第7話 真の仲間

 遠藤匠。

 異世界無職だってよ。

 手切れ金の10万イェン片手に、おじさんは背中を丸めてトボトボ歩いた。

 職場に愛着はなかったものの、一方的に追い出されれば悲しいなあ。


 戦力外通告の悲哀を纏いて、川沿いの商店街を通り抜けていく。

 安いよ安いよお得だよー、と威勢の良い呼び込みが木霊した。

 行く当てはなく、ふらふらと。気付けば、公園のベンチで肩を落としていた。


「これが、会社を解雇されたサラリーマンの伝統スタイル。まさか異世界で、若い頃に目撃したあのシーンを実演する羽目になるとはね」


 ため息交じりに独り言ちた、おじさん。

 少年たちがボール遊びに夢中だ。少女たちが花壇を作っている。

 子供たちの元気な姿が眩しいな。おじさん、やっぱり辛いぜ。

 輝かしい未来を内包したエネルギーを直視できず、退散を余儀なくされた。


 異世界転生しても、おじさんの居場所はなかった。

 大した苦労もせず、ストレスフリーで俺TUEEE。やることなすこと肯定されて、すごーいありえなーい流石だーと騒がれ、承認欲求を満たすのではなかったのか。


 そんなテンプレは何処や。おじさんはいつも、正道を踏み外してしまう。


「また求人探しか。もう接客業は二度とやらん!」


 雑草だらけの横道をかき分け、ボロ小屋もといマイホームへ帰還した。


「ただいまー」


 誰もいないのだから、独り言が虚しく響き渡る。

 はずだった。


「タクミ様、お帰りですの? お待ちしておりましたの」


 ローレルさんに労われた。


「……」


 幻覚か。


「もし、どうかなさいまして?」


 幻聴か。

 おじさん、今日はまだハーブティーキメてないんだけど。

 いや、おじさんのハーブは健全だ。合法おハーブである。

 頭を振るや、冷静シンキング。


「ローレルさん。なぜここに? 帰ったはずでは?」

「もちろん、タクミ様が現れる場所にわたくしは現れますの」

「おじさん、美人に追いかけられるほどモテないぞ」

「タクミ様がモテなくても、わたくしは見捨てませんわ! 真の仲間ですもの」


 両手を重ね、こくりと頷いたローレルさん。


「仲間の期間が一瞬もないけど」

「真の仲間とは、重ねた言葉や時間にあらず。心で通じ合うものでしてよっ」


 あいかわらず、人の話を聞かないご令嬢である。

 ハート、通じ合ってます?

 おじさんは落胆しつつ、来客のためにハーブティーを準備する。


 なぜか流し台に、高級そうな白磁のカップが置いてあった。

 背後の視線を気にしながら、ビン入りのティーバッグを取り出す。

 疲れているので、手間を惜しもう。お湯をちゃちゃっと注いだ。


 インスタントは良い文明。いやさ、ティーバッグは自家製だけど。

 ローレルさんがテーブルに着き、今か今かと目を見開いていた。


「はぁはぁ」

「待てっ」

「っ!?」


 苦悶に歪んだ表情。お預けを食らった犬でさえ、こんな悲痛な顔は作れない。

 おじさんは、ティーカップを目前へ差し出した。


「よしっ」

「――ッ」


 とりあえず生のごとく、小指を立てながらゴクゴクゴクと一気飲み。


「くぅぅ~~、美味ですわ! 全身が迸るほどうめぇですの!」


 ローレルさんが歓喜に打ち震えた。

 ただ今、優雅さは迷子です。


「やはり、おハーブマイスタ―の技量は伊達ではありませんのね」

「その呼び名、恥ずかしいからやめてくれ」


 おじさん、ほんと趣味の園芸レベルだって。なお、効能。

 ローレルさんがコホンと咳払い。


「さて、本題に参りましょうか。昨日、タクミ様に邪険にされ、わたくしは滂沱の涙を流しました。えぇ、突然の申し出ゆえ、あなたを困惑させてしまったのが原因ですとも。この失態、おハーブティーに流しましょう」

「水に流すだよ」

「むろん、おハーブティーを流すなど不届き千万! もったいない精神でしてよ!」


 ヤバい。どうしよう。

 先方の奇天烈さに動じなくなってきた。人間の慣れ、末恐ろしや。


「タクミ様は本日、仕事を退職なされました。目下、お暇ですわね?」

「……何で知ってる? 見てたの? 調査系のスキル?」

「いいえ、カゾマートのオーナーと取引……交渉したのは、わたくしですもの」


 もったいぶらず、素直に白状したローレルさん。


「君、身分が高い人だったか。別に、嫌がらせは意味ないだろ。ひょっとして、断られてプライドが傷ついた?」


 特に怒ってはない。憤りは感じたけれど。


「ノンッ。そんなくだらない理由で、権力は振りかざしませんわ」


 ローレルさんは目を伏せ、首を横に振った。


「じゃあ、な――」

「もちろん、タクミ様の能力が喉から手が出るほど欲しいですの。ようやく見つけた、タレント。必ずや、手に入れましょう。お金で済むなら、簡単な手段ですわね」


 強い意思を秘めた瞳が、さまようおじさんを照らした。


「わたくしには、あなたが必要ですわ。真の仲間、冗談ではなくてよ?」


 悪びれた様子はなく、お嬢様は我が道を突き進んでいく。


「この際、まずはお友達から始めても構いません。おハーブ道はいばら道、共に歩んでくださいまし」


 おじさんの右手を優しく包み込んだ、ローレルさん。

 温かくて、柔らかい感触。冷めた心に灯火が宿っていく。


「おじさんが必要……」

「必要ですわ!」


 コンビニバイトではよく、勝手にシフトに入れられた。

 いやあ、頼りになるなあ。悪いねえ。君がいないと、回らないよ、と。

 しかし、あれらは信用でも信頼でもない。ただの労働力、確保だ。


 誰かに必要とされる。

 こんなに嬉しいことはない。

 異世界転生して、初めて嬉しい瞬間だった。

 おじさんは緩みかけた頬を強張らせ、ローレルさんの手を掴み返した。


「ローレルさん」

「はい」

「こっちに来て、何がやりたいか分からなかった。全く望んでいないスキルを押し付けられて、結局異世界でもままならない人生を歩かされるって」


 何度も言うけれど、おじさんは別に農家になりたいわけじゃない。

 楽しいことを頑張りたいんだ。


「もはや、土俵際に追い詰められた。おじさんはもう、ハーブ1本で生きていくッ」

「よくぞ! よくぞ、宣言なさいましたわ! わたくしが、タクミ様を支えますの! 今、ここに――おハーブマイスターを真の仲間と認めましてよっ」


 ローレルさんが、無邪気な笑顔を披露した。


「乾杯ですの! 祝福のおハーブティーを用意してくださいましっ」

「自分が飲みたいだけでしょ」

「そうとも言いますわね。レモングラスとマリーゴールドのブレンド。フレッシュで」


 おじさんより品種に詳しいなあ。


「ドライハーブとティーバッグ、消化しきれないんだけど」


 ローレルさんは、そちらは後で頂くと欲張りさん。


「おハーブティーはやはり、生がたまらねぇですわ!」


 おハーブ大好きお嬢様と出会った。真の仲間にされた。

 控えめに言って、エキセントリックな彼女と全然共感できない。

 けれど、手を取り合った。たとえ上手くいかなくても、きっと楽しくなる。

 こうして、おじさんの異世界転生はハーブで始まるのだった。

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