3 『サボれば良いじゃん。授業なんて』

 チャイムが鳴ると同時に、僕は屋上に踏み込んでいた。


 当然サボりだ。普段授業サボったりはしないけれど、……そう。言われたからサボった。呼び出されたから来た、だ。


 僕を呼び出した相手は、屋上の隅っこでフェンスを背に膝を畳んで座っていて、歩み寄って行った僕へと視線を向ける事すらなく、言ってきた。


「このお弁当さ」

「…………………」

 相槌を打たない。打つ気にすらなれない。そんな僕に、金子さんはちらっと視線を向ける。


「作ったのユキちゃん?……やるじゃん、定食屋の息子」


 その見え透いたお世辞に、僕はまた何も答えず……そんな僕を眺めて、金子さんはクスっと笑みを零すと、面白がるように言った。


「ユキちゃん何拗ねてんの?」

「な、べ、別に、拗ねてる訳じゃ、……ないよ」

「ふ~ん。じゃあ何?言っちゃいなってユキちゃん」


 そして、金子さんはまたスマホを弄り始める。なんていうか……。


(ホント軽いな)


 軽く睨んだ僕の前で、けれど金子さんは特に気に留めた様子もなくマスクの下でクスクス笑みを零し、自身の横の地面を軽く叩いていた。座れ、ってことだろうか。


 ……流石に真横に座る気にはならず、だがそもそも抗えているならここに来るはずもなく、僕はため息と共にフェンスを背に座り込む。身体3個分くらい金子さんから離れて。


 そして、そんな僕の行動すら面白がるように、金子さんはクスクス笑みを零し続け、それからふと、抱えた膝に頬を置き、僕へと視線を向けると、問いかけていた。


「で?……ユキちゃんどう失敗したの?」


 まるで、僕の失敗など予想通りで……そしてその通りに転ぶ僕が面白いと言わんばかりに、クスクス笑みを零しながら……。


 *


 そして僕はそのクスクス笑いに抗えませんでした。はい、なんかもう良いですよ笑っていただいて。ええ、その通りです拗ねてます僕は。初恋の人に助けを求められながらフラれると言うなんかテクニカルな失恋をしたので。腹いせに授業サボってやろうと思います。


 実際にそう言った訳ではないが心境的にはそれに近い投げやりさで、僕はこの昼休みを洗いざらい吐いた。


 朝間さんがダイエットしてて、カレー食べてるだけで幸せそうで、その辺は楽しかったけど最終的に叩き落されました、と。


 あらかた話し切った僕を横に、金子さんは頷き呟く。


「なるほど……」


 と思えば次の瞬間、クスクスからかう様に笑いながら僕へと言う。


「じゃあとりあえずウチと付き合う?」

「いいえ。付き合いません」


 きっぱり言った僕を前に、金子さんはクスクス楽しそうに笑い、言う。


「ウチもフラれたんだけど……フフ、」

「……僕の不幸がそんなに面白い?」

「いや、別に。ふ~んって感じ。フフ……」


 そう笑みを零し、それから金子さんはスマホを弄りながら、言う。


「てかさ。……別にさ。そうなって当然じゃね?」

「当然って……どういう事?」

「だってそうじゃん?マイからしたらさ、なんか勝手に惚れられてる他人じゃん?てか惚れられてるとかすら知らない訳じゃん?ほぼ他人だけどエロい目で見てくる男っしょ、ユキちゃんてマイからしたら」

「……………………ク、」


 反論する余地がない。

 歯噛みした僕を横目にクスクス笑い、金子さんは続ける。


「それが脈ないって言うかさ。……虫みたいに思われててもしょうがなくない?」

「……虫、ですか……」

「いや、虫以下?空気だと思ってるみたいな?」

「……僕の傷口弄って楽しいの?」


 そう睨んだ僕を横に、金子さんはふとぼ~っとスマホを眺め、それから次の瞬間、ちらっと僕に視線を向けると、言う。


「……楽しいかも」


 そしてクスクス笑みを零す。……どんだけドSなんだこの黒マスクは。


 あまりにも楽しそうな悪意の化身を前に僕は何も言えず、そんな僕を横に金子さんは言う。


「てかさ。だからさ……フラれて当然って話じゃん?だってマイはユキちゃんに興味ない訳だし?」

「……凄い容赦なく傷口抉ってくるよね」

「だって……関わりなく急に告られても正直キモいだけじゃん?」

「凄いぶっちゃけるよね……」

「ウチはとりあえず付き合うけど」

「……それはそれでどうなんだって気はするけど」

「でしょ?」

「…………どうして僕は丸め込まれてるんだ!?」


 おかしい。ただただ傷口抉られてるのかと思ったらなんか納得せざるを得ない感じになってる。なんでなんだろう。僕が間違っているような気がして来た。


 倫理的に金子さんの行動が間違っていると思うとそれがそのまま僕自身へのカウンターになると言う罠。


 それに引っかかり頭を抱えた僕を依然クスクス眺めて、金子さんは言う。


「だからさ、別に脈なくてもしょうがないんじゃね?そこスタートでどうするかの方が大事じゃね?」

「あれ?……なんか僕励まされてる……?」

「だからさ、こっからっしょユキちゃん。こっから気に入られるように頑張れば良いゃん?脈ないのは当然としてさ、こっからさ。私の男、ってマイがウチらに主張する感じになれば良くね?」

「……うん」


 なんか結論としてすげぇ励ましてくれてるんだけどこのビッチ。意外と親身に考えてくれてるのだろうか?


 とか考えた僕の横で、金子さんはクスクス笑いながら立ち上がると、呟いた。


「まあ、マイもマイでちょっと性格悪い気がするけど……」

「え?」


 視線を上げた僕を前に、金子さんはどこか悪だくみするように目を細め、僕を見下ろしながら言った。


「ユキちゃんさ。……今日も部室来るよね?」

「え……ええっと、」


 正直行きたくないと言うか、朝間さんと顔を合わせたくない。


 近頃は下心に負けている分はあるけれど、そもそもあの僕のカーストが限りなく低い空間に行っていた理由は、朝間さんがいたからというのが大きい。


 だから今は、行きたくない。そう答えに窮した僕を前に、小悪魔は悪だくみするようにクスクス笑いながら、言った。


「来なよ。……楽しくしとくから」


 そして面白がるような表情のまま、金子さんは屋上を後にしていった。


 ……楽しくしとく?って、どういう意味だろうか。金子さんが僕と朝間さんの間を取り持って、場を盛り上げてくる?いや、ないな。絶対そんなことしないだろあの小悪魔。


 じゃあ、楽しくしとくって?楽しいゲームを選んで置くってこと?もしくは……。


「…………罰ゲーム?」


 そう考えると、どうしてもちょっと、邪に期待してしまう僕がいた。さらに過激になるのか、エスカレートするのかと、……期待してしまう。良くない事だとわかっていながらも。


 悩みながらも一人屋上に座り込み、それから少し経って、僕は気付いた。


 僕の横に何かが置かれている。何か、と言うか弁当の入った包みである。諸々の誘惑の果てに洗いモノが返却されてきたらしい。


 一応確認してみると、中身は綺麗になくなっていた。金子さんは本当に気に入ってくれたらしい。


「……早起きして作って良かったな~」


 いや、絶対そんな事言ってられる状況じゃないと思うんだけどね。


 なんていうかね。そうだね。なんか不本意ながらも、僕は小悪魔に翻弄されている内に平常を装えるぐらいには回復してしまったらしい。


『このままエスカレートしてくと、困るって言うか……わかるでしょ、久住くん』


 初恋の人はそう、困ったように言っていた。暗に、その気すらなく僕を袖にしながら。


『来なよ。……楽しくしとくから』


 小悪魔はそう笑っていた。多分、エスカレートさせる気なんだろう。

 だが、小悪魔はこうも言っていた。


『こっから気に入られるように頑張れば良いんじゃね?』


 僕に今すぐ出来る、初恋の人に気に入って貰えそうな行動は、明白だろう。そもそも最初から、正しい行動はずっと明白なのだ。


 明白だけど……悩んでしまう。僕は気弱で、出て行ってくれと言い出せなくて、そして今はもう。


『……楽しくしとくから』


 クスクス笑う小悪魔に、倫理観がバグらされてしまっているから。

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