第8話 先制おハーブ

 商店街の大通りから外れた奥の細道。

 古民家と言えば耳触りが良い、木造集合住宅の前にやって来た。


「おハーブショップの開業に備えて、箱の方は準備しておきましたの!」


 ローレルさんがうんうんと唸った。


「気が早すぎだよ。何の準備もできないじゃん」

「おハーブは急げと言うでしょう」

「善は急げね」


 おじさんは、がっくしと肩を落とすばかり。

 おハーブ大好きお嬢様、行動力が凄い。


「最近、若者たちにシェアハウスが人気と伺いました。その一角、カフェスペースのテナント募集を知り契約しておきましたわ」

「シェアハウス。テナント募集、か。言葉共通なのは便利だけど、異世界感が薄れるなあ」


 ムサシの国は、日本風。和テイスト。

 文明レベル高め。中世ヨーロッパ風? いや、もっと栄えてるよ。

 異世界転生する日本の若人向けファンタジーである。


 まさか、ゆとり世代の転生者への配慮だろうか。

 難易度イージーでチートもつけなきゃ、転生してくれない。これが時代の波か。


「もし、タクミ様? この物件がお気に召さないご様子。やはり、中央通りの駅前広場に軒を構えた商店を買収……」

「全然、大丈夫! 問題なさすぎて、問題だっただけ」


 おじさんは気を取り直すや、くだんの店舗に足を踏み入れた。

 閑散とした小部屋。カウンターに陳列棚。形違いでいろんなサイズの容器が置かれている。


「空っぽの店だ」

「えぇ、空っぽですわ。この店をいずれ、おハーブで埋め尽くしてあげましてよ」

「ローレルさん、誰に対する対抗意識なのそれ?」

「世間とか、漠然とした将来ですわね」


 そうかい、頑張れよと思ったおじさん。


「入口の看板に他の店の名前が書いてあったけど、何か知ってる?」

「確か、スキル開発のアトリエ、冒険者関連の工房、ハンドメイドのアクセサリーショップ、ジビエ料理店、ファッションデザイナーのブランドショップ。なかなかどうして、ユニークなラインナップですわね」

「なるほど、独特で個性的だ」


 加えて、よく分からん草・ハーブショップが開店予定。

 多分、近所の住人に変人たちのたまり場って陰口叩かれてそう。


「挨拶回りは、わたくしが済ませておきますわ」

「助かるよ。おじさん、円滑な人付き合いが苦手でさ。ローレルさんのコミュ力が羨ましい」

「わたくしは、タクミ様のおハーブ力に羨望でしてよ」


 おハーブ力、やめて。ヤバい指数にしか聞こえない。

 ローレルさんがパンっと手を叩いた。


「時に、ご挨拶の印に手土産を持っていくのはマナーですわね」

「そういう風習はあるな」

「然るに。先手必勝、初手おハーブ! わたくしたちが何者であるか、おハーブで分からせてくださいましっ」

「先制おハーブはマズいですよ! 絶対、怪しまれるって」


 隣に引っ越してきた人が、よく分からん草を持ってきた。

 これを蒸らして飲むと、身体に良いよお~。病気、治るよお~。

 ……うん、通報される。おじさんなら、そうする。


「せっかくの布教チャンスですのに。おハーブティーがどれだけ素晴らしい効能でも、認知されなければただの草ですわ。まずは利益が出なくとも、愛好家を増すべきでしょう」

「いや、その通りなんだけど。ナンダカナー」


 ローレルさんに正論を言われ、納得いかないおじさん。

 これがジェネレーションギャップか。違うね。


「タクミ様、事務手続きはわたくしが行っておきますの。店の裏手に回ったアパートメント。少々手狭なものの新しい住居でしてよ。荷解き、お任せしても?」

「そっちはおじさんがやっとく。じゃあまた後で」


 くるりと踵を返したおじさん。

 しかし、ローレルさんに回り込まれた。


「手土産を」

「……」

「初対面において、ファーストおハーブが大事ですわ」

「……」


 最初の印象ってこと?

 おじさんは、諦観の念を抱いた。

 真の仲間になったのだ。むしろ、序の口今更さ。

 粛々と、ドライハーブとティーバッグの詰め合わせセットを用意していく。


「ご近所さんによろしく。くれぐれも、よろしく」

「えぇ、これはプライドをかけた戦いですもの。おハーブティーの愉悦、骨の髄まで浸してやりましてよ!」


 おじさん、不安で胸いっぱい。

 冒険者稼業の梯子を外された時くらい、穏やかでいられず。

 ……ちなみに、シェアハウスの住人たちにハーブティーは大好評だったらしい。

 世間って、とても広いなぁーと思いました。

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