2 初恋の人と婉曲な失恋

 チャーハン。コロッケ。カツカレー。ハンバーグに唐揚げにとんかつにクリームコロッケに、かつ丼。


(かつ率高くない?)


 そんな雑に男の子が好きそうなカロリーの塊がテーブルに並んでいて、料理の群れの向こう側には、なんだか凄く深刻な表情で悩んでいる朝間さんの姿があった。


 手招きされたから寄って行って、座ってと言われたから向かいに腰かけ……そんな僕の前で、元陸上部はカロリーの群れを前に黙り込んでいる。


 どういう思考回路の末金子さんがこの行動をとったのかはわからないが、アシストはしてくれたんだろうし、これは朝間さんと仲良くなるチャンスだ。


 そんなことを思いつつ、僕は声を掛けてみた。


「あの、朝間さん。この料理は一体……」

「カナがね」

「あ、はい……」

「食堂行こうよって、誘ってきて。お腹空いたって言って、めちゃめちゃ頼んでさ。頼むだけ頼んで、……頼んだのカナなのにさ。カナが、急に、……胸焼けしてきたからいらないってどっか行って……」


 朝間さんはわなわな震えていた。心なし涙目にも見える。なんていうか……。


(振り回されてるんだろうな……)


 朝間さんの気持ちがわかるような気が僕はした。なんせ、僕も振り回された結果今だしね。

 と思った僕の前で、朝間さんは深刻そうな顔で続ける。


「私、こんなに食べれないって言うか、食べたくないって言うか……カロリーカットしてるのに」


 わなわな震える朝間さんの手元にはサラダがあった。なんだか涙ぐましい努力を前に小悪魔が面白がってカロリーの塊を置いていったんだろうか?


 困り切った様子の朝間さんは僕に視線を向け、言う。


「残すのも、良くないでしょ?だから、どうしようと思ってたら、……知ってる男子が来たから」


 知ってる男子。……限りなく他人に等しい表現だがまあ、それが現実だから仕方ないよね。

 とにかく、


「僕が食べたら良いの?でも、この量は僕も流石に……。あ、ちなみに、朝間さんはこの中で好きな料理とか」

「ない。……食べる訳には行かない」


 朝間さんは苦し気にそう言っていた。……実は食べたいんだろうか。カロリー制限とか言ってたし、ダイエットしてるんだろうか。朝間さん痩せてるし、必要ないと思うけど……。


 と思った僕の前で、朝間さんは苦し気な視線をカツカレーに向けていた。

 カツカレー好きなんだろうか。と言うか、聞いてみようか。


「カツカレー……」

「キライ」

「あ、そうですか……」


 返答が異常に速かった。多分、食べたいんだろう。


「あの、……コロッケとかはさ。タッパーに入れて貰って。丼モノだけ食べたら良いと思うんだけど、流石にチャーハンとかつ丼とかつカレー全部一人で食べるのは無理だから、どれか一つ……」


 と言いかけた僕に、朝間さんは鬼気迫るような視線を向けてきて、と思えば次の瞬間、両手で顔を覆いわなわなしながら、呻くように言った。


「……かつが邪魔」

「じゃああの、カツだけ僕貰おうか?」


 そう言った僕を朝間さんは涙目で睨み、悲し気に言った。


「どうしてそんな酷いこと言うの……?」

「え?いやあの……酷い事言ってるつもりは、ないんだけど」

「やっぱり、クズだったんだ……」

「そこまで言われるような発言僕今した……?」


 まあ、普段と言うか部室での行い的には糾弾されてもおかしくない気はするけど。

 と思った僕の前で、朝間さんは突如、キッと僕を睨みつけ、こう言った。


「久住くんが悪い!」


 そして次の瞬間、朝間さんはさっと、テーブルに置かれたカツカレーを引き寄せると、その勢いのままスプーンを手に、カレーを一掬い頬張り。


「ん~~~~~っ!」


 幸せそうににんまりしていた。

 ……なんていうか、本人が幸せならそれで良いんじゃないかな。と、思った僕の前で、ニコニコしていた朝間さんはゆっくりとその表情を強張らせていき、それからふと力なくスプーンを置くと、また、最初のように葛藤に沈んだ表情で、呟いた。


「この一口が私をダメにする。うぅ……」


 やっぱりダイエット中なんだろう。でも、カツカレー一杯食べたくらいでそんな変わらない気がするし……。


「……食べた分ジョギングしたり」


 僕が言った瞬間、朝間さんは僕を睨みつけた。今までの冗談めかしたものではなく、本当に不機嫌そうに。


 ……何を言ってるんだ僕は。それは禁句だってわかっただろうに。


「……ごめん」

「なんで謝ってるの?別に、良いよ。……久住くんが悪い!」


 そして、朝間さんは気を取り直すように、僕が悪いと言いながらカレーを口に運び幸せそうに微笑んだ。それから、朝間さんは言う。


「久住君も食べたら?チャーハンとかつ丼は久住くん担当ね。後、油モノは全部持って帰ってね?」

「あ、うん……」


 頷き、僕もチャーハンとかつ丼を引き寄せ、食べ始める。まあ、このくらいなら多分、食べきれるだろう。


 そんなことを思った僕を前に、朝間さんはカレーを食べ切ることにしたらしい。パクパクと次々、カレーを口に運んで行き……その途中でまた手が止まった。


 今度はなんだろうかと眺めた僕の前で、朝間さんはカツカレーを見ながら数秒静止し……と思えば次の瞬間。箸を手に取り、カツカレーに乗っていたカツを何も言わず僕の手元のチャーハンの上に全て移動させてきた。


 そして、……油モノを排除して気兼ねがなくなったのだろうか。


「ん~~~~~っ!」


 幸せそうな笑みを零しながら、朝間さんはまた、カレーをパクつきだした。


 ……陸上やれてた頃は、気兼ねなく全部食べてたんだろうか。

 ていうか、……ぱっと見の印象程クールな人じゃなかったらしい。


 そんなことを思いながら、僕は朝間さんから預けられたカレーのついたカツを口元に運んだ……。


 *


 カレー味のカツは食べ切った。かつ丼も、どうにか食べ切った。チャーハンは後半分くらい。その後半分が、重い……。が、食べきれない事もないだろう。


 定食屋の息子として、食べ物を残す訳にはいかない。

 と言う気合の元、僕はチャーハンの残りをどうにか食べ切り、「フゥ、」と大きく息を吐いた。


 そんな僕へと、朝間さんは「お~~~、」とか言いながら軽く拍手してくれる。

 なんていうか……。


(頑張って食べて良かったな!)


 満腹もあるだろう。幸福感が僕を包み込んでいた。なんだか癒される気がする。そんなことを思って椅子に深く座り込んだ僕を前に、朝間さんは席を立ち、言う。


「タッパー、貰ってくるね?」

「あ、うん……」


 と頷いた僕をその場に、朝間さんは食堂の受付へと歩んでいった。

 その後ろ姿を僕は何となく眺める。なんていうか、凄く平和な日常である。


(同じ高校ってわかった時、話しかけてたら……)


 毎日こんな平和で当たり障りのない日々だったりしたのだろうか。と言うとまるで僕が激闘の日々を送る悲しみを背負った主人公か何かのようだが、……倫理的に激闘の日々を送っている事は間違いない。いや、激闘って言うか僕、役得とか定食屋で培われた諦めの精神とかで戦ってはいないんだけどね。葛藤はしてるけど。


 そんなことをぐるぐる僕は考え、同じようなことを……ではないだろうが、目下の悩みは立場は違えど同じなのだろうか。


 貰って来たタッパーに揚げ物類をまとめた末、朝間さんはまた僕の前に腰かけ、僕へと声を掛けてきた。


「あのさ。……せっかくだから。正直に聞きたいんだけど」


 そこで言葉を切り、朝間さんは真剣な視線を僕に向け、こう問いかけてきた。


「久住くん。……カナと付き合ってたりする?」


 ……………?

 なんか、切り口が予想と違うんだけど。


「え?いや別に、そんなことないけど……」


 戸惑い僕は答え、そして朝間さんは言う。「じゃあさ、」と前置きして。


「……カナと付き合ってくれない?」


 そうして僕は唐突かつめちゃめちゃ婉曲だが、事実として、その昼休み。

 ……初恋の人に、フラれた。


 *


 原因はやはり、あの部室である。


「このままエスカレートしてくと、困るって言うか……わかるでしょ、久住くん」


 初恋の人は困ったように、そう言ってくる。


「良くないでしょ?罰ゲームとか。私が嫌って言えば済む話かもしれないけど……今更言い出しづらいし。だから久住くんに追い出してもらおうって、ちょっと思ったけど……久住くんも言い出せないでしょ?」


 初恋の人は同意を求めるように、そう言ってくる。


「それでね。ミカとカナさ……争わないようにしてるんだよね。同じ男狙わないようにって。それで、カナさ。多分、久住くん狙い始めてると思うし……久住くんがカナとくっついたらさ。ミカも、罰ゲームやめようって言うと思うんだよね。だからさ」


 どういう経緯で、あの二人と知り合ったのか知らない。朝間さんは二人とつるんでいて、二人が男遊びが激しいから、まとめてビッチのレッテルを貼られているだけだ。


 けれど、そんな二人とつるんでいる以上、本人の自覚なく自分の身を守る打算が回るようになっているのだろう。


「だから、お願い。……カナと付き合ってみてくれない?」


 倫理観がバグっているのは、僕だけじゃなかったらしい。


 別に告白したと言う訳でもない。思いの丈を伝えた訳でもない。

 ただ、初恋の人が自分の身を守るための打算が、あまりに、僕に脈のない言葉だっただけだ。


 その初恋の人の言葉に僕はうまく返事が出来ず、やがて予鈴と共にその昼休みは終わった。


「別に、無理強いする気はないから。しばらくは私も我慢するし。だから、その……考えておいて?」


 気遣うようで優しいようでねだるようなその言葉の全てが僕に突き刺さる。


 だとしても僕は諦め慣れている。愛想笑いと共に頷くくらいはしただろう。


 そうして朝間さんと別れ、教室へと向かい出した僕に、ふと電話がかかってきた。

 電話を掛けてきた相手は言う。


『屋上』


 来いってことだろうか?だが、もう授業が始まるし、と良識を保とうとした僕に、小悪魔はクスクスと笑みを零しながら、電話越しに囁いた。


『サボれば良いじゃん。授業なんて』


 それに……そう言う何もかもに抗おうとしないから、僕は多分こんななんだろう。

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