5 ババ抜きⅠ 初恋の人と小悪魔とハーゲンダッツ

 テーブルゲーム部で開催される(倫理的に)闇のゲームは、そうして始まった。


 最下位は、罰ゲームだ。

 僕が最下位だった場合に負うリスクはハーゲンダッツ。ちょっと高めなアイスである。その程度と見せかけて僕毎日3本ジュース渡すだけでヒ―ヒー言ってるんだけど、追加出費って痛くない?


「ハーゲンダッツ……ハーゲンダッツ……ハーゲンダッツ!」


 刑部さんは僕を負かす気満々らしい。ここだけ見ると凄い無邪気に見えるから不思議な話である。今日も脱ぐ前から黒いブラが見えているこの空間で一番のビッチなはずだと言うのに。


 とにかく、僕のリスクはハーゲンダッツ。そして、僕以外の3人の今日のリスクは……負けたら僕にブラを見せる、である。


 逆に言うと僕は勝てばブラを見れる。と言うか、見せて貰える。


 もうすでに見えている「ハーゲンダッツ!」は一回置いといて、僕の初恋の相手である朝間さん。もしくは、僕の家でバイトしている金子さんに、見せて貰える。


 いや待て僕。だが、それはやっぱり人としてどうなんだ?初恋初恋言ってる相手の好感度を僕は今凄い勢いで毎日下げ続けているような気しかしないんだけどそれで良いのか?


 いつまでも安い餌に食いついてこの正直言って退廃的な状況を続けて良いのか?


 ノーと強く言うべきなんじゃないか?今の罰ゲームだって、エスカレートの末だ。そしてここがエスカレートの終点とは思えない。もっと先があってしまうかもしれない。もっと先に行って良いのか僕。それはいろんな意味で大丈夫なのか?少なくとも朝間さんからの好感度の低下は留まる所を知らない気がするぞ……?


 と、葛藤しながら僕は女子3人とババ抜きをしていた。


「――ハーゲンダッツ!シャァ!」


 そしてその内の一人が上がったらしい。最後の手札を投げ捨てて、ハーゲンダッツが雄たけびを上げている。そんなにハーゲンダッツ好きなんだろうか刑部さんは。


 ていうかどうしてこの人はこの狂った空間の元凶のはずなのに一番無邪気にふるまってるんだ?


 とにかく、真性のビッチが上がった事でこの勝負の場に残っているのは、僕含め3人。

 そしてこの状況は正直僕の理想通り。一番どうでも良い奴が盤上から消えた。


 ……いや、消したのだ。僕が。


 ババ抜きとはシンプルなゲームである。この闇のゲームの競技がババ抜きに選ばれたのも、「……とりあえずババ抜きとかで良くね?」と言うハーゲンダッツの雑な一声からだった。


 そしてババ抜きのルールはもうみんな知っているだろう。ジョーカー1枚以外は全部偶数。ペアが出来たら捨てると言ういわゆる運ゲーで、当然テーブルゲーム部部長にして去年先輩たちとババ抜きを研究し続けた時期があった僕をもってしても、完全にゲームを制御することは難しい。


 が、ある程度勝敗の確率を操作することはできる。


 鍵は当然、ジョーカーだ。最後にババを持っていたプレイヤーが負けるのだから最終的にババの押し付け合いになるのは当然だが、実はゲームの初期からジョーカーと言う存在は勝敗に関わって行く。


 このゲームは運ゲーである。隣の人から引いた札が偶然、自分の手札と揃う事で勝利が近づく。だが、その確率抽選を強制的に0にすることが、可能である。


 それがジョーカーを引かせる、と言う行為だ。ジョーカーを引いた人間の手札が減る確率は0。つまり隣の相手に優先的にジョーカーを引かせれば、その隣の相手の勝率を下げることが出来る。同時に、逆隣りの相手からジョーカーを優先的に引き続ければ、そいつがゲームに勝つ確率を上げることが出来る。


 そんな凄く小難しいことを考えている僕が、実際に何をしているか。

 それは、僕の両隣に座った人物を知れば、わかるだろう。


「ハーゲンダッツ!ハーゲンダッツ!」


 と騒ぐハーゲンダッツは僕の左隣り。僕はハーゲンダッツから札を引くポジションにいた。そしてハーゲンダッツは凄くわかりやすかった。僕がジョーカーに指を掛けると露骨にニコニコしだす。ゲームに参加してみた結果僕をクズ呼ばわりしている真性ビッチがなぜか無邪気に見えてくる不思議である。


 とにかく、僕はハーゲンダッツから優先的にジョーカーを貰っておいた。

 そして、それを右隣。


「……ねえ。久住くん。どれ?」


 真剣な表情で僕の手札を眺め、僕の目を見据えてくる下着見せたくないんだろう朝間さんに供給していた。


 ちなみにどう供給していたかだが……ババ抜きにはどうしても手癖が出る。右寄り、左より、真ん中。不思議なことに人間は引く箇所を無意識に偏らせてしまったりするものだ。


 朝間さんは僕の手札の左側を引く確率が高かった。だからそちらにジョーカーを寄せた。

 もちろん、それで確実にジョーカーを引かせることが出来る訳ではない。

 だが、


「あ。…………もう、」


 ジョーカー以外の札を引いたとしても、朝間さんの手札は減らない。そう、減りにくいだろう札を、僕は左側に寄せているのだ。


 単純な話である。トランプで同じ数字は4枚。場に二度出た数字はもうゲームには存在しない。そして、場に一度出た数字は残り2枚。それを押し付ければ、ゲームの前半はペアが揃う確率は減らせる。そして相手に渡した札を覚えておけば、ゲームの後半、相手が手札を減らす確率を減らせる。


 そう、僕はババ抜きガチ勢である。運ゲーにおいて確率を減らすと言う選択肢を取るゲーム部部長だ。そんな僕がやっていることは一つ。


「……なんか、全然手札減らない」


 朝間さんは少し拗ねたように僕に視線を向けて来ていた。


 そう、僕は全力を挙げて初恋の人を困らせつつも最終的に見せて頂きたいのである。


「なぁ、クズ~。ハーゲンダッツは?アンタに勝ったら奢ってくれんじゃねえの?」


 黙れハーゲンダッツ。この際クズは否定できない気がするが始まってしまったゲームのルールを途中で変える事は許されない。当然僕はハーゲンダッツも回避する。


 全力を挙げてババ抜きに興じる僕に、ハーゲンダッツが抜けて僕の左隣に位置が変わった黒いマスクが、言う。


「ねぇ。……ユキちゃんの番。ジョーカー上げるから」


 そして金子さんは、にやりと目を細めながら僕へと手札を差し出してくる。

 ……一枚露骨にカードを上に持ちながら。


 よくあるやつだ。その一枚がジョーカーかどうかを問いかけてくる心理戦。そして確率的には、その一枚は無視するのが勝率の高い行動である。


 当然の話だ。目立つ1枚の確率は、ジョーカーかそれ以外で50パーセント。

 だが、その目立つ1枚以外の手札の方をランダムに引けば、その引いた一枚がジョーカーである確率50パーセント÷手札の枚数。期待値的にはその一枚を無視する方が圧倒的に強い。


 ……故に僕は金子さんの挑発に乗り、目立つ1枚を引いた。なぜならジョーカーが欲しいから。ジョーカーを引いてそれを朝間さんに押し付けたいから。


 だが、


「……ふ~ん。ノるんだ」


 なんかクスクス笑いながら、金子さんは僕を観察している。

 ……金子さん。ポーカータイプのババ抜きプレイヤーか。心理戦に重きを置き相手の心理を掌の上で転がすことに快感を覚えるタイプ。それやっぱり小悪魔ですよね?ていうか、心理戦するならそのマスクってちょっとズルくない?


 と、思いつつ僕が引いたのは、ジョーカー以外のカード。そして、僕の手札に同じ数字が2枚揃い、僕の手札は減る。


 だが、この場合の最悪はジョーカー以外を引きつつ僕の手札が減らないパターン。確かに僕は朝間さんを負かしたいがそれに固執して僕が負けてはハーゲンダッツだ。


 ハーゲンダッツだけは避けねばならない。


「何やってんだよ、クズ~。負けろよ~」


 と言いながらハーゲンダッツが思いっきり僕の手札覗き込みながら僕の背中を叩いて来た。無邪気と見せかけてボディタッチ軽い辺りにビッチが滲み出始めたなハーゲンダッツ。


 とにかく僕は手札をシャッフルし、左から朝間さんの札が揃いにくいカードを並べ、それを右隣の朝間さんの前に並べた。


 それを前に朝間さんは真剣に考えこみ、左側に並べた揃う確率の低いカードへと手を伸ばし……だが、そこで朝間さんは手を止める。


「久住くん。……もしかしてだけど。なんか、やってる?」


 流石に勘付かれたか。まあ、あからさまに朝間さんだけ手札の減りが遅いからな。そろそろ勘付かれてもおかしくないだろう。

 だが、


「なんのことでしょうか?」


 僕は白を切った。そんな僕を朝間さんは暫し睨み、それから意を決したように僕の手札に指を掛け……だが、その瞬間だ。


 朝間さんの視線がふと僕の背後に向かい、彼女の指が止まる。


 同時に、朝間さんは一つずつ、カードに触れて行き、その都度、僕の背後に視線を向け……クソ。


 朝間さんは右から2枚目。今までで一番引いた確率の低かった箇所、そこに置かれた、確実に朝間さんのペアが揃う数字を引き抜いていった。


 見抜いたのか?僕のロジックを?朝間さんが?いや、違う。トリックはある。


「……負けないからね?」


 劣勢の状況で楽し気に朝間さんは笑い、そして僕の背後でハーゲンダッツが言っている。


「ハーゲンダッツ……」


 そう。ババ抜きプレイヤーには、3つの分類がある。


 一つは、僕のように確率と期待値と緩めのカウンティングに手を出す、論理型。

 もう一つが、細かいことは抜きに対面の相手を嘲笑う心理戦を仕掛ける、ギャンブラー型。


 そして、最後の一つが、劣勢に陥った初心者が周囲からの好感度や愛嬌、愛され度、可愛がられ方などの諸々のステータスがぶっちぎり突如覚醒する、強者。


(スタンド使いだったか……)


 全員の手札を覗いた末に僕の背後に移動した自立型スタンド“ハーゲンダッツ”の表情はさぞわかりやすいんだろう。ていうかわかりやすかったから僕経由で朝間さんはババ引きまくった。


 その“ハーゲンダッツ”を僕に押し付けることに、朝間さんは成功したのだ。


 当然、インチキである。だが、あえて指摘はしない。なぜなら朝間さんが楽しそうだから。初心者がちょっとイカサマしても流してあげるのがテーブルゲーム部部長としての僕の在り方である。


 そしてそんな僕をよそに、朝間さんと金子さんが心理戦を繰り広げていた。


「ウチさ。……今3欲しいんだけど。マイ、持ってる?」

「持ってないよ?」

「ホント……嘘でしょ。どれ?」

「持ってないよ?」


 一生やってる。……なんか、平和だな~・


(……ていうか、普通にババ抜きやってるだけで楽しい気がする)


 だがそれも、罰ゲームありで本気でやってるからなのだろう。負けたくない、勝ちたい、その強い下心が真剣な闇のゲーム、そして勝負のスリルを生んでいる……。


 なんか普通に楽しかった。思えば、テーブルゲーム部部長でありながら、先輩達が卒業してから僕は他人とゲームで遊べていなかった。


 数か月振りのゲーム。それもスリリングな罰ゲームに勝利報酬付き……それが楽しくない訳がない。


 そんなことを考えながらもゲームは進んでいく……。

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