4 暢気な夜道と変わる日々

 金子さんの元カレの連れが、金子さんがバイトしてるのを見かけて嫌がらせしに来た。


 それが、このバイト初日からヘビィな事件の顛末らしい。

 

 そして、「奴らは二度と姿を現さない」と食堂最強の生物が言い切っていた。「次、宴会の予約入ったらテーブル買わないと」とも、拳をひらひらさせながら言っていた。後、去っていくヤンキー達は皆何かに怯えていた。人外の化け物でも見たのだろうか。


 さっき2階の宴会場から響いたまるでテーブルが拳で叩き砕かれたような轟音はなんだったのだろうか。


 まあとにかく、危機は去ったのだろう。事件もあったしその日はもうバイト終わりでも良かったし、何なら辞めると言い出してしまうかもとも思ったのだが、伝説のヤンキーに変ななつき方でもしたらしい金子さんが「ウス。働くっス、ボス」と言い出した為バイト継続。


 とにかくその日、流石にそれ以上の事件が起こる事はなく、金子さんのバイト初日は終わりを迎えた。


 そして、僕は金子さんと二人で夜道を歩いていた。


「「………………」」


 なんか微妙に気まずい沈黙のままに。


 ちなみにこうなった発端は母である。『女の子一人で夜道は危ないし、アンタ送ったげなさいよ』という訳で僕は送り出されたのだが母よ、お前は見ていたか?僕は水ぶっかけられても頭を下げ続けるタイプのメンタルの持ち主だぞ?


 僕が送った所で不良に絡まれたら終わりじゃない?むしろ不良に絡まれた僕を金子さんが助ける絵面の方がスムーズに思い浮かぶ気がするんだけど。


 そんな事を思いはするが言いはせず、大人しく母の指令に従い夜道を歩く事数分。


「「………………」」


 沈黙がとても気まずかった。最も、気まずく感じているのは僕だけなのか、金子さんは特に気にした風もなくスマホを弄っているが。


 とにかくまあ、なんとも、複雑な状況に磨きがかかったような気がする。


 僕の初恋の人がいるビッチ3人組が、我がテーブルゲーム部を占拠している。そこで部長の僕は飲み物買ってくる係&罰ゲーム係で、ちょっと良い思いをしている。


 そしてその内の一人が我が家でバイトを始めた。

 そう言う諸々もあって、僕は今大変気まずい。


 所在なく視線をさ迷わせていた僕に、金子さんはふと、スマホの画面を眺めたまま声を投げてきた。


「ユキちゃんってさ」


 ……ユキちゃん呼びに戻ったらしい。アレだろうか。仕事中だけ先輩って呼んでくる気なんだろうか。職場以外では上下関係逆転ですよってこと?


 とか考える僕に、金子さんはちらっと視線を向けて、こう言った。


「……ダサいよね」


 ……そうですね。特に、反論はありません。と、肩を落とした僕を横に、金子さんはまたスマホの画面に視線を戻すと、言った。


「ちょっとさ。ウチ、ユキちゃんに興味出てきたかも」

 なるほど。“やり捨てのカナコ”さんは職場のダサい先輩の僕に興味を持ったらしい。


 …………?


「はい?……興味、って?どういう事、ですか?」

「うん。なんか……珍獣みつけたみたいな?」

「…………珍獣?」

「アレじゃん。水掛けられてたじゃん。ウチの知り合いの男ってさ、大体アレ殴り返すからさ。やり返さないのレアくね?って思って」


 レア、なのか?一般対応だと思うんだけど……まあ、元カレの連れがヤンキー世界の住人らしいからね。


「マジチキンじゃんって思ったらさ、別にへこんでないし。なんかウケるよね」

「ウケるの……?何が?」


 なんか随分捉えどころのないテンションをしていらっしゃる気がする。金子さんこういう子だったの?こういう子だったのかもな、関わり薄いだけで。いや、薄い訳ではないような気もするけど……。


 どうにも変な状況に戸惑いつつ、僕はせっかく会話が始まったんだからと、聞いてみる事にした。


「あの、金子さんは。どうして、ウチでバイト始めたの?」

「家近いし。てかボスめっちゃ金髪じゃん。だから髪染めるとかネイルとか文句言わないんじゃねって」

「まあ言わないだろうけど……ちなみに、クズミで気づかなかったの?」


 そう僕が言った途端、金子さんはちょっとめんどくさそうな表情を浮かべて、言った。


「だって、ユキちゃんはユキちゃんじゃん……」

「僕の苗字覚えてなかったの?」 

「……別に。だってボス金髪だし。ていうかそんな深く考えてなかったし。お金欲しいし……」

「お金……」

「言っとくけどパパ活もエンコーもやってないからねウチら」

「いえ、そんな事……」


 ……ちょっと思ったけどね。やってないんだ。そっか。なんかちょっと安心したような気がする。と思った僕をちらりと横目に、金子さんは言った。


「遊んではいるけど」


 やっぱりビッチはビッチなのか……。と思った僕を横に、金子さんは言葉を継いだ。


「いやでも、遊んでるつもりもないんだよね、ウチは」

「いやどっちなの?」

「ミカはさ……ヤバイじゃん?」

「ヤバいんだ……」

「マイはさ、うちらとつるんでるってだけで男は0じゃん」

「あ、やっぱりそうなの!?」


 つい食いついてしまった僕を、金子さんは不審げに眺め……それから言った。


「で、ウチはさ……別に、試してるだけなんだよね」

「試す?」

「そうそう。告られたしとりあえず付き合うかって感じ?でもなんか合わないからすぐ別れるみたいな?」

「そう、なんだ……」


 正直僕にはよくわからない話なのだが、まあアレだろう。金子さんはモテるんだろうと言う事だけはわかった。


「でさ。……“ヤリ捨てのカナコ”ってさ。あんじゃん。イヤ、めっちゃ言うじゃんって思って。別にヤリ捨ててる気はないし。いやまあヤってはいるんだけどさ」

「ヤってはいるんだ……」


 なんかテンションが独特だし言ってる内容は大分飛んでるような気がする。


「だってさ。付き合ったけどなんか違うから即バイバイってさ、なんか申し訳なくね?」

「あ、人の心はちゃんとあるんだ……」

「だから、フるけど一回ヤラせたげるかって」

「でも倫理観はぶっ飛んでるんだ……」

「だから別にさ。ヤリ捨ててないんだよね。捨ててからヤラせてるだけで」

「……どっちにしろ行動に問題ある気がするけど」


 そりゃ元カレのお友達がお礼参りに来ても不思議ではないね。

 とか思った僕の横で、スマホを弄りながら、金子さんは言う。


「そもそもウチ、男にあんま興味ないんだよね……」

「びっくりするほど説得力ないんだけど」

「でもさ。ユキちゃんにはちょっと興味出た気がする。やっぱり」

「なんかもう、脈絡がわからないよ……」


 肩を落とした僕を横に、金子さんは言う。


「そう言うのにさ。脈絡って必要?何となく気が合うとかで良いんじゃね?」


 …………あれ?今これ何か深い話してたのいつの間にか。


「まあ気の合う男に会った事ないんだけどさ」

「わかんない。結局何が言いたいんだかわかんない……」


 結局また肩を落とした僕の横で、金子さんはふと立ち止まり視線を横へと向けた。


 その先にあったのは、高層マンションである。最近……それこそ僕が高校に入学する直前位に出来た、真新しいマンション。


 それを見上げながら、金子さんは言う。


「ウチ、ここなんだけどさ」

「あ、うん。ホントに近いんだね」

「どうせ今日もパパ帰ってこないんだよね」

「うん。…………うん?」


 なんの話になってるんだろうか?ととぼけた僕に視線を向けながら、金子さんは言った。


「だからさ。……ユキちゃん、とりあえず今夜ウチ泊まる?」

「………………いや、とりあえずの意味が分からないんだけど」

「ゴム持ってる?ないよね、ユキちゃんだし……」

「いや、生々しい話はやめようよ。あの……泊まりません」


 強く訴えようと思ったのに結果敬語になってしまった僕を前に、金子さんはふと不思議そうな顔をして、それから小首を傾げ呟いた。


「そっか。アレ?……もしかして今ウチ、フラれた……?」

「いや、フるフラない以前の問題だと思うけど……」

「でも誘ったら大体みんな来たけど」

「それあの、あれですよね。さっきの話を統合すると、多分既に付き合ってる状態の男子ですよね……?」

「……場合によっては」

「違う場合もあるの!?なんか、どんどんわかんなくなってく気がする……。捉え所がなさすぎる……」


 軽く額を抑えた僕を、金子さんは眺めている。何だろう、なんとなく、誘ったら大体ついていく男達の気分がわかるような気がする。これは魔性なのだろうか?謎の引力がある気がする。淡々と繰り出される理解に若干の難がある言葉の群れに判断力がバグって行くような気がする……。


 そんな僕を前に、金子さんは言った。


「ユキちゃんさ。……なんか面白くね?」

「なにが?」

「いや、なんとなく。……あ、てかさ。参考までにさ。ユキちゃんなんで来ないの?ウチとヤリたくないの?」

「いや、直球やめようよ。なんで、って、言われても……」


 どう答えるべきか、僕は若干悩み……それから諦めたように俯いて、こう言った。


「その、僕、……好きな人いるから」

「へぇ。……それってウチの事?」

「絶対違うって文脈でわかるよね!?」

「じゃあミカ?ミカはさ……マジになるとツラいかもよ」

「いいえ、違います」


 と即答した僕を前に、金子さんは言う。


「じゃあ、マイ?」

「………………」

「ふ~ん、」

「いや、ふ~んって、あの……」


 なんか勘付いてしまわれたらしい金子さんを前に、僕はどうにかごまかそうと言葉を探すが、それが見つかる前に、金子さんは言う。


「いやさ。ユキちゃんさ。最近はちょっとわかんじゃん。ユキちゃんも一応男じゃん?でも握手罰ゲーム扱いとかさ。ユキちゃんマジドMじゃん毎日来るしって不思議だったんだけど……なるほどね」

「なるほどってちょっと、あの……いや、ええっと、」


 しどろもどろ言う僕を前に、金子さんは終始マイペースにマンションへと歩み出すと……去り際振り返りグッと親指を立て、こう言った。


「マイ、ね。……任せといてユキちゃん先輩。じゃあ、お疲れ~っス」


 そして、金子さんはマンションのエントランスの中へと消えて行った。


 なんというか、金子さんの事がわかったようなわからないような、……とりあえずなんとも捉えどころのない子だったらしい。


 そして、もう一つ。わかる事がある。


「なんか、面倒な状況になった気がする……」


 そう肩を落としながら、僕は一人、夜道を歩んでいった……。


 *


 そして、翌日。


 僕はいつものように3人分の缶の紅茶を持参し、ビッチ達に占領されたテーブルゲーム部へと向かった。


 そうして踏み込んだテーブルゲーム部。


 ストレートティーが好きな黒髪。そして僕の初恋の相手。朝間マイはちょっといやそうな視線を僕に向けてきて、レモンティーが好きな金髪のガチビッチ。刑部ミカは、ちらっと僕に視線を向けつつも、あまり僕に関心がなさそう。


 そして、ミルクティーが好きな茶髪マスク。今まで一切僕に興味を示していなかった金子カナコは、僕を見て小さくクスっと笑みを零す。


 そんな3人に飲み物を渡し、僕はいつものように部室の隅っこに突っ立った。

 この所の僕の日常通りの状況である。だが、金子さんに興味を持たれたからなのか、その日常にその日少し、変化が訪れた。


「ねえ。……たまにはさ。ユキちゃんも混ぜない?」


 金子さんがそんな事を言ってくれたのだ。そして、テーブルゲーム部の部長でありながら遊んでいるみんなを眺めるばかりだった僕は、ついにその空間で味方を見つけてゲームに混ぜて貰えるようになった。


 と、そこだけ切り取るとハートフルな話に聞こえなくもないが、実態と言うか僕の主観は大変不健全である。


 そのゲームには罰ゲームがある。ビッチ達の手によってエスカレートしつつある、ちょっとエッチな罰ゲーム。それに僕が混ざるという事は……。


(僕が勝ったら……負かした相手に罰ゲーム……)


 大変背徳的な話である。それに硬直しつつもちょっと鼻息を荒くしてしまった僕を、僕の初恋の相手である朝間さんはやっぱりいやそうに眺め。刑部さんはマジで僕に関心がないのだろう、「じゃあクズ負けたら全員にハーゲンダッツな?」と財政的に地味に重い罰を僕に課して来て……そして、金子さん。


 僕に興味を持ったらしいビッチ、と言うか、多分なんだけど。


 ……小悪魔はクスクス笑っていた。

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