2章 初恋の人とUNO
1 小悪魔の計略
平和な日常がだんだん侵略されていくような気がする。
我がボードゲーム部がビッチ達に占領され、そこで飲み物係兼罰ゲーム係となり、金子さんの鶴の一声で僕もそのゲームに混ざるようになり……正直言って役得を得る。
「――ハーゲンダッツ!」
と言いながらハーゲンダッツは堂々と胸元をはだけて黒い下着を晒してくる。
「……ハァ、」
とため息を吐きながら、朝間さんが胸元をはだける。だが、見えるのは最近ずっと身に着けているらしいビキニ。
そして、
「……ユキちゃん残念がってる?また見たい?」
クスクス笑いながら金子さんがちらっと見せてくるのは、あの日以来いつもブラである。前まではそれにドギマギしていた気がするのに、今となってはもはや、心のどこかで残念に思ってしまう僕がいた。
そんな部室で毎日、価値観が少しずつバグらされていく。
そして家に帰れば、金子さんがバイトしにやってくる。
初日が事件だった為僕は警戒していたのだが、その後事件が起こる事もなく、割と平和な定食屋の風景がそこにあった。
「金子さん!オーダーお願い!」
「ウス、」
依然バイト中はそのノリ。黒マスクしっぱなしな分も含めて愛想は悪いが、仕事自体は真面目にやっているし覚えも良い。そしてまあ親の手前だからとかもあるだろうし当然、僕を小馬鹿にしたりからかったりもせず、普通の新人バイトである。
「先輩。これどうやるんスか?」
「あ。うん、えっとね……」
僕は僕で接客中は基本諦めの境地で感情が死んでるから普通に仕事を教え、そしてそれが終われば帰り道。なんだか送るのが常態化しているその帰り道で、微妙に捉えどころのない金子さんと話して歩く。
「……ユキちゃん。中華?」
「何が?ああ、……うちのメニューの話してる?」
「でもシチューあんじゃん?シチューって中華?」
「いや、わかんない。ていうか、そもそも中華とかなくて色々やってるから、何料理って言われても……」
「チャイナドレス……」
「また話題飛んだ?」
「お団子ってツインテじゃね?ウチじゃね?」
「……あ、髪型の話?」
「あの服さ……。エロくね?」
「……そっスね」
なんともふわふわした会話である。そしてこの数日で、こうなってる原因に僕は気付いた。おそらくではあるのだが……この時間帯の金子さん、電池切れてるだけ説である。
学校行ってバイトして疲れてるから脳死で思った事喋ってるだけなんじゃないか説だ。
まあ実際どうなのかは僕に知る由もないのだが……とにかくその帰り道は毎日同じ言葉で終わる。
「泊まる?」
「泊まらない」
その僕の返答にクスクス笑みを零し、金子さんはマンションのエントランスへと消えていく。
まあ僕をからかってるだけではあるんだろうが、多分行くと言ったら本当に連れ込まれる気がする。そして、それはつまり。
(毎日、……親が家にいないってこと?)
になるだろう。そして深い意味はないのかもしれないが、金子さんは今夜パパがいないとは言うけど、母親には言及していない。シングルファザーかつ育児放棄とか?
なんか事情がありそうな気がするし、かといって踏み込むのもと、そのまま行けばドラマが進行しそうな思想を持った僕の目の前に翌日現れるのは、
「ユキちゃん、がっかりしてる?マイが良かった?つけてない方が良かった?」
クスクス笑い囁きながら僕に身を寄せて胸元を見せてくる小悪魔。
なんとも凄まじい勢いで脳が小悪魔に侵食され続ける日々である。
そしてその堕落し続けるような日々の中で、ちょっとした事件は起こった。
我が家“クズミ食堂”からの帰り道、金子さんは問いかけてきたのだ。
「ユキちゃんさ。……料理できんの?」
「出来るけど……ちょっとは。一応」
「ふ~ん……」
関心があるのかないのか、金子さんはそれだけ呟き、と思えば次の瞬間。何かに気付いたと言わんばかりに「あ、」と呟きを漏らす。
「だからか……。これ、連れ込む流れになるんじゃね?」
…………なんの話をしていらっしゃるんだ。連れ込む?料理?ああ、作りに来いとかそう言う事?
「一応言っとくけど、行かないよ?料理作りに」
「またフラれたじゃん……。あ、じゃあテイクアウトで」
「テイクアウト……?」
「お弁当」
「ああ、作れって話?」
「うん。明日ね。あ、でも、一人分で良いよ?てかユキちゃんいつも昼どうしてんの?」
「どうしてるって……お弁当持って行ってるけど。自分で作って」
「便所飯?」
「いや、トイレにわざわざお弁当持っていったら逆に目立つから」
「へ~。詳しいじゃん」
「…………………」
はい。詳しいですが何か?何か問題でもありますか?
と顔を顰めた僕を横目に、金子さんは面白がるようにクスクス笑みを零し、そこで、帰り道の終わりがやってきた。
辿り着いたマンションを前に、金子さんは言う。
「明日さ。お弁当ね。用意するの一人分だけだから。てかソレいつもなのか……じゃあいつも通りで。よろしく先輩」
「え?作って来いってこと?なんで?ていうかなんで一人分……」
要求はわかるんだけど色々わからないと問いを投げた僕の前で、金子さんは言う。
「任せといて。……じゃあ、お疲れ~っス」
そして金子さんはマンションへと消えて行った。
…………え?結局どういう事なの?
*
お弁当を作って来いと言われた。だが、一人分で良いとも言われた。それが意味するところは……。
(何なんだ一体……)
いじめられっ子気質的に考えるとお前の昼飯ねえからって持ってかれるんだろうか。
でも、それならわざわざ宣言しないだろうし、だがあの感じだと僕のお弁当を要求はしているんだろうし、という事はつまり……。
(ウチも作ってきたから、お弁当交換しよ?……とか?)
いや、絶対言わないな。絶対違う。誰だそれ。金子さんがそんな事言って来たら僕は最初に何かしらの罠を疑う。金子さんの手作り弁当だ~って喜んで開けたら白飯しか入ってないとかならあるかもしれない。それ見て笑ってそうだ。
でも、それもないな。一番ありそうなのは、
『ウス』
の一言で僕の弁当を持って行った代わりに千円札置いていく。うん。それ解像度高いななんか。
(お弁当は欲しいけど別に食事の席に僕は欲しくないから食堂行け、とか……?)
それだな多分。ああ、やっと納得できた。あとは幾ら貰えるかだな……。食堂のメニューって何があったっけ?
とかぼんやり、結局言われた通り弁当を一人分だけ用意して……そして、昼休み。
「………………」
僕は一人教室で、弁当を開けずに座っていた。一向に現れる気配のない小悪魔を待って。
…………僕は何を律義に待ってるんだろうか。何をやってるんだろうか、僕は。
(……自分で食べるか)
昼休みが始まってから10分程経過した時に、僕は一抹の寂しさと共にお弁当を取り出したところで、……流石に忘れてたとかではなかったらしい。
ふと、僕のスマホに着信が届いた。そしてそれを耳に当てた僕に、金子さんは言ってくる。
「食堂」
そしてプツンと電話は切れた。多分、来いってことだろう。
「めちゃめちゃ振り回されてる……」
肩を落として、僕はお弁当を手に食堂へと歩んでいった。
*
食堂は本校舎の奥の方にある。生徒全員がこぞって利用する人気の店――とかではなく、割といつも空席が目立っている印象の、まあ普通の学生食堂だ。
そこへと僕は歩んでいき、そしてもう一個下りれば食堂の前、と言う階段の踊り場で、意図の読み切れない黒マスクと遭遇した。
スマホを弄っていた金子さんは、僕の接近に気付くとちらっとこちらに視線を向け、それから僕の手にあるお弁当に視線を止め、片手を差し出してくる。
「あの……お弁当、作ってきたけど……」
よくよく考えるとこの発言普通男女逆じゃない?とユキちゃん呼ばわりされている僕はとりあえずお弁当を差し出し、金子さんはそれを受け取ると、言った。
「ウス」
そして、そのままお弁当を手に階段を昇って行こうとする。それを僕は見送りかけて……いや、流石にこのまま行かせる訳には行かない。
「いや、待ってよ。僕の……お昼は?」
「え?ああ……食堂入ってさ」
「はい、」
「左の奥の角の席」
「うん。それが……?」
「行ったらいるよ?」
「……いる?」
「あ。で、ミカ今日サボりっぽいから。放課後は遊びに来るかもだけど。ガンバ」
そして金子さんは僕の渡したお弁当を眺めながら、屋上にでも行く気なのか、階段を昇って行った。
それを見送り……僕は呟いた。
「なんの話なんだ……?」
結局僕の昼食は?ていうかいるって何?ミカ……刑部さんはいない?と、首を傾げつつ、僕はとりあえず食堂に向かってみる。
そうして、言われた通り入って左の奥……そちらに視線を向けた瞬間、疑問は解けた。
そこに、いたのだ。
僕の初恋の相手である、朝間さん。
部室以外で顔を合わせることはほとんどない彼女が、その場所に座っている。
何やら両手を額の前で組んで、困り切っている様子で。
そして、そんな朝間さんの前には……明らかに一人では食べきれないだろう量の料理が並んでいた。
それを眺める僕に、朝間さんは気付いたらしい。ふと僕に視線を止めると、何やら迷う様に視線をさ迷わせ……やがて、こっちに来いと僕へと手招きしてくる。
だから、これはあれなんだろう。いつか言っていた“任せといて”の延長線上の行動なのだろう。
金子さんは僕と朝間さんに接点を作ってくれたのだ。
(いや、どんなタイミングでその行動に派生してるの……?)
行動の脈絡まで掴めない小悪魔である。そんなことを思いながら、僕は初恋の相手の元へと向かった……。
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