から、朝間さんが札を引く。朝間さんは揃わなかったらしい。そして朝間さんは強張った視線と手札を、僕へと差し出してきて……。


 同時に、朝間さんの背後に、3人全員の後ろを取って手札の内容を把握している姉御が、止まった。


 僕は迷う様に、朝間さんが差し出す手札の真上で、手を動かす。動かすその手の下にあるカードを刑部さんは珍しく真剣に眺め……やがて、だ。


 グっと、姉御は親指を立てていた。朝間さんの背後で、しかも影になって金子さんから見えない位置で、僕へとハンドサインを送ってくる。


 それに従い、僕は手札を引き抜き……そして引いた札は、僕の手札になかった数字。


(良し。ほぼ確実に負けられる……)


 負けなければならない。サークルを完全にクラッシュしてしまわない為に。


 今日、全力を挙げて、僕は負ける。負けてみせる。

 このジジ抜きで!


 ……やっぱり罰ゲームとか抜きに普通にゲームしてるだけでも面白いんじゃないかな。


 あるいは、もっと軽い罰ゲームとかでも。

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