第34話 脱法ハーブ
河川敷の浅瀬を目標に、川の流れを利用しながら泳いだ。
どうにか岸に上がった、ずぶ濡れのおじさんたち。
近くの小屋に失礼して、纏わりつくほど重くなった服を着替える。
「……川に落ちたら、所持品が水没するはずでは?」
おじさんのドライハーブやタオルは、パリッパリに乾燥していた。
アイテム欄は異空間に存在している? そういう仕様なの?
ファンタジー世界の細かい設定にツッコミを入れたくなるも、グッと堪えた。
便利だし、ヨシッ! おじさん、時代考証できないし批評家にあらず。
「エンドー氏、待たせたな」
カミツレさんが、小屋から出てきた。長い青髪を下ろしている。
「女子は、おじさんと違って身支度が多いもんね」
「私は、女らしさというものに疎い。ローレルめ、執拗にブラッシングとのたまいおって」
「カミツレさんは美人ですもの。もっと淑女の嗜みを心がけてくださいまし」
「善処する……検討するべきか、一考しよう」
あ、やらないやつだ。行けたら行くか、協議するパターン。
「もし、タクミ様? 髪の毛から雫が垂れてましてよ?」
「さっき、タオルで拭いたけど」
「わたくしが仕上げを。2人とも、手がかかる子供で困りものですわぁ~」
ローレルさんがニコニコ笑顔で、おじさんの頭をわしゃわしゃ撫で始める。
洗われた犬が好き勝手される気持ちを味わったワン。トリマーは美人に限るでドッグ。
「川の中腹を泳いでいる途中、怪しい倉庫が視界に入ってな。人を見かけたぞ」
「おじさんを抱えてたのに、よく周囲に注意を払えましたね」
「<慧眼>スキルの賜物さ。不審な様子だが、正気は保っていたように感じた」
「話を聞くチャンスってこと?」
情報収集。会話が通じるって、素晴らしい。
「悪徳商人の居場所を吐かせますの。ネタは上がってましてよっ」
「まだゼニンドの関係者と決まってないよ」
おじさんは、邪悪な笑みを携えたローレルさんを宥めていく。
「まず、村人なのか確かめろ。お前は、私より手加減できぬだろう?」
「わたくし、争い事は苦手ですわ。貞淑に交渉いたしましてよ」
「……エンドー氏、頼んだぞ」
カミツレさんがため息を漏らすや、お嬢様見張り係に任命された。
勝手にネゴシエイト(物理)を始めたら、ハーブティーの出番である。
こっちだ、と結い上げたポニテを揺らしたカミツレさん。
おじさんたちは、彼女の背中を追いかけていく。
河川敷を離れれば、杉の並木通りが真っ直ぐ伸びていた。新緑が芽吹いている。
木造家屋が並ぶ傍、件の倉庫群に到着した。屋外にコンテナがいくつも積まれている。
「トランクルームだ」
その一角、カミツレさんが一番大きな倉庫に視線を合わせた。
「あそこだな。少し、探りを入れてみるか」
張り込みよろしく、建物の影に隠れて一旦様子を窺ってみる。
「突入ですわ!」
――そんなことはなかった。
猪もといローレルさん、猛進す。
「待て、ローレル! 功を焦るなッ」
おハーブ大好きお嬢様は、急には止まれない。
ピューッと制止を振り切って、見る見るうちに姿が小さくなっていく。
「ご乱心!? 今日はまだ、モーニングおハーブティーしかキメてないはずなのに」
まさか、隠れおハーブかっ! おじさんもご乱心かもしれない。
「文字通り、手綱を握らせるべきだったな。仕方がない、追いかけよう」
美人は渋面がてら、やれやれと肩をすくめてしまう。
おじさんたちが遅れて倉庫へ足を踏み入れた。
埃っぽく閑散とした空間に、車輪が外れたハーブティー屋台が横たわっていた。
「ひぃ!? た、助けてっ」
加えて、青年がおっかなびっくり転がっている。知ってる顔だ。
「君は、バイトの人! カゾの駅前でバイトしてた人だよね?」
「あ、あなたはハーブファンのお客さん……っ! お客さんは、正気ですかっ?」
「それはこっちのセリフだけど、一体どういった状況だ?」
おじさんは、青年に手を貸して引っ張り上げた。
「突然、おハーブッ! と奇声を上げた人が侵入してきて、恐怖を感じました。あぁ、この人も屋台のハーブティーを飲んでおかしくなった一人だなって」
「それは、ごめんね。あの人は一応、シラフの状態だから……」
「えっ!?」
ナチュラルに、困惑気味な青年。これが一般人の反応である。
ローレルさんは何やら、壊れた屋台を見分していた。
カミツレさんが睨みを利かせていたので、あちらは任せよう。
「ローレルさんを見て悟ったとはつまり、心当たりがある感じ? なあ、バイト君。スギトの村に移ってから、どんなハーブティーを売ったんだ?」
「詳しいことは分からないっす。自分、バイトなんで」
バイトなら、仕方がないね。バイトリーダーなら、知ってて当然扱いされるぞ。
「ゼニンドさん、新しいフレーバーを開発したみたいです。ハーブの採取クエストを依頼して、冒険者をグンマーへ派遣したとか。また儲けが増えると、引き笑いが気持ち悪かったです」
「新フレーバー? もしかして、それを売った後、客の性格が攻撃的になった?」
「はい。思い返せば、試供品を配った時に愛想が良かったお客さんたち。少し並んだだけで、イライラしたり、大声で叫んだり、人が変わったようでした」
サンプル配って、宣伝か。ゼニンド、ほんと手法が丸パクリ。商才、活かしてどうぞ。
「タクミ様、こちらへ!」
ローレルさんに促され、おじさんもハーブ屋台の様子を確認する。
ドリンクサーバーや容器が落下の衝撃で割れている。外装には鈍器で殴られたような凹み、屋根の支柱がへし折れていた。中毒者の乱闘騒ぎに巻き込まれた結果だろうか。
「調理台を調べたところ、貯蔵箱に1つだけ証拠が残っていましてよ」
「これは……ハーブ?」
ローレルさんが、手袋の上から証拠を広げてみせた。
はたして、茎の先に白い鈴みたいな小花がたくさん付いている。草の名は――
「スズランかっ」
「ふふ、ご名答ですわ。おハーブマイスターは伊達じゃありませんのね」
「そうか。道理で。合点がいったよ」
「悪徳商人は、おハーブに関して真の素人。その結果が、この事態を招きましたわ」
お嬢様は、憐憫の眼差しで嘆息するばかり。
「おい、2人だけで納得するな。私にも説明してくれ」
カミツレさんの抗議に、ローレルさんは植物図鑑を取り出した。
「58ページを開いてくださいまし」
「む、暗記するほど読み込んでいるのか。お前らしい。どれ……要注意植物・スズラン。強い毒性を持ち、誤って摂取すると中毒症状を引き起こす。依存性、眩暈、幻覚、凶暴化」
ハッと顔を上げた、カミツレさん。
「毒草とハッキリ書いてあるじゃないか! こんなものを、得意げに売り捌いたのか!?」
「ひぃぃいいいっ! すいません、すいませんっ。自分、バイトなんで――」
「言い訳するな! 金に釣られた以上、知らなかったとのたまうのはやめろッ。お前は加害者なのだぞ! 誰かが命を失えば、お前はその重さを背負わなければならない!」
カミツレさんの正義は、おじさんほど甘くなかった。
「うぅぅ……だって、安心安全の高額バイトだって……」
呻き、蹲ってしまう青年。
ムサシの国でも、闇バイトに手を出したらろくな目に合わない。反省しつつ、悔い改めろ。
「例えば。エンドー氏が作っても、スズランのハーブティーは危険なのか?」
「試してみないと、どうとも言えない。まあ、毒性がより強くなっちゃうオチだよ」
おじさんの栽培系能力は、ハーブの特徴を強化させるからさ。
「タクミ様は趣味の園芸と謙遜しますが、人体に有害な脱法ハーブに手を付けませんわ」
「脱法ハーブ?」
「タクミ様は、善のおハーブ遣い! 合法おハーブなれば! 悪徳商人は、悪のハーブ遣い! 脱法ハーブでしてよ!」
そして、ドヤ顔である。
「やめてっ。恥ずかしいから、やめてっ」
「フッ、似合ってるぞ。善のおハーブ遣い。フフ」
そして、失笑である。
「ん、あれ? おじさんのおハーブは健全なのに、ローレルさんがやけに飛ぶのは一体……」
「善は急げ。おハーブも急げ、ですのっ。脱法ハーブの主犯、とっちめますわ!」
おハーブ大好きお嬢様、気合を以って全力で誤魔化した。
「ゼニンドはどこだ? 今更隠し立てしても、ためにならんぞ」
カミツレさんは、木刀の先端を青年の首へ向けた。もうちょっと穏便にしてあげて。
「……ゼニンドさんは学舎跡です。その、ハーブの保管庫がそこにありまして。一目散に逃げたり、こっそり飲んで暴れ始めたバイトに代わって、1人で防衛線を敷いてます」
「ほお、大した根性だ。中毒者と対峙し、死守するは金のためか。商人の鑑じゃないか」
「あの、どうやら、あなたたちに相当な迷惑をかけてしまってごめんなさい。自分がこんなことを言うのは図々しい限りですが、ゼニンドさんを助けてあげてください」
青年が、地面に頭を合わせた。
「彼奴の自業自得だろう? 君は知らないだろうが、中毒騒動の他に窃盗の罪もある」
「最後のチャンスを……彼や自分に、裁かれる権利を与えてください。お願いしますっ」
「……ふん、承知した。裁かれる権利か。ゼニンドを捕まえるため、私たちは彼を助けよう」
カミツレさんは木刀を腰に差すや、くるりと踵を返した。
「ありがとうございます! この恩は必ず返しますからっ」
青年の感謝を背後に感じながら、おじさんたちはローレルさんを追いかけていく。
「カミツレさんは厳しいけど、優しいなあ」
「否、独りよがりに処罰を下そうとした私の未熟さを、青年の誠意が諌めただけさ」
ポニテ美人が、苦笑交じりに。
「脱法ハーブの禍根は断ち切るが、罪と向き合うのは本人たち次第だな」
私も修行が足りないと、こっそりおじさんに耳打ちするのであった。
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