第16話 深刻なおハーブ不足

 事件です。

 ――ハーブの在庫が切れました。


 ドライハーブとティーバッグは、駅前PRやご近所付き合いでサンプルを配りまくった。

 プランターと鉢植えを確認するや、ほとんどのハーブが収穫済み。わずかな枝葉を残して、あとは肥料にするか、再びの成長を待つばかり。


 カミツレさんとローレルさんの手伝いに追われ、おじさんは栽培を疎かにしていたらしい。

 おハーブマイスター、失格である。


 これでは誰にも認められない。唯一の長所を蔑ろにした代償は高くつく。

 お笑いぐさだ。むしろ、ハーブ生やしてくれ。


「ちょっと、待って! おじさん、一度もおハーブマイスター名乗ったことないけどっ」


 そして、セルフツッコミである。悲しいね。

 ハーブショップのカウンター席で、おじさんは深くため息を吐いたところ。


「タクミ様、気を落とさないでくださいまし。おハーブの種ならば、ここに。また生やせばよろしいですわ」


 ローレルさんが、おじさんの肩に左手を添える。右手には、カラフルなハーブの種子たち。


「ローレルさん、今日はハーブティーないけど正気を保てる?」

「わ、わたくしに、おハーブティーを断てとおっしゃいまして……っ!?」


 絶句した、ローレルさん。

 全身を震わせ、小刻みに揺らした左手で口元を押さえてしまう。禁断症状やめて。


「な、なんと残忍な宣告っ! サディスティックが止まりませんの!?」

「いやいや、昔はドライハーブを騙し騙し飲んでたわけでしょ。明日の分だけでも、お隣さんから回収しよう」

「笑止、でしてよ! もはや今のわたくしは、タクミ様のおハーブ色に染められた身。責任を、責任を取ってくださいませっ」


 おハーブ色、とは一体……おじさんはやはり、おハーブマイスターを辞退しよう。

 趣味の園芸おじさんに戻りかけたタイミング。


「ローレル、朝から呆けた会話をするな。またエンドー氏を困惑させているのか?」


 入店するなり、げんなりとしたカミツレさん。


「これは、高度に政治的な問題ですの! 生殺与奪のおハーブを握られましたわ!」

「また支離滅裂な言動を。エンドー氏、説明してくれ」


 かくかくしかじかっと。


「1日くらい、我慢すればよかろう」

「1日くらい、でして……?」


 あり得ないものを聞いたと言わんばかりに、ローレルさんは驚愕せざるを得なかった。


「カミツレさんとは絶交ですわ! 今生の別れでしてよ!」

「やれやれ、私はお前と何度絶交させられるのだ? 幼少の頃に聞き飽きたぞ」

「冥途のおハーブは用意できまして?」


 ぷいっとそっぽを向いた、ローレルさん。

 カミツレさんは軽くあしらって。


「む。ザルに置いたハーブはどこへやった?」


 流し台へ向かった途端、ザルを手に戻って来る。


「いや、置いてないけど」

「そんなはずはない。昨夜、摘み立てハーブを洗い、乾かしておいたのだ。エンドー氏の代わりに私がハーブティーを作り、効能がどれだけ変化するか試したくてな」

「昨日、カミツレさんにハーブを分けてくれって言われた話? おじさんてっきり、ローレルさんのハーブパワーが伝染したのかと」

「それだけには、汚染されたくないものだな」


 カミツレさんは、苦虫を噛み潰したような表情だった。


「時に、ローレル。お前は昨日、夜まで外回りだったな?」

「えぇ、商業組合への視察とポーション屋の牽制を少々」

「お勤めご苦労。一服したくなるのは仕方があるまい」

「それはもちろん、自分へのご褒美を与えるのは必然でしょう」


 うんうんとご機嫌なおハーブ大好きお嬢様。


「最後に問おう。お前が右手で握りしめた種――どこから手に入れた?」

「あなたのような勘のいい幼馴染は嫌いですわよ」


 そして、キメ顔である(おハーブ)。


「このバカものがッ。あの量を一人で使い切ったのか!? ほとんどが保存用に取っておくつもりだったのだぞ!」

「痛いですわ! 暴力反対ですの! DV反対でしてよぉ~っ」


 頭グリグリお嬢様、悲痛な叫びを漏らした。


「大体、ハーブの在庫切れなど全ての原因がローレルに帰結するだろう! 毎日毎日、何杯も浴びるように飲み干しおって!」

「わ、わたくしも、いかにタクミ様の技量が優れているか、実践すべくっ」

「言い訳無用! たまには反省しろッ」

「あんまりですわぁ~」


 しばらく、お仕置きタイムが続いた。

 コンビニでモラハラパワハラカスハラをたくさん浴びてきたおじさんには、美しい友情だなーと思いました。

 閑話休題。


「深刻なおハーブ不足ですわ!」

「若者のおハーブ離れ?」

「誰のせいだと思っているんだ」


 カミツレさんの詰問に、ローレルさんは元気を取り戻した様子で。


「わたくし、いずれ生じる問題の警鐘を鳴らしましたの。他意は、なくてよ!」

「まあ、おじさんとローレルさんの持ち合わせだけじゃ厳しかったね。消費量が著しいお方を満足させるには」

「真の仲間とは、以心伝心でありますのね」


 あんまり、通じ合ってないのだが。話を進めましょ。


「タクミ様、栽培に何か不便を感じてまして?」

「うーん、種の種類とスペースかな。土作りも素人だし、レンタル農園を探さないと」


 プランターと鉢植えの土は、その辺のやつ。転生ボーナスで持ってきた肥料と交ぜた。

 そういえば昔、母親に肥料作りをやらされた気がする。覚えてないけど。


「では、新たなおハーブを求める冒険へ出発いたしましょう」

「え、この世界だとハーブは希少植物でしょ? 簡単に見つけられるの?」

「ご心配には及びませんのよ。わたくしには、これがありますわ」


 ローレルさんが取り出すは、祖父が残した植物図鑑。


「こちらのリストを調べれば、おおよその場所に検討がつきますの。わたくしが冒険者ギルドや商人組合と情報交換に励んでいたのは、おハーブスポットを絞り込む目的ですわ」

「ちゃんと働いていたのだな。そのやる気を、ハーブ以外に向けてくれ」


 ローレルさんは、感心するカミツレさんを無視しつつ。


「豚に小判、猫に真珠という言葉があるように、他のみなさまはおハーブの素晴らしさを理解できない様子。嘆かわしいことこの上なしですが、わたくしたちにとっては大いなるチャンス! 荒らされた憂慮をせず、手つかずの群生地を目指せますもの」

「豚に真珠、猫に小判だ。お前の言葉は、5歳の頃と変わらない」

「自らのおハーブは、自らの手で掴み取るもの!」


 ツッコミに怯まず、力強く主張するローレルさん。


「いざ、冒険者たちが一獲千金を夢見た資源の楽園・グンマーへ!」

「行くぞ、グンマー!」


 勢いそのまま、おじさんに熱が伝わった。

 ……え、グンマー?

 おじさんは、聞き慣れたような地名に困惑を隠せなかった。

 ……え、グンマー?

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