2 嘘吐きとエスカレート
結論から言うと、結論が出なかった。
朝間さんが金子さんに勝てるゲームの話である。
いや、勝つ確率だけならどんなゲームにも一応あるのだが、確実に勝てるとなると……。
(……金子さん妙に強いからな)
地頭が良いのか、人間観察が得意なのか、あるいは強運なのか。
あの小悪魔がゲームで負けている姿は僕にはいまいち想像しづらかった。まして僕が勝つのではなく、戦うのは朝間さん。
なんというかこう、空回りが多いと言うか、微妙に人間観察力に劣ると言うか、ずる賢さに欠けると言うか、ゲームに関してはポンコツと言うか。
(……そもそも、金子さんを負かすだけなら僕がやれば良いんじゃないのかな?)
また、罰ゲームを僕とのデートにする。それが、朝間さんの画策している事だろう。ならそれって結局、金子さんが最下位になれば良いんだから、僕が勝てば良いだけで朝間さんが勝つ必要は別にない。
という事に気付かないと言うか多分そこまで頭が回り切っていない辺りテーブルゲームの弱そうなマジメさである。
そんな諸々を考えながら、午後の授業が終わって放課後。
いつものように紅茶3本を抱えて部室へと歩む僕へと、丁度通りかかったのか、朝間さんが声を掛けてきた。
「あ、久住くん!考えたんだけどね。私……オセロ強いよ!親戚の間で評判だった!」
「……そうなんだ」
申し訳ありません姫。もはや接待してる親戚一同しか僕の脳裏には浮かびません。じゃなくて、
「……1対1で戦うの?」
「なんで?」
イヤなんでって言われても……とちょっと呆れた僕を横に、朝間さんは首を傾げ、それから僕の抱える紅茶を眺めながら、言った。
「あ。……ああ、久住くんが勝てば良いのか。で、私が負けなければ良い?」
「まあ、一応ね」
「でもその気合だと結局私負けそうじゃない?」
「気合の問題なの……?」
悲しい事に負けそうと言う疑惑には全く持って同意してしまうけど。
なんというか……姫、変なところで体育会系引きずってますよね。
とか思った僕を横に、朝間さんは僕の抱える缶ジュースの内の一つを手に取ると、言った。
「だから気合的には……私は今日カナに勝つ!挑みます!」
そう言い放つ朝間さんの手にあったのは、いつものストレートティー……ではなく、ミルクティー。
いつも金子さんが飲んでいるそれを手に、朝間さんはグッと拳を握り締め、言う。
「私は泥棒猫になる!」
それ僕に言われましても……。
紅茶の話?別の話?う~ん……。
(コメントしづらいな、色々)
とか思った僕の横で、気合十分な様子で朝間さんは進んでいき、やがて部室に辿り着いた。
「よし、」
ミルクティーを手にした朝間さんは小さく気合を入れ、そのままガラッと部室の中へと踏み込んだ。
部室には、先客が一人。今日も黒マスクを装備している小悪魔がテーブルに付き、スマホを弄っていた。
部室には顔を出すらしい。昨日、僕の事キライと言っていた割に。
結局アレは、朝間さんの言う通り照れ隠しだったのだろうか?なら……。
(もう一回僕が誘ったら、済む話なのかな)
また逃げられるかもしれないけど。それなら、……諦めれば良いだけの話だ。
「…………………」
何となく僕は俯き加減で、そんな僕へと、金子さんはちらりと視線を向けてくる。
そして、そんな金子さんへと泥棒猫はミルクティーを手に歩み寄って行き、言った。
「カナ!……今日の罰ゲームも、」
朝間さんが言いかけたその瞬間。妙に鋭いと言うか、機嫌悪そうな視線を金子さんは朝間さんに投げ、その手にあるミルクティーを睨みつける。
「ソレ。……ウチのなんだけど」
照れ隠しって話はどこに行ったんだ?完全に不機嫌一辺倒である。
そんな小悪魔を前に、朝間さんは一瞬動じながらも、勇敢に挑みかかって行く。
「紅茶の事?……別に、決まってなくない?私、ミルクティー飲みたい気分なの」
「カロリー気にしてたんじゃないの?太るんじゃない、ミルクティー飲んだら」
「………………たまになら良いじゃん」
おお、言い返してる。どうやら今日の朝間さんの決意は本物らしい。
様子を伺う僕を前に、朝間さんはミルクティーの封を切り、金子さんに睨まれながらそれを一口傾けると、やはり挑みかかるように言った。
「カナ。今日の罰ゲームの話しよ。聞いてるでしょ。ミカ結局プール行かなかったんだって」
「……だから、何?」
小悪魔の声には大分険がある。やはり機嫌が悪そうだ。
ミルクティーを盗られたから?それとも、キライな僕が部室に来たから?
様子を眺める僕の視線の先で、朝間さんはまた前のめりに、こう言った。
「だから。……今日の罰ゲーム。こないだと一緒にしようよ。負けたら、久住君とデート」
そう朝間さんが言った途端、金子さんは更に機嫌を悪くしたように朝間さんを睨みつけ、それから、睨む視線を僕へと移す。
と思えば、金子さんの視線はそのままそっぽへと逃げて行き、やがて小悪魔は小声で呟いた。
「ソレ、……罰ゲームになるの?」
僕とのデートは、罰ゲームにならない。そう、小悪魔は言っていた。
じゃあなんでキライって言ったんだ。どうして逃げた?本当に照れ隠しだったのか?
そう考えた僕の前で、朝間さんは言う。
「罰ゲームになるんじゃないの?聞いたよ?だって……断ったんでしょ、カナ。久住くんに誘われたのに」
そう言い放つ朝間さんに、金子さんはどこかうるさがるような視線を向ける。
「ウチは、イヤだよ。ユキちゃんとデート」
その言葉に、僕は俯いた。わかってはいたが、何度も何度も突きつけられると、やっぱりちょっとしんどい。
なんていうか、最近僕こんなんばっかりな気がする。どっちも結局脈がないと言うか、……やっぱり僕選ぶ立場じゃない気がしますよ、姉御。
そんな風に俯いた僕に、朝間さんはちらりと視線を向け、それから金子さんに言う。
「じゃあ、罰ゲームになるんじゃないの?」
「なんないじゃん。フェアじゃないし……だってマイは嫌じゃないんでしょ?」
「え?」
「だってこないだ負けても良いって言ってたじゃん。ユキちゃんとデート行きたいんじゃないの?でも、誘ってもらえないからゲーム言い訳にしようとしてるんじゃないの?」
今度は逆に金子さんの方が、挑みかかるような視線を朝間さんに向ける。
その視線、あるいは言葉にたじろぐように、朝間さんは呟いた。
「そういう訳じゃ、ないけど……」
「てかさ、別にわざわざ変える必要なくない、罰ゲーム。今まで通りブラとか見せれば良いじゃん。ああ、それとも何?それじゃもう刺激足りないって愛しのユキちゃんが言ってた?」
どこか挑発的に、笑うように目を細め、金子さんは朝間さんを見上げていた。
だが、クスクスと言う声は聞こえない。ただ挑発の為に笑うような表情を浮かべただけで、……楽しそうではない。
ひたすらイラついている。そんな雰囲気に見える。それを目の前に、朝間さんは言っていた。
「別に、愛しじゃ……」
いや言いかけた、だろう。その朝間さんの言葉を遮るように、金子さんはどこか破滅的な目で、言った。
「じゃあ、刺激増やせば良いじゃん。お高く止まってないでさ」
そして金子さんは立ち上がると、ちらっと僕へと視線を向け、自身のスカートの中に手を入れた。
たくし上げる、という訳ではない。むしろその逆だろう。ひらひらと揺れるスカートの奥で、水色の布地が白い太ももの上を滑り、引き下ろされる。
「え?」
僕は思わず戸惑うような呟きを漏らし、だが僕の視線は正直だった。
ひらひらと、危うく揺れるスカート。その奥には、今……何も身に着けていないのだろう。
金子さんは特に恥じらう様子はなく、ただ苛立たし気に挑発的に、今脱いだその下着を朝間さんに見せる。
それを前に、朝間さんは顔を顰めて、呟いた。
「なに、してるの?」
「わかるっしょ、普通に。……ほら、ユキちゃんめっちゃこっち見てるし」
その言葉と共に、金子さんの視線がまた僕に向いた。
もはや小馬鹿にするような視線だ。それを僕に注ぎながら、脱いだ下着をその辺に雑に放り捨て、小悪魔は言ってくる。
「こっちのほうが楽しいよね、ユキちゃんも。デートとか、正直めんどくさいでしょ?」
めんどくさいなんて、思わない。僕は、ただ……遊びに連れ出したかっただけだ。
最近笑ってなかったから。遊びに行ったら笑ってくれるかと思った。
先日そう言った結果が、『キライ』。
俯いた僕をちらりと、朝間さんは眺め、それから言う。
「流石に、やりすぎじゃない?」
「なんで?だって上はこないだ脱いだじゃん。次は下じゃん?」
「そう言う問題じゃ、」
「てか、そっか。……これだと処女には重すぎ?ウチには軽すぎる?じゃあマイが言った罰ゲームも追加しようよ。負けたら見せて、デート。それだとフェアじゃない?」
そんなことを言い放ち、それから金子さんは、部室の隅の棚へと歩み寄ると、そこからトランプを取り出す。
「てか別に、負けなきゃ良いだけじゃん?それとも何?やっぱりマイ負けたかったの?言い訳欲しかっただけ?なら、ウチの事利用しないでよ。普通に誘ったら良いじゃん。ああ、その度胸ないんだっけ?フラれる気がする?自信ないんだ。だからずっとダイエットばっかしてるんでしょ。何?劣等感?」
もはや小悪魔ではない。悪魔だ。苛立ちのままにだろう、心ない言葉で金子さんは挑発を投げ続け……それを前に、朝間さんは苛立ってきたのだろうか。
唇を引き結び、テーブルに付いた金子さんを眺め……それからちらっと、僕へと視線を投げると、言った。
「負け、なければ良いんだもんね」
そして次の瞬間、朝間さんもまた、スカートの中に手を入れた。
「あ、朝間さん……?」
「久住くん。ちょっと、むこう向いててくれる?」
「え?でも……」
そもそも、こういう事態を避けるために、僕と金子さんをくっつけようとしてたんじゃないのか。
そう思った僕を強く、半ば睨むように見据えて、朝間さんは言った。
「むこう向いてて?」
「あ、うん……」
うん、じゃないだろう僕。明らかにやりすぎだ。止めるべきだろう。
そう思いはするが、……結局僕は流れに逆らえず、その場に背を向けて、壁を眺める。
壁を見続けた僕の背後で、僅かに衣擦れの音が響き、……しばらく経って、朝間さんは言った。
「良いよ、もう」
声に、ゆっくりと振り返る。部室の隅っこに、見覚えのある黒いストッキングと白い布地が置かれていて、落ち着かない様子で僅かに頬を朱に染めている朝間さんは、……素足を晒していた。
ひらひらとミニスカートが揺れている。その奥には今、何も身に着けていないのだろう。
思わず視線を向けた僕を朝間さんはちょっと文句ありそうに眺め、だが、その口から出た言葉は文句ではなかった。
「見せないからね?……負けないから」
そして、朝間さんはその視線を、テーブルに付いている悪魔へと向けた。
思い通りに朝間さんを乗せたはずなのに、やはり機嫌が悪そうな金子さんへと。
なんか……誰も得しない気がする。いや、僕だけ得するのか?
得、なのか?もうどう転んでも関係性がぎくしゃくするのに?下心がない、とは今更言えない。けれど……。
役得極まるような状況ではある。そのはずだが僕は俯き……と、そこで、だ。
「ウ~っス、」
そんな軽い声と共に部室の戸が開き、このグループのボスがこの場に姿を現した。
刑部さんだ。もうちょっと早く来てくれれば、刑部さんなら止めてくれただろうか。いや、今からでも……。
と、期待の視線を向けた僕を横に、刑部さんは部室の中に散乱する下着と、所在なさげな朝間さんに視線を止め、呟いた。
「あ、なるほど……」
そして刑部さんは躊躇なくスカートに手を突っ込み、今日も黒だったらしいその下着を脱いでいた。
…………ダメだ、姉御も結局ビッチだった。
「いや、あの。刑部さん。……止めてよ」
「え?だって、今日そう言う罰ゲームなんだろ?罰ゲーム言い出したのアタシだし……アタシが逃げんのはダメじゃね?」
違います姉御。責任感と面倒見の良さを向ける方向を間違えてます。
軽く頭を抱えた僕を横に、刑部さんは当然のように恥じらいゼロで脱いだパンツをくるくる回し、……そこで、朝間さんと金子さんの間に流れる空気が不穏なことに、今更気づいたらしい。
「ああ~、ああ?」
察したのか、察しきれていないのか。とにかく呟いた刑部さんは、ふと僕の肩を叩くと、小声で言った。
「なんかギスってんな。……とりあえずさ、一端アタシ狙いにしとけよ。それがなんか穏便っぽくね?」
それはそれでデートの件が振り出しに戻るんです、姉御。
とか思った僕を前に、刑部さんはグッと親指を立て、言った。
「別にアタシは見られたぐらいじゃ怒んねえぜ、クズミ?」
姉御肌にビッチが追加された結果相変わらず器のデカさが凄まじい。
そして、
「「……クズ、ミ?」」
部屋のボルテージが1段上がり、空気が1段冷たくなったような気が、僕はした。
なんというか……もはや全部裏目である。
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